食から拓く「生きる力」―6月食育月間 紙上座談会―
16面記事
座談会終了後、記念撮影に臨む4氏=6月9日、東京・港区内で
食をめぐる誤解や偏った情報が氾濫する中、食育の重要性が増している。一般社団法人日本即席食品工業協会と日本教育新聞社は、専門家、行政、学校現場の関係者を招いた座談会を企画。食の安全への科学的理解、家庭環境の多様化への対応、地域とつながる体験活動などをテーマに、これからの食育の姿を探った。

唐木 英明
東京大学名誉教授
日本即席食品工業協会理事

樫原 哲哉
文部科学省総合教育政策局 健康教育・食育課課長

山極 昌代
全国学校栄養士協議会理事
横浜市立都田西小学校栄養教諭

松原 修
全国連合小学校長会会長
武蔵野市立第二小学校校長
フェイクニュースの時代と給食、基本法、家庭、学校
―食育をめぐる現状についてどのようにお考えでしょうか。
■食への誤解多く
唐木 東大で薬理学と毒性学の研究と教育に携わってきました。2000年に日本学術会議の会員に任命されて、BSE問題を取り扱いました。BSE問題をきっかけに2003年に内閣府食品安全委員会が発足し、以来、食の安全に関するリスク評価とリスクコミュニケーションを行ってまいりました。
その当時と現在を比較してみると、食の安全について全く変わっていないことがあります。食の安全の実態がよく知られておらず、非常に誤解が多いことです。
食に関する公式記録として、厚労省の食中毒統計があります。令和7年の食中毒件数は1172件、患者数は2万4727人で、2人が亡くなっています。原因は自然の動植物や微生物、ウイルスによる食中毒です。
一方で、多くの方が心配しているのは残留農薬や食品添加物です。統計を見る限り、それらによる健康被害はありません。本来対策を打つべきところに十分な関心が向かない傾向は変わっていないと思います。
なぜそんな誤解が起こるのかと言えば、原因は間違った情報です。流されるのは添加物が怖いという情報ばかりで、食中毒菌が怖いという情報はほとんど流れません。今は情報がビジネスになり、「いいね」をもらうと収入になる仕組みがあります。フェイクニュースが社会問題になっていますが、食品の世界でも同じことが起きています。
そんな時代に、学校で行う食育が非常に大事だと思っています。なぜ安全なのか、なぜ危険なのかを科学的に考える素地を学校教育の中でしっかり養うことが、食育の重要な役割です。
■衛生基準見直しへ
樫原 食育の仕事に携わって2年半ほどになります。直近の大きな政策トピックとしては、4月から始まった公立小学校等への学校給食費の抜本的な負担軽減があります。同時に、給食の質にも注目が集まっており、給食の質の向上も重要になってまいります。「生きた教材」たる給食を学校現場でどう活用していくかが大切です。
食育基本法の施行から20年が経過する中、今年5月に食育基本法が改正されました。背景には、令和6年に改正された食料・農業・農村基本法があります。そこで食料安全保障という考え方が強く打ち出されました。同法の改正を受け、改正食育基本法でも、食育が食料安全保障に資するという考え方が基本理念として位置付けられ、食料の合理的な価格の形成についての理解に関する記載も追加されました。これまでは消費者教育の一環で扱われることが多かった分野ですが、これからは食育としても捉えていくことになろうかと思います。
また、農林漁業教育に関する内容も新たに位置付けられました。学校で行われている農業体験や漁業体験、林間学校などの活動も、これまでは、「食育」と捉えられることは少なかったですが、食を支える仕組みを学ぶということで、これからは、各学校においては、食育として全体計画に位置付けていただきたいと思います。
学校給食衛生管理基準についても見直しに着手しました。平成9年の堺市における食中毒事故を契機に制定されたものですが、その後の食品衛生管理の在り方の変化や、物流などに関する社会環境の変化なども踏まえると、見直しが必要な部分もあります。
衛生管理の徹底の観点から、守るべきところはしっかり守る。しかし過剰になっている部分や、現在の実態に合わなくなっている部分がないか改めて点検し、基準全体の見直しを行ってまいります。
■栄養教諭配置必要
山極 衛生管理については多くの方々が思っている以上に厳しく行われています。実際に調理を担う方々は民間委託の場合も多く、衛生基準を正しく理解してもらうことは決して簡単ではありません。現場としては、栄養教諭がさらに研修などを行いながら理解を深めてもらう必要があると感じています。
食生活のリアルという点で言うと、「ポテトチップスを食べ過ぎる」「ジュースを飲み過ぎる」といった話が保健の教科書にも載っていますが、今はそういう子どもはほとんどいません。
ただし、家庭による差は非常に大きくなっています。健康相談では、「子どもにウインナーを食べさせてもいいのでしょうか」と相談される保護者もいます。その場合は、「大丈夫です。しっかり食べて学校に来てください」とお話しします。一方で、肥満度が高く、医療機関につなぐ必要がある家庭もあります。家庭環境や考え方が非常に多様化しています。だからこそ、学校に栄養教諭を配置してほしいと思います。
■残る「コロナ禍」
松原 学校現場は現在、「○○教育」という多くの社会的要請を抱えていますが、食育は、人間が生きていく上で欠かせないものであり、しっかり取り組まなければならないと考えています。一方で、現代ならではの難しさもあります。食べるという行為は、家庭ごとに考え方も習慣も異なり、その差が非常に大きくなっています。1年生や2年生の担任からは、「給食で初めて見る食材が出たから食べたくないと言う子がいる」という話をよく聞きます。好き嫌いという以前に、そもそも「見たことも食べたこともない」という状況なのです。
コロナ禍の影響もまだ残っています。「食べる楽しさ」をどう取り戻していくかも現場の大きな課題です。
また、今は「多様性の包摂」が求められる時代ですが、学校給食は全員に同じものを同時に提供する仕組みです。その意味では、時代の潮流と給食のシステムの間でジレンマを抱えている面もあります。
普及する生成AI、選択する力を育むには
―食と情報について、ご意見をお願いします。
■添加物への不安
唐木 食品安全委員会が小学校5、6年生を対象に、食品の安全に関する意識を調べています。農薬や食品添加物に対して不安を持っている子どもが非常に多いことが分かりました。
それに対して、9割の先生方が「子どもたちは食品の安全性について正しい知識を十分に持っていない」と考えている一方で、「食品の安全性について教えるための時間を十分に確保できない」と回答しています。先生方自身の中にも、食品添加物に対して誤解し、不安を感じている方が少なくないのです。
その背景の一つとして、学校給食衛生管理基準の表現にも課題があったのではないかと思っています。そこには、「有害もしくは不必要な着色料、保存料、漂白剤、発色剤その他の食品添加物が添加された食品については使用しないこと」と書かれています。この文言を読むと、学校現場では「無添加がよい」「添加物はできるだけ少ない方がよい」と受け取られてしまう可能性があります。
食品安全委員会からの提言もあり、文科省でこの表現を見直す方向で検討していただいていると伺っています。ぜひ、前向きに進めていただきたいと思います。
最近、ショックを受けた事例があります。女子高校生が家庭内の問題についてAIに相談した事例です。ここまでは、今の時代であれば誰でもやることかもしれません。衝撃を受けたのは、その生徒がAIの回答のまま行動してしまったことです。情報に対する教育が切実な課題であることを示す事例だと思います。
AIは一般的な回答をします。その人が置かれている個別の状況や文脈、感情、家庭環境などを十分に理解しているわけではありません。本来であれば、そうした問題は周囲の信頼できる大人に相談すべき内容です。その点に大きな危機感を持っています。
また、AIは時として誤った情報や不正確な表現を出力することがあります。多くの場合、「情報は必ず確認してください」といった注意書きも表示されますが、実際にそこまで読む人はあまり多くありません。
AIの答えをうのみにしないこと。科学的根拠を確認すること。そして、専門家や信頼できる大人の意見も聞くこと。そうした姿勢を持った子どもたちを育てていくことが重要であり、それもまた食育の大きな柱の一つでもあると考えています。
■「おやつ」と「補食」
山極 「選び取る」ということについてお話ししたいと思います。まず衛生面のことですが、給食の献立を決めたり、学校で調理できないデザート類などを選定したりする際、私たちは衛生基準を前提にしながら食品を選んでいます。ただ、実際に選ぶときには、添加物の有無だけを見ているわけではありません。
例えば、子どもたちが自分でふたを開けられるかどうか。ゴミの分別がしやすいかどうか。そういった点も非常に重要です。どれだけおいしい商品であっても、学校現場で扱いにくければ採用が難しい場合があります。
もう一つは、子どもたち自身が選び取る力についてです。学校現場でも、おやつはよくないものだと思い込んでいる保護者の方がいらっしゃいます。また、教員の中にも同じような認識を持っている人がいます。
しかし、中学校に進む頃になると、「補食」という考え方が必要になります。運動をする子どもたちにとって、適切なタイミングで補食を取ることは大切です。そこで重要なのは、「食べてはいけない」「飲んではいけない」と教えることではなく、量やタイミングを考えられるようにすることです。野菜を食べることの大切さなどは理解を得やすいのですが、補食の考え方になると、まず説明から始めなければなりません。だからこそ、自分で考えて食品を選ぶ力が必要です。
■科学的判断の力
樫原 先ほど唐木先生から学校給食衛生管理基準についてお話がありました。添加物の記述については、ご指摘をいただくたびに、文部科学省としても、その趣旨を説明してきたところでありますが、確かに文言だけを見ると誤解を招く可能性は否定できません。そうしたこともあり、今回の見直しの中で検討課題として取り上げています。
現在、学習指導要領の改訂に向けて各教科で議論が進められています。学習指導要領というと、「何を教えるか」に注目が集まりがちですが、本来重要なのは、「教育を通じてどのような力を身に付けさせるのか」という点です。
例えば、家庭ワーキングで示されている高次の資質・能力のイメージの例を見ても、小学校ではまず「自分の食生活上の課題を見いだし、健康でよりよい生活に向けて工夫することができる」、中学校になると「自分の食生活上の課題を見いだし、自立に向けて健康・安全で食文化を大切にしたよりよい生活を工夫し、創造することができる」というように、安全という言葉が入ってきます。さらに高校では、統合的な理解の部分で「科学的な根拠を活用しながら、地域の豊かな食文化を大切にし、ライフステージに応じた健康で安全な食事を計画・管理し続けていくことが、生活をよりよくすることにつながることを理解する」というように、科学的な根拠という言葉が入ってきます。この頃になると、食品安全を理解するのに必要な化学や生物などの知識も増えてくるので、こうした知識を活用しながら科学的に判断する力を身に付けていくことが必要なります。
食品添加物の問題は、その意味で非常に良い教材だと思っています。
食品添加物は、規定された範囲を超えれば健康への影響が問題になりますが、適正に使用されていればリスクは極めて低いと伺っています。それならゼロがよいのかというと、そう単純ではありません。保存料を全く使わなければ、今度は食中毒という別のリスクが高まります。一方のリスクを下げれば別のリスクが高まるというトレードオフの関係を理解しながら、食の安全について考える力が必要になります。
■端末から発見を
松原 情報を見極める力という点では、私たち大人も十分な自信があるわけではありません。しかし、これから社会に出ていく子どもたちには、より確かな力を身に付けてもらう必要があります。
ただ、それを食育だけで担うのは時間的にも困難です。現在、次期学習指導要領に向けて「情報の領域(仮称)」の議論も進んでいますが、食に限らず、情報そのものとの向き合い方を学ぶ必要があると考えています。
以前給食の時間には、栄養士が作成した献立表をもとに「今日の給食にはこんな栄養素が含まれています」と伝えていました。それも大切ですが、どうしても受け身になりがちです。
今は子どもたちが自分の端末を使って自ら調べ、「この食品にはこんな栄養があるんだ」と発見していく方が主体的な学びにつながると思います。
食育は家庭科だけで行うものではありません。国語には「すがたをかえる大豆」という教材がありますし、理科や社会、総合的な学習の時間にも食に関わる学習は多くあります。各教科固有の目標を達成しつつ、教員が「食育」の視点も意識して授業を展開することで、多くの学習を食育につなげていけるのではないでしょうか。
地域からの学びと体験の重要性
―最後に、学校現場における食育実践の現状や、それをいかに深めていくかについてお話を伺います。
■市民の森と卸売市場
山極 ここ数年、地域との連携に力を入れて取り組んでいます。学校の近くに「池辺市民の森」という場所があります。木々がたくさんあり、みかんなども実っていて、さまざまな草花が見られる豊かな環境です。ただ、以前はなかなか活用できませんでした。
校長先生が地域の市民活動団体と積極的に関わるようになり、最近ではあおぞら教室という新たに設置された不登校の子どもたちの学びの場でも活用しております。子どもたちと一緒にタケノコ掘りに行くこともあり、その際は私も地域の方との連絡役を担っています。
やはり地域の方に教えていただくことは非常に大きいです。地域の方から直接話を聞き、実際に体験し、その後学校に持ち帰って振り返る。タケノコについても、学校では下茹での調理をし、子どもたちには持ち帰ってもらっています。こうした体験を地域の方々に支えていただきながら進めていることが、とても大切だと感じています。
横浜市経済局中央卸売市場の出前授業を活用して、市場の方に来ていただき、魚に触れる体験をしたり、市場について学んだりしています。
食育というと、どうしても保護者の方からは給食指導だけを捉えがちですが、学校現場で栄養教諭や教員がさまざまな人や活動をつなげることで、子どもたちは食を取り巻く全体像を知ることができます。そうしたことこそが食育なのではないかと感じています。
■宿泊体験時の稲刈り
松原 連携に関しては、まず学校内部において、食育を充実させるための指導体制の整備が重要であると考えています。特に、専門的な知見を生かした指導を行うためには、栄養教諭の役割が欠かせません。
私は東京都で校長を務めておりますが、栄養教諭制度が導入されてかなり時間が経過したにもかかわらず、まだ十分な配置には至っていません。今後さらに充実させていただき、専門家である栄養教諭と学級担任がティーム・ティーチングできる環境を整えていく必要があると考えています。
勤務先の武蔵野市では長期宿泊体験を実施しています。本校は、富山県南砺市利賀村で6泊7日の間に、稲刈りを体験します。刈り取った稲をはざ掛けして乾燥させたり、足踏み式の脱穀機を使ったりと、半日かけてかなり本格的な作業を行います。収穫したお米は、後日学校に届き、家庭科の時間にみんなで食べるのですが、普段は白いご飯をあまり食べない子どもでも、自分たちが収穫したお米だと「おいしい」と言って、おにぎりにして喜んで食べるのです。
また、地域と連携して、フェスも開催しています。お豆腐屋さんからおからを、パン屋さんからパンの耳を分けていただき、おからドーナツやラスクを作って販売したことがありました。お客さんに喜んでいただく経験を通して、食や環境について、子どもたちなりに考える機会となりました。
食に限らず、子どもの実態も家庭環境も多様化している現在、学校だけで全ての教育を担うことは難しくなっています。保護者への働き掛けを行いながら、地産地消や体験活動を工夫し、地域社会や産業との連携を深めていくことが非常に大切です。その際の重要なキーワードが食育です。食育を軸にした連携が、持続可能な地域のネットワークづくりにつながり、これからの学校にとって大きな力になるのではないかと考えています。
■外部人材活用しよう
樫原 ここでは二点申し上げたいと思います。一つ目は、農林漁業教育についてです。先ほど松原先生からご紹介いただいた武蔵野市の実践は、本当に素晴らしい取り組みだと思います。食育基本法の改正によって位置付けられた農林漁業教育、体験活動を進めていきたいという方向性はありますが、その一方で課題になるのは先生方の負担感です。農業体験などを取り入れたいと思っても、訪問先の自治体のどこに相談すればよいのか、どのように連携すればよいのか分からないという悩みが学校現場にはあると思います。今回の改正では、農林漁業教育を進めるにあたっては、農林漁業者その他の外部人材の活用が明記されました。これを踏まえて、地域のJA青年部の方などにもご協力いただく必要があると考えております。現在、農林水産省の消費者行政・食育課とも良い関係性が構築できているので、両省が連携して取り組んでまいります。
二つ目は、栄養教諭についてです。栄養教諭がより活躍できる環境を整えていく必要があります。制度創設から20年以上が経過しましたが、その可能性をさらに広げていきたいと思っています。
現在、教員免許制度の見直しの中でも栄養教諭の在り方について議論が行われています。食に関する指導の充実はもちろんですが、食以外の分野においても、学校全体の教育活動において果たす役割についても重要なテーマになってきます。
教職員定数上は、栄養教諭と学校栄養職員が同様に扱われていますが、その中で栄養教諭が占める割合については、都道府県によって大きな差があります。最も高い自治体では栄養教諭の割合が95%を超えていますが、一桁台の都道府県も1つ、30%台以下の都道府県も複数ございます。また、学校によっては、栄養教諭の席が職員室にない場合もあると伺っております。教育委員会や学校管理職の皆様にも、教育活動全体の中で、栄養教諭の活用をご検討いただきたいと思います。
栄養教諭には大きな可能性があります。私自身も山極先生の学校で授業の様子も拝見し、給食もいただきました。本当に素晴らしい取組をされている栄養教諭の方々が全国にたくさんいます。栄養教諭は食育の要です。ぜひ中心となって活躍していただきたいと思っています。
■知識だけでは不十分
唐木 食育において知識が重要であることは言うまでもありませんが、知識だけでは不十分であり、そこに体験が伴うことが極めて重要です。食育は単なる知識教育ではなく、実体験を通じて子どもたちに新たな人生経験を与えるものであることを改めて感じました。
その上で、先ほどのAIの話をもう一度申し上げます。子どもたちは悩みを人間ではなくAIに打ち明ける時代になっています。食育に限らず、教育全体にとって極めて大きな課題です。
この問題を解決する方法は、食育を通じて先生方が子どもたちと向き合い、子どもたちから愛され、信頼される存在になることです。子どもたちが悩みを抱えたときに、AIではなく先生に相談しようと思える関係を築くこと。そのためにも食育をさらに充実させていただきたいと思います。子どもたちにとって愛され、信頼される存在であり続けていただくことを願います。
※敬称、役職名は省略しています。

