日本最大の教育専門全国紙・日本教育新聞がお届けする教育ニュースサイトです。

対談 学校水泳の再定義 持続可能な「地域展開」のモデル構築を目指して

9面記事

企画特集

 1955年、修学旅行中の小中学生100人を含む168名が犠牲となった「紫雲丸事故」が大きなきっかけとなり、小・中学校への普及が進んだ水泳指導が近年、曲がり角を迎えている。学校のプールが老朽化する一方、安全な水泳指導に向けて教職員には大きな負担感が伴う。このような状況の下、次期学習指導要領策定の審議が進む中央教育審議会作業部会で主査を務める友添秀則氏と、東京オリンピック競泳競技で二つの金メダルを獲得した大橋悠依氏が「学校水泳の再定義」をテーマに対談を行った。

大橋 悠依氏
イトマンスイミングスクール特別コーチ、東京五輪2冠・パリ五輪代表
幼稚園時に彦根イトマンスイミングスクールで競泳を始め、小学校3年時に50m背泳ぎでジュニアオリンピックへ初出場を果たす。東洋大学在学中の2017年、日本選手権400m個人メドレーで日本新記録を樹立。同年の世界水泳(ブダペスト)200m個人メドレーでは銀メダルを獲得した。大学卒業後の2018年、株式会社ナガセに入社。2021年東京オリンピックでは200m・400m個人メドレーで競泳日本女子史上初の2冠の快挙を成し遂げた。2024年パリオリンピック出場後、現役引退を表明。現在はスポーツ栄養学を学ぶため東洋大学大学院健康スポーツ科学研究科にて栄養科学を専攻する傍ら、水泳の普及やスポーツ教育活動にも取り組んでいる。

友添 秀則氏
環太平洋大学 大学院 スポーツ科学研究科・体育学部 教授、文部科学省中央教育審議会専門委員
1956年生まれ。専門領域はスポーツ教育学、スポーツ倫理学、スポーツ政策論。香川大学教授、早稲田大学スポーツ科学学術院教授・学術院長などを歴任。現在は公益財団法人日本学校体育研究連合会会長をはじめ多くの団体で要職を務める。著書に『わが国の体育・スポーツの系譜と課題—嘉納治五郎と近代』(2022年・大修館書店)、編著に『これからのスポーツの姿改正「スポーツ基本法」を読む』(2026年・学事出版)などがある。

「学校プール」の限界と拠点化の必要性について

 ―学校のプールを取り巻く環境が大きく変わっています。現状をどのように見ていますか。

 友添 学校プールは、高度経済成長期の1970年代から80年代半ばにかけて多くが整備されました。そのため現在、一斉に老朽化の時期を迎えています。人口減少や自治体財政の制約もあり、建て替えや大規模改修は容易ではありません。
 小学校のプールを新設するには一般的に1・5億~3億円程度かかるとされています。これだけ多くの施設が同時に更新時期を迎える中、自治体が十分な予算を確保することは難しい状況です。
 近年は猛暑が続き、熱中症対策や水質管理の高度化も求められています。施設の維持費だけでなく、日常の管理や安全管理を担う教員の負担も含めると、一校一プールを維持する仕組みは限界に達していると言えるでしょう。

 ―そうした状況を踏まえると、どのような対応が考えられるでしょうか。

 友添 学校プールを地域の公共施設や民間の屋内スイミングクラブへ集約し、拠点化していくことには大きな教育的意義があると考えています。

 ―具体的には、どのようなメリットがあるのでしょうか。

 友添 第一の利点は、天候に左右されないことです。運動には「適時性(レディネス)」があります。自転車も、乗るべき時期に練習しなければ身に付きません。同じように、水泳も適切な時期に継続して学ばなければ泳力は育ちません。学校だけでは十分な授業時間を確保できないのが現実です。
 だからこそ、公共プールや民間のスイミング施設を活用し、計画的に授業を実施できる体制が重要になります。屋内施設であれば年間を通して安定して授業が行えますし、衛生的な環境も確保できます。

イトマンスイミングスクールの様子

 ―民間活用を広げていくために、必要なことは何でしょうか。

 友添 専門的な設備が整い、質の高い環境の中で、専門的な指導者から学べることは、子どもたちが主体的に学び、水泳への興味・関心を高める大きなきっかけになります。民間施設の活用や拠点化を、一部自治体の先進事例だけで終わらせるのは非常にもったいないと思います。持続可能な仕組みとして制度化することが重要です。
 自治体の教育委員会だけでなく、関係部局が横断的に連携する仕組みづくりが欠かせません。また、子どもの移動にかかる経費も、単なる水泳授業の送迎費ではなく、「学校全体の安全管理コスト」として位置付けるべきです。

 ―大橋さんは幼い頃からスイミングクラブで活動してきました。学校での水泳を含め、ご経験をお聞かせください。

 大橋 小学校1年生のころ、水泳を始めました。学校以外の友人に会えるのが楽しみでスイミングスクールへ通っていました。家庭や学校と同じように、良い行いは褒められ、悪いことは叱られます。そうした環境で、挨拶や言葉遣い、時間を守ることの大切さなど、人として基本となることを自然に学びました。また、目標を立て、どうすれば速く泳げるかを考え、分からないことは先生や仲間に聞き、自分でも観察して学ぶ習慣が身に付きました。水泳を通して最も身に付いたのは、「考える力」だったと思います。

 ―学校の授業では、どのような思い出がありますか。

 大橋 学校の水泳の授業で一番印象に残っているのは、水温が低くて身体が冷えてしまった時のことです。唇の色が変わるほど冷えてしまった際、先生が気づいて心配してくださったのを覚えています。安全面を考慮されたルールの中で泳ぐ形だったことも含めて、当時の体験として記憶に残っています。
 中学校卒業後は滋賀県立草津東高校体育科に進学しました。2年次には琵琶湖での遠泳実習があり、水泳部員5人が先頭、中央、最後尾に分かれて全体をサポートしながら泳ぎました。
 滋賀県北部には、小・中学校にプールがない地域もあります。体育科の生徒の中には、高校で初めてプール授業を経験する人もいました。琵琶湖で遠泳を行うため、泳ぎ方を教えたこともあります。

 ―水泳の魅力を教えてください。

 大橋 大人になった今、改めて水泳の魅力を考えると、水中でしか味わえない感覚があることだと思います。体が浮くことや逆さになることなど、陸上では体験できない感覚があります。今は泳ぐ機会は減りましたが、水に入ると、とても気持ちが良く、心身ともにリラックスできます。非日常の感覚を味わいながら自由に体を動かせることが、水泳ならではの魅力だと思います。
 競泳の練習は、泳いでいる間ずっと床や壁、背泳ぎなら天井を見つめる、地道な時間の積み重ねです。一人で向き合うには強い気持ちが必要ですが、仲間と一緒に取り組むことで励まされ、「負けたくない」という気持ちも生まれます。そうした経験が自分を成長させてくれましたし、仲間を尊敬する気持ちも学ぶことができました。

指導の専門化と、教員の負担軽減の両立について

 ―学校水泳を支える教員の負担も大きな課題となっています。

 友添 ここ数年、中学校の部活動の地域展開に関する国の会議に参画してきました。その中で感じてきたことに、教員は業務をこなし切れないような多忙な状況があります。子どもたちが抱える問題も昔とは違って非常に複雑になっています。子どもたちの泳力を向上させるための専門的な技術指導まで、少数の先生方が同時に担うことは、率直に言えばかなり無理があると思っています。
 外部委託を導入し、教育的な見守りと技術指導の役割分担を行うことは、子どもたちの学習にとっても高い効果があると思っています。水泳の専門指導員が技術指導に専念することで、子どもたちは効果的かつ安全に泳力を伸ばすことができます。一方、教員はプールサイドで子どもたちの体調の変化に目を配ることができます。「大丈夫か」と声をかけたり、見学者のケアをしたり、一人一人の学習意欲を評価したりできます。
 技術面の評価については指導員と連携し、指導員から助言を受けながら、態度や意欲については教員が日頃の様子を見ながら評価し、最終的には教員が責任を持って評価するという役割分担も可能です。

 大橋 在席している大学院の同級生の1人が、去年まで中学校の教員をしていました。朝7時に学校へ行き、帰宅は日によって違うものの夜9時になることもあったとのことです。
 教科担任制が進んでいる学校もあると思いますが、今も多くは担任が全教科を担当していると聞きます。教員採用試験で水泳の実技が問われていないという話題もありましたし、すべての先生が水泳を教えるという前提自体が少しずつ変わってきていると感じます。
 屋内プールを活用するメリットとして一番大きいのは、年間を通して授業に取り組めることだと思います。体力が付くことや技術が向上することもありますが、継続して取り組むことで力が身に付きます。年間を通して自分の成長を実感でき、継続的に体を動かせる場所があることが一番のメリットだと考えています。

 友添 拠点施設やスイミング施設を活用すると、年間8~10回程度の授業を組めると言われています。一方で、学校によっては年3、4回しか実施できないところもあります。片方では10回ほど、専門的な指導員から授業を受けられる。この差は非常に大きいと思います。
 これは授業料の高い学校、安い学校という話ではありません。義務教育なのですから、本来は同じであるべきです。それにもかかわらず教育格差が生まれることは問題だと思います。

 大橋 水泳の授業は守るべきだと思います。「川や海に遊びに行かないのであれば必要ない」という議論もあるようですが、子どもたちは大人が知らないところで川へ行くこともありますし、事故や行方不明になるケースもあります。全員が長い距離を泳げる必要はないかもしれませんが、浮き方を知っていること、水に対する恐怖心が過度にないこと、一方で水の怖さを理解していることは、水の中でしか体験できないと思います。外部施設を活用することで、ぜひ水泳の授業に積極的に取り組んでいただきたいと考えています。

学校水泳について語る友添氏(左)と大橋氏(右)

部活動の地域展開と、競技環境の維持について

 ―これから、学校水泳はどのような役割を果たすべきでしょうか。

 大橋 水難事故は増えており、亡くなったり行方不明になったりする子どももいます。事故の多くは水着を着ている状況で起きるものではありませんから、着衣泳についても着目すべき取り組みだと考えています。
 服を着たままプールに落ちたら、最初は思うように泳げないと思います。そうしたことを実際に体験し、知ってもらうことが大切です。また、海へ行く機会が多い子どもには、ライフジャケットの着用方法などについても講習を取り入れていく必要があると思っています。

 ―教員だけで対応するのは難しいのでしょうか。

 大橋 水の中でどんな事故が、どんな場面で起こるのか。教員がそれをすべて把握し、対策まで整えて授業を行うのは簡単ではありません。だからこそ専門知識を持つ人の関与が必要です。
 小学生の時に着衣泳を経験しました。担任の先生から教わりましたが、服を着ると本当に重たく、普段は泳げるのに思うように泳げなかったことをよく覚えています。「洗濯機」といって、みんなでプールの中を回って流れを作る体験もしました。その時は全く身動きが取れなくなりました。どれだけプールで泳げる選手でも、波や流れのある海は全く別物で、慎重になる人は多いです。だからこそ、海や川へ遊びに行く機会がある子どもたちは特に、服を着た時の感覚の違いを知る着衣泳の体験を通じて、命を守る力を身につけてほしいと思います。

 ―部活動の今後は。

 友添 部活動の地域展開については、当初は非常に大きな批判もありました。しかし、一緒に頑張る仲間が身近にいない現状は、子どもたちの競技継続へのモチベーションを低下させてしまうのではないでしょうか。

 ―具体的には、どのような形が想定されているのでしょうか。

 友添 その課題を解決するため、現在は「改革実行期間」として部活動の地域展開が全国で進められています。学校を含めた地域全体で、地域クラブや合同チームを支え、大会への参加機会を保障することは、一つの流れとして推進すべきです。
 持続可能性を高めるためには、学校部活動の単なる受け皿を作るのではなく、総合型地域スポーツクラブや民間スイミングクラブ、さらに大学などの教育機関とも連携した地域スポーツのコンソーシアム(共同体)を構築することが有効です。

 ―指導者の確保など、実務面での課題も多そうです。

 友添 指導者の確保や費用負担の在り方、高体連・中体連の大会出場規定の柔軟な見直し、地域クラブ所属の生徒が学校代表と同等に大会へ出場できる仕組みを一体的に進めることで、地域全体で子どもたちの教育環境を支える持続可能なモデルが確立されると思います。

 ―指導の「質」を担保するためには、どのようなことが必要でしょうか。

 友添 部活動の地域展開によって、トップアスリートや専門指導者が地域で活躍できる土壌ができることは非常に魅力的です。しかし、優れたアスリートが必ずしも優れた教育的指導者であるとは限りません。
 学校体育や地域スポーツクラブでは、単に技術を教えるだけではなく、子どもの発育・発達段階に応じた指導や関わり方、暴力やハラスメントの防止など、教育やインテグリティ(倫理性)を踏まえた指導が求められます。

 ―具体的な仕組みづくりについては、どうお考えですか。

 友添 地域クラブ活動の制度は始まったばかりですが、今後は自治体による地域クラブ活動指導者の認定制度の中で、指導者研修を受講し、登録指導者となることが必要になります。この制度では、倫理観や安全管理、学校教育の一環としてのスポーツという教育理念を学ぶ研修が実施されます。
 技術指導については専門家が担うことができますが、教育理念を共有する場や仕組みを整えることが大切だと考えています。

 ―最後に、スポーツの意義について、改めてお聞かせください。

 大橋 水泳に限らず、体を動かすこと自体に大きな意味があると思っています。靴を履いて外に出れば走れますし、縄跳びがあれば跳べます。仲間が集まれば、そこからさまざまな可能性が生まれます。

 ―今の子どもたちを取り巻く環境については、どう感じていますか。

 大橋 私自身は教育の現場に深く携わってきたわけではないので、あくまで見聞きした実感です。今の子どもたちは学業や受験に追われ、体を動かす時間を確保しづらくなっています。デジタル機器に触れる時間も長くなり、誰かと面と向かって取り組む機会は少なくなっているのではないでしょうか。だからこそ、「悔しい」「楽しい」というリアルな感情を経験できる環境を、すべての子どもたちに残していきたいと思います。

 友添 人は身体を通してでしか、自分自身を実感することができません。スポーツという、ルールに守られた限定的な世界だからこそ、ごまかしのきかない成功や失敗、仲間との連帯を経験できる。そこで得た記憶が、日常生活の中での成長につながっていく。それこそがスポーツの本質的な価値だと思います。

企画特集

連載