医療とアートが拓く“こころのセルフケア” ヴィアトリス製薬が中高生を対象に特別授業を実施
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「心の整え方」や「不安との向き合い方」のヒントを提供
近年、若年層における不安や抑うつの増加が社会的な課題となる中、学校現場では生徒一人ひとりの心の健康を支え、自己理解を深める教育の重要性が高まっている。こうした中、新渡戸文化学園 新渡戸文化中学校・高等学校(理事長:平岩国泰氏)では、ヴィアトリス製薬合同会社(社長:ソナ・キム)による特別授業「こころを描く教室~メンタルヘルスとアートの時間~」を実施した。授業では、メンタルヘルスに関する理解を深めるとともに、「ゼンタングル」というアート手法を通し、自分自身の心と向き合い、気持ちを整えるセルフケアの方法を体験的に学ぶ機会となった。
「こころを描く教室」とは
今回の授業は、グローバル・ヘルスケア企業であるヴィアトリス製薬が社会貢献活動(CSR)の一環として企画された。同社独自の「ヘルスケア×アート」の切り口で開発されたメンタルヘルスケアのためのプログラムにより、中高生に「心の整え方」や「不安との向き合い方」のヒントを提供することが目的だ。
第一部では、精神科医によるストレスとの向き合い方に関する理論的な解説と、絵本作家による自己の情熱を見つけるまでの個人的な経験談を通じて、心の健康と自己表現の重要性を伝える。第二部では、アーティスト指導のもと、中高生がセルフケアする技法を実際に体験した。
【講演①】マイナスな気持ちになったときにできること~心配や不安と上手につきあうために~
菊地 俊暁氏 慶應義塾大学医学部准教授

菊地氏は、まず「心」という目に見えないものの捉え方について問いかけた。心はどこにあるか問われると多くの人が胸を指すが、アメリカでは頭を指す人もいるように、その正体は曖昧である。自分の心の状態(緊張、怒りなど)は、自分でも気づきにくい。しかし、早口になる、汗をかくといった「体の反応」、自分はダメだと思うなどの「考え」、あるいは友人との会話で自然と笑顔になるといった「行動」を通して、自分の心の状態に気づくことができると解説した。
次に、ストレスの本質について、物理学の「歪み」という言葉を用いて説明。ボールを打った時に一瞬へこむのがストレスであり、健康な状態(元気なボール)であればすぐに元の形に戻るが、疲れている状態(元気のないボール)だとへこんだままになったり、過度な力で壊れてしまったりする。これがメンタル不調につながる状態であると例えた。
なぜ、こころと向き合う時間が必要なのか
その上で、ストレスを感じると視野が狭くなり、「考え方の癖(認知の歪み)」に陥りやすいと指摘。例えば、メールの返信がないだけで「嫌われた」と結論づけてしまう「根拠のない決めつけ」。テストで80点だったのに、100点じゃないとダメだと感じてしまう「0か100か思考」を挙げた。
だが、前者は実際には相手が忙しかったなど、他の可能性もある。後者も「80点分はできている」と捉え直せば、次への励みになる。したがって、このような時は一度立ち止まり、「本当にそうなのだろうか?」と考え方を見直すことが有効であり、これは「認知行動療法」という専門的な治療法にも応用されていると述べた。
人間は生き残るために危険を察知する本能があり、とっさの判断はネガティブになりがちだが、それは自然な反応である。けれど、最初の反応に固執せず、他者にアドバイスを求めたり、きちんと情報収集をしてみたりすることで、狭くなった視野を広げることができる。
ただし、それでも辛い時はSOSを発信しようと提案。その際は「ちょっとしんどい」「気持ちが落ち込んでいる」など、シンプルな言葉で伝える。「話を聞いてほしい」「一緒にいてくれると助かる」など、素直にお願いしてみることが大切と話した。
【講演②】好きなことに出会うまでの時間も、自分を形づくる大切な過程
長田 真作氏 絵本作家・アーティスト

「自分のやりたいことが分からない」「将来の夢が見つからない」。多感な中高生の時期には、こうした悩みを抱える生徒も少なくない。このテーマについて、長田氏は自らの経験をもとに、“焦らずに自分と向き合うこと”の大切さを語った。
冒頭、長田氏は「幼い頃から絵本作家を目指していたわけではない」と明かした。本格的に絵を描き始めたのは23歳頃だ。高校時代まで野球に打ち込むもプロを目指すほどではなく、将来の夢や目標を聞かれる時間が苦痛で、「弁護士」や「石油王」など、その場しのぎで適当なことを答えていたという。しかし、その背景には「やりたいことが見つからない自分」への戸惑いや不安があったのだ。
学童保育で出会った絵本が人生を変えた
高校卒業後、大学へは進学せず、単身で東京へ上京。学童保育のアルバイト先で初めて本格的に絵本の世界に触れ、「漠然と、やってみたい」と感じたことが、表現の道へ進む大きな転機になった。
長田氏はこの経験を振り返り、「やりたいことが見つかるまで、やりたくもないことを無理に始めなかったことが、結果的には良かった」と語る。社会では早い段階で進路選択を求められる場面も多いが、自分の気持ちに正直に向き合い続けた時間が、後の創作活動につながったとした。
「表現すること」の意味については、絵や音楽だけに限られるものではないと強調する。例えば車の整備士や料理人であっても、その人が情熱を持って取り組む仕事は立派な自己表現であると述べた。さらに、「絵は上手いか下手かではない」と断言。大切なのは、その作品が誰かの心を動かすかどうかであり、その感じ方は人によって異なると話した。自身は、工事現場の地面にチョークで描かれた記号にもアートを感じると言い、「世界をそういう目で見れば、アートはどこにでもある」と、日常の中にある表現や創造性に目を向けることの大切さを伝えた。
最後は中高生へ向けて、「焦らずに自分と向き合い、楽しいと思えることを見つけてほしい」とメッセージを送った。そして、もし夢中になれるものと出会えたなら、「ぜひ真剣に取り組んでほしい」と語りかけた。
【アートワーク】こころと向き合える時間の使い方を体験
成冨 史絵氏 ゼンタングル講師

ペン一本で心を整える
成冨氏によるアートワークは、アメリカ発祥のアートメソッド「ゼンタングル」の紹介から始まった。ゼンタングルとは、「禅(Zen)」と「絡まる(Tangle)」を組み合わせた造語だが、ここでいう「禅」は宗教的な意味ではなく、“心を落ち着かせる状態”を表すメタファーとして用いられているという。
単純な線や模様を繰り返し描くことで、自然と集中状態に入り、気持ちを整えていく。中でも、「ミステイク(失敗)という考え方がない」のが大きな特徴と説明。完成形を最初から決めず、その時々の流れに沿って描き進めるため、「ゴールに到達できなかった=失敗」という発想そのものから自由になれるのである。
単純な線の繰り返しが“脳のストレッチ”に
ゼンタングルでは、9センチ四方の小さな紙「タイル」に、線や幾何学模様(タングル)を繰り返し描いていく。使用する道具も、ミリペン、鉛筆、擦筆(さっぴつ)とシンプルだ。成冨氏は、「勉強や部活動などで忙しくなった頭を休める“脳のストレッチ”としても注目されている」と紹介した。
参加者は、「i(直線)」「c(弧線)」「s(S字曲線)」「o(丸)」という基本的な線の組み合わせを用いながら、8つのステップで作品を完成させる。最初に“自分への感謝の言葉”を心の中でかけることから始め、鉛筆を持つ感覚や紙に触れる感触をゆっくり味わいながら、静かに制作へ入っていく。まず、紙の四隅に鉛筆で小さな点を打ち、それを線で結んで枠を作る。続いて、画面の中を区切る「ストリング」と呼ばれる線を描き、その中にミリペンでさまざまな模様を描き込んでいく。
制作中、成冨氏は「自由に、自分が思ったように描いていきましょう」と穏やかに声をかけながら、生徒たちの様子を見守っていた。教室に紙とペンが擦れる音だけが響くようになると、「紙の上で一つひとつ選び、集中していく感覚は、日常生活にも通じる」とメッセージを送る。目の前のことに丁寧に向き合い、手順を積み重ねることで、結果は自然と形になっていくのだ。
一人ひとりの違いが、大きな作品になる
完成後には、参加者全員の作品を並べる「モザイク鑑賞」が行われた。小さなタイルをパズルのようにつなぎ合わせることで、一枚ずつでは見えなかった模様同士のつながりが現れ、一つの大きなアート作品へと変化した。
モザイク作品は、配置を変えるたびに異なる表情を見せるのも特徴だ。参加者同士が互いの作品を見比べながら、多様な表現の面白さを実感する時間となった。
生徒たちからは、「自分とは全然違う発想をしている人がいて面白かった」「自分では失敗したと思っていたが、それも表現の一つだと感じた」といった感想が聞かれた。活動を通して、生徒たちは“違い”を否定するのではなく、多様性そのものが作品の魅力になることを体感していた。
生徒たちが実感したゼンタングルの没入感

ゼンタングル体験後に行われた意見交換では、中高生たちから「予想以上に集中できた」「試行錯誤するのが楽しかった」「時間を忘れて取り組めた」といった感想が相次いだ。単純な線や模様を繰り返し描く中で、自然と作業に没入し、雑念や不安から離れる感覚を得た生徒が多かったようだ。
また、「無意識に手が動き、幾何学模様で自己表現できるのが面白かった」「型に沿って進めながらも、自分なりの描き方が生まれていくのが良かった」といった声も聞かれた。決まった手順があることで取り組みやすく、その中で自然に“自分らしさ”を表現できる点が、生徒たちにとって新鮮な体験となった。加えて、「何も考えずに時間が過ぎていく感覚を味わえた」「悩んでいる時こそ、描くことで気持ちが整うと思った」など、ストレス緩和や気持ちの整理につながる可能性を感じた生徒もいた。
完成を急がないことの大切さ
一方で、「自分は飽きっぽい性格だが、ゼンタングルは最後まで飽きずに続けられた」という感想もあった。これに対し、成冨氏は「途中でやめたり、飽きたりするのは自然なこと」と語り、無理に完成を目指さなくてもよいことを強調した。
実際に、描きかけの作品を数年後に再び取り出し、続きを描き始めた人もいるという。ゼンタングルには、「今この瞬間の自分」をそのまま受け止める考え方があり、完成や正解を急がない姿勢そのものが、心を整えることにつながっている。
「自分を表現できる方法」は人それぞれ
授業後には、高校生2名に詳しく話を聞いた。男子生徒は、「メンタルヘルスとアートがどう結びつくのか純粋に興味があった」と参加理由を説明した上で、「アートワークは単なる描画ではなく、“自分と向き合うため”の手段だった。自分の気持ちを絵として形にすることで、頭の中が整理されていく感覚があった」と振り返った。
また、将来的に医療分野への進学を考えている女子生徒は、「治療以外のメンタルケアの方法に関心があった」と話す。その上で、「最も印象に残ったのは、アートの技術ではなく、“失敗がない”、“ここにいる全員がお互いを認め合う”という空気感だった」と語った。
誰かと比較されることなく、自分の表現をそのまま認めてもらえる経験は、日常生活では意外に少ない。その意味でも、生徒たちにとって貴重な時間となったようだ。
さらに2人が共通して口にしたのは、「ストレス対処や自己表現の方法は、必ずしも絵を描くことだけではない」という気づきだ。例えば、文字に書き出すことでも、体を動かすことでもよい。大切なのは、自分自身の気持ちを表現し、整理できる方法を見つけることである。

