避難所としての学校を強くする―新たな設備とソリューションが支える防災機能の高度化―
9面記事
地域の防災力を高めるために欠かせないのが、避難所機能の強化だ
猛暑下で発生した熊本地震を教訓に
学校体育館は災害時に地域住民を受け入れる重要な避難所だが、空調やプライバシー、衛生環境などの面で多くの課題を抱えてきた。しかし近年は、熱中症対策や感染症予防、長期避難への対応を背景に、空調設備やエネルギーインフラ、デジタル技術などの導入が進み、体育館の避難所機能は大きく変わりつつある。ここでは、最新の設備・ソリューションの動向から、これからの学校防災の方向性を考察する。
暑さ・寒さ対策が大きな課題
今年7月、記録的猛暑の最中に発生した熊本地震は、学校体育館が避難所として抱える暑さ・寒さ対策の不備を改めて突きつけた。体育館は広い空間であるにもかかわらず断熱性能が極めて低く、真夏には内部温度が外気と同様に上昇し、避難者が長時間滞在するには危険な環境となる。
今回の地震でも、空調未整備の体育館では熱気がこもり、避難所として機能しない事例が相次いだ。また、空調が設置されている施設であっても、断熱不足により冷房の効きが悪くなり熱中症リスクが高まるとともに、貴重なエネルギーの浪費につながる。災害が猛暑期に発生する可能性が高まる中、この課題は教育現場として看過できない重大な危機である。
空調・換気の高度化が避難所環境の質を左右する

避難所の居住環境の改善が課題
避難所として指定されている学校体育館の空調整備率は、ここ数年で伸びているものの、大規模な予算が生じるため、いまだ3割程度にとどまる。そのため、まずは屋外設置型空調機の導入を進める自治体も多くなっている。室内空間を圧迫せず、ボール競技など体育活動への影響を抑えながら快適な室温を維持できることが特徴だ。また、メンテナンス性にも優れており、学校運営への負担軽減にもつながる。さらに、災害発生直後の応急対応としては、移動式エアコンやスポットクーラーの活用も有効である。比較的短期間かつ低コストで導入できるため、避難所開設初期の暑熱対策として重要な役割を果たす。
一方で、快適な避難環境を実現するためには、空調設備だけでなく換気設備の充実も欠かせない。新型コロナウイルス感染症の流行以降、避難所における感染症対策への関心は大きく高まった。体育館には機械換気設備が十分に整備されていないケースも多いが、近年は給排気設備や外気処理機を活用し、室内の空気環境を改善するソリューションが普及しつつある。外気を効率的に取り込みながら換気を行うことで、CO2濃度の上昇を抑制し、感染症リスクの低減につながる。
学校体育館は、平常時には児童生徒の学習や運動の場であり、災害時には地域住民の命を守る避難所となる重要な施設だ。そのため、単に空調設備を導入するだけではなく、断熱改修、空調整備、換気設備、環境モニタリングを一体的に整備し、快適性と防災性を兼ね備えた施設へと転換していくことが求められている。
自立型インフラの整備で「止まらない避難所」へ
災害時には停電や断水が発生することが多く、エネルギー確保は避難所機能の根幹を支える要素となることから、自立型インフラの整備が求められている。
代表的なのが、太陽光発電と蓄電池を組み合わせたシステムだ。これにより、停電時でも照明や通信機器、医療機器の電源を確保できる。また、敷地内に備蓄したLPガスを活用した「災害対応バルクシステム」は、都市ガスが停止した場合でもエネルギー供給を可能にし、ガス空調や発電機、炊き出し設備の稼働を支える。こうした分散型エネルギーの導入は、避難所の持続性を高めるだけでなく、地域全体のレジリエンス向上にも寄与するものである。
さらに近年は、災害発生時の電力確保を目的として、多様な非常用電源の導入を進める自治体が増えている。従来の非常用発電機に加え、ライフラインが停止した被災地へ直接駆け付けて電力を供給できる移動電源車を配備し、避難所となる学校施設や防災拠点に対して迅速な電力供給を行う体制整備が進められている。
また、脱炭素化の推進とともに普及が進むEV(電気自動車)やPHV(プラグインハイブリッド車)を、災害時の移動式非常用電源として活用する取り組みも広がっている。大容量バッテリーを搭載した車両から避難所へ給電することで、照明や空調機器、パソコン、医療機器などの運転を継続できるほか、携帯電話の充電拠点としても活用できる。平常時は公用車として利用しながら、非常時には防災資源として機能することから、費用対効果の高い防災対策として注目されている。
加えて、近年の災害対応では情報収集・情報発信の重要性が一層高まっている。スマートフォンやタブレット端末は、自治体からの避難情報の受信や安否確認、SNSを活用した情報共有などに不可欠なツールとなっているが、停電が長期化すると通信機器の充電が大きな課題となる。このため、避難所にポータブル電源を備蓄し、通信手段を維持するための電源確保を進める自治体も増加している。
プライバシーと居住性の向上が避難生活の質を変える

医療室や授乳室、要配慮者のスペースを確保する
避難生活の長期化に伴い、従来の「雑魚寝」環境から脱却する、プライバシー確保と居住環境の改善も重要な課題となっている。今回の熊本地震でも、10年前と変わらない「雑魚寝」状態を余儀なくされた避難所が多くあり、プライバシーの確保やエアコンが使える「車中泊」を選択する被災者が多くみられた。
こうした改善の一つとして期待されているのが、平時のスポーツ活動にも適した高弾性衝撃吸収シート床材の採用だ。適度なクッション性が避難者の足腰の負担を和らげるとともに、冷えにくい性質や減音効果により、寒さやストレスの軽減にもつながる。また、断熱・防振マットを段ボールベッドの下に敷くことで、床からの底冷えを遮断し、足音の振動伝達も防げる。
避難者のプライバシーに配慮する間仕切りも、居住性を高める工夫が進んでいる。高機能パーテーションや段ボールベッドは、視線の遮断と床からの冷えが軽減できる。テント型・ルーム型のパーテーションは、上部からの視線も遮り、個室に近い空間を確保できる。
調光可能なLED照明を導入すれば、夜間も安心感を保ちながら、睡眠環境に配慮した明るさ調整が可能となる。加えて、バリアフリートイレや更衣室、授乳室などの整備は、多様な避難者への配慮として不可欠である。
これらの取り組みは、避難者のストレス軽減と健康維持に直結するものであり、「生活の質」を重視した避難所づくりが待たれている。
衛生・健康を支える「水」と「清潔」の確保

東京都が整備を進める災害時給水ステーション
大規模災害時の避難生活において、食料や寝床の確保と同様に重要となるのが「水」と「清潔」の維持だ。特に避難生活が長期化した場合、衛生環境の悪化は感染症の発生や体調不良を招き、避難者の健康に深刻な影響を及ぼす。そのため近年は、避難所における衛生環境を維持するための設備や技術の導入が進められている。
その代表例が水循環システムである。これは使用した水を浄化・再利用することで、断水時であっても手洗いやシャワーなどに利用できる仕組みである。災害発生後は水の確保が最も大きな課題の一つとなるが、このようなシステムを活用することで限られた水資源を有効活用できる。衛生状態の維持はもちろん、身体を清潔に保つことによるストレス軽減や生活の質の向上にもつながり、避難者の心身両面の健康を支える重要な役割を果たしている。そのほか、東京都のように、耐震構造を備えて常に新鮮な水が確保できる「災害時給水ステーション」を各所に整備する動きもみられている。
また、避難所では衣類や寝具の衛生管理も重要となる。近年はポータブル洗濯機や乾燥機を防災備蓄品として整備する自治体も増えており、避難生活の長期化に対応できる環境づくりが進められている。洗濯環境の確保は、感染症予防だけでなく、高齢者や乳幼児、要配慮者の健康維持にも効果的である。さらに、簡易シャワー設備や移動式入浴設備の導入も進めば、避難者の生活環境を大きく改善できる。
デジタル技術と空間設計が支える新たな避難所運営
避難所運営では、「収容する場所」から「安心して生活できる場所」への転換が求められている。その実現に向けて注目されているのが、デジタル技術と空間設計を組み合わせた新しい避難所づくりだ。
避難所運営の効率化においては、デジタル技術の活用が不可欠となっている。避難者受付システムのデジタル化により、避難者情報の登録や安否確認、健康状態の把握を迅速に行うことが可能となる。また、物資管理システムと連携することで、食料や生活用品の在庫状況をリアルタイムで把握でき、支援物資の過不足を防ぐことにもつながる。
情報発信の面では、デジタルサイネージの活用が期待されている。避難所内でのルールや生活情報、行政からの連絡事項などを分かりやすく表示することで、情報伝達の漏れや混乱を防ぐことができる。しかも、多言語表示にも容易に対応できるため、近年増加する在留外国人や訪日外国人旅行者への支援体制強化にも有効である。災害時における情報格差を解消し、誰もが必要な情報を得られる環境づくりが求められている。
一方で、避難所の質を左右する要素として空間設計の重要性も高まっている。学校体育館などの大空間は多くの避難者を受け入れられる反面、プライバシーの確保や相談スペースの不足が課題となる。その解決策として注目されているのが、多目的コンテナハウスやユニット型施設の活用である。体育館の外部に設置することで、医療室や授乳室、相談室、要配慮者スペースなどとして利用でき、避難所機能の充実につながる。
収容から生活空間へ
避難所運用の改善では、障がい者や高齢者などの「個別避難計画」を作成し、避難所での適切な支援につなげる動きも見られる。また、東京都は国際基準のスペース確保に向け、避難者1人当たりのスペースを従来の「1人1畳」から「1人2畳」へ広げ、生活の質を向上させる方針を挙げている。
このように学校体育館の避難所機能は、「収容空間」から「生活を支える空間」へと進化している。空調、エネルギー、衛生、デジタル、空間設計といった多様な要素を統合的に整備することが、これからの防災対策のカギとなる。子どもたちと地域住民の命と生活を守る拠点として、学校体育館の防災機能強化は今後も重要性を増していく。その実現には、先進技術と民間企業の知見を積極的に取り入れることが不可欠である。
