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ゲノム編集技術・バイオ由来化成品 活用しやすいツールで最新技術を学ぶ

9面記事

企画特集

動画を見せながら遺伝子組み換え作物について問いかけた

「知識偏重」の学習から「課題と解決法を考える」学習へ

 教師と生徒両者にとって、新しい単元を学ぶことは刺激的であるとともに、不安でもある。しかし、そうした不安は事前に単元の概略を知り、適切な教材やツールの存在を知ることで、大幅に軽減するはずだ。そんな中、あるツールが注目を浴びている。一見難しそうなテーマを分かりやすくひもとき、生徒が自分で課題を見つけ、その解決策まで考えることを手助けしてくれるもので、知識詰め込み型の教材とは一線を画す。ここでは、最新技術である「ゲノム編集」の授業で、ツールが活用される様子を取材した。

先生向け、生徒向けの教材をウェブで公開
 「多くの人が健康で安全な生活を営むためには、ゲノム編集技術が必要」「私は反対。理由の1つとして、人々が持つマイナスイメージがある」関東地方のとある中学校の授業中、熱のこもった話し合いが行われていた。生徒たちは1年生。テーマは「ゲノム編集を用いた食糧問題の解決」だ。この大きな問題を考えていくうち、「いかに栄養価の高い、おいしいものを大量生産できるか」「飽食と飢餓の両極化」などの問題点が挙げられた。
 教師が生徒たちの議論をいったん引き取り、問いかける。「問題点が見つかったら解決策も見つけていこう。いろいろな方法が考えられるけど、みんな、『ゲノム編集』って知ってるかな?」生徒たちの不思議そうな顔が教師を見つめる。
 この授業は、内閣府に設置された「総合科学技術・イノベーション会議」が推進する「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期スマートバイオ産業・農業基盤技術」の一環で開発された教材を利用して実施された。SIPは基礎研究から実用化・事業化までを一気通貫で推進しており、その中で必要となる「国民理解の増進」を目的として開発された教材が全国の学校に拡散しつつある。
 体をつくる上で重要なタンパク質は遺伝子の情報に沿ってつくられる。その遺伝子の本体となる物質がDNAで、その塩基の配列によってどのようなタンパク質ができるのかが決まる。ゲノムとは、ある生物が持つ遺伝情報の1セットを指す。生徒たちの目線を集めた田矢教諭は塩基配列に触れた後、「塩基の並び方を変えれば何か新しい食べ物がつくれて、解決策の一つになることが考えられないかな」と、本題である「ゲノム編集」の話につなげていった。ゲノム編集とは、動植物のゲノムにヒトが手を加えることである。これにより、病害に強い稲や肉付きのよい魚を大量に産み出すことができる。
 ゲノム編集と似た言葉に「遺伝子組み換え」がある。違いを簡単に表現すると、遺伝子組み換えはゲノムに外から別の生物の遺伝子を入れることで、ゲノム編集では生物が持つゲノムの一部を書き換えることを指す。ゲノム編集された作物や魚の市場流通がすでに始まっている中で、社会背景や技術について正しく理解した上で、自分はこの技術をどう受け止めるかを生徒たちに考えてもらうことがこのプログラムの大目標だ。

テクノロジーをわかりやすく伝える
 授業に使われる教材を開発したのは、(株)リバネス(本社・東京、大阪。代表取締役グループCEO・丸幸弘)。2020年度からプログラムに参画している。
 リバネスは2002年に15人の理工系大学生・大学院生が創業した世界初の「知識製造業」のベンチャー企業を自負している。今では教育、研究、地域開発など幅広い分野に活動域を広げている。
 同社が創業した背景に、遺伝子組み換え食品に反対する空気が社会にまん延していたことへの懸念があった。研究室で議論・理解されていることと、実際に一般社会へ伝わっていることとの間にあまりにも大きなギャップを感じたからだ。
 科学技術の研究は必要なことだが、社会に受け入れられないと意味がない。このギャップを狭めること自体に社会的価値があるはずという思いがリバネス創業のきっかけであり、それは現在にいたるまで一貫している。それは「サイエンスとテクノロジーをわかりやすく伝える」という同社のフレーズに込められている。
 リバネスのこうした考えと、全国の中高を対象とした出前授業や科学雑誌の制作の実績が、SIP第2期スマートバイオ産業・農業基盤技術で求められていた国民理解の増進の狙いと合致し、プログラム参画への声掛けにつながった。

子どもたちへの訴求が社会を変える
 同社の西山哲史・創業開発事業部長は、SIP参画にいたる経緯を振り返り、「教育事業は最初、学校向けに大学院生による出前実験教室から始めた。年に数十回の授業をやり続けた結果、難しいサイエンスやテクノロジーを分かりやすく伝えるノウハウ、教え方や人材をトレーニングするノウハウが社内に蓄積されてきた。また、それらを活かしてこれまでに約20万人の子どもたちの学習の手助けをしてきた。こうした経験を最大限活用して、子どもたちの未来を拓く手伝いをしていきたい。SIPでの事業では、ゲノム編集、バイオ由来化成品、機能性食品の3つをテーマにした教材開発を進めている」と、現在進行形の事業も含めて話した。
 さらに、「これまで石油化学に支えられてきた社会は、バイオ技術によって支えられる形に変わっていく。新しいバイオ技術が世の中に広く認知されて理解や社会受容につながるためには、コミュニケーションが必要で、一番有効な場は中学、高校までの教育プロセスの中にあると思う。授業が進めば、子どもたちの理解度に多少の差はあるにせよ、少なくともみんなが『ゲノム編集って聞いたことはあるよね』という状態になっていくはず。例えば、親子で食料品店に行ったときに、目の前にゲノム編集をした野菜とそうでない野菜があって、親が『なんとなく怖いから』という理由だけで後者を選ぼうとしたときに、子どもが学校で学んだことを教えてあげれば、親の選択肢が広がるということもあるだろう。親世代を変えたいなら、間接的であっても子どもを介してコミュニケーションするほうが効果的かなと思っている」と、ターゲットとして若年層に目を向けた理由を語り、「知識として伝えるだけでは不十分で、考えるきっかけをつくる方が重要だと思っている。そのためにアクティブ・ラーニング的なプログラムを実施するための授業プランをつくっている」と、自信を見せた。
 西山氏が考えているのは、複数の題材を用意し、全部合わせるとまとまった期間の「総合的な学習の時間」となったり、題材を切り取って他の授業の一部にはめ込んだりできるような授業設計だ。例えばAという題材なら2コマでこんな授業ができる、Bならば5コマの授業ができる、というようなもの。
 リバネスの教材が用意されているSIP関連のテーマは、「ゲノム編集技術」と「バイオ由来化成品」の2つ。本記事では「ゲノム編集」を取り上げて説明を進めるが、「バイオ由来化成品」についても、仕組みは同じだ。
 具体的な教育支援方法について西山氏は「まず、ウェブ上で先生が使うスライドと生徒が使うテキストをデータとしてダウンロードできるようにしている。実際に手を動かすような教材も考えていたが、費用負担なくどのような学校でも実施可能な形を考え、このような形にした」と語る。
 ツールとして用意されているものは映像、スライド、副読本。食品ができるまでの工程である生産・加工・物流・小売りそれぞれに課題があることを示した上で生徒たちが課題や解決法を考えるよう誘導したり、ゲノム編集された食品が価値観の違う人々の間でどのように捉えられているのかへの理解を促したりする数分間の映像がいくつかある。
 また、少し硬い内容もあるが、新技術に対して正しい知識を持ち、自分で判断する力を育むための教育現場における議論ポイントの提案と、授業実践例も紹介している。
スライドは、教師も生徒も授業でそのまま使用できる。品種改良の歴史、食を取り巻く世界の課題などがグラフや写真を駆使して、多いものでは40枚もつくられ、授業がスムーズに進むよう工夫されている。
 副読本は「食卓への贈り物」と題され、「ゲノム編集ってどんな技術?」といった基礎的なQ&Aからゲノム編集の原理、実用例、そして課題まで解説している。


副読本として中高生向け科学雑誌someoneのゲノム編集特集も用意されている

生徒の考察を重視
 冒頭で紹介したのは、ゲノム編集を取り上げた昭和女子大学附属昭和中学校(東京)の授業の様子。
 田矢教諭は1年生のクラスで授業を始め、スライドをセットするとともに、書き込み式のプリントも配った。
 「どういうタンパク質が体の中でできるかが私たちの特徴、形質を決めています。みなさんには、こんな自分になりたいとか、身体的特徴についての希望などありますか?」
 生徒たちが思い思いに声を上げる。「背が高くなりたい」「お腹が空かなくなるようにしたい」―。
 「どうしたらそうなれるかな?」と田矢教諭が返すと、「鉄棒にぶら下がる」「ほかの動物になる」「遺伝子を組み換える」などの声が上がった。
 田矢教諭は、「そうだね。今、遺伝子を組み換えるという発言があったけど、それは面白いわね。遺伝子組み換えの技術はずいぶん昔からあるけど、ヒトに応用するのは倫理的な問題もあるから、実用化のハードルは高いけどね。でも家畜、魚、野菜だったらどう? 牛乳をたくさん出す牛、柔らかい鶏、骨のない魚とか」と投げかけると、「野菜ならいい」「養殖で早く育てれば大量生産もできる」などと肯定的だった。
 教諭はこの間も、今の食物とその“先祖”の写真を比べたり、病気に弱い稲が遺伝子組み換えで強いものになる様子をフローチャート式に説明したりと、スライドを進めて、関心を深めさせる。教諭はさらに続ける。
 「実は、いま私たちが食べているものは長い歴史の中で、品種改良されたものばかりなんです。異なる特徴を持つ品種を交配して作るけれど、それには長い時間がかかる。遺伝子組み換えは30年近い歴史を持つバイオテクノロジーの産物ですが、生物のDNAに、その生物が本来持っていない遺伝子をほかの生物から取ってきて組み入れる方法に抵抗感を持つ人が多く、アンケートを取ってみると食べたくない人のほうが圧倒的に多いです。何の遺伝子が混ざっているかわからないから安心できない、ということですね。技術的な問題もあります。外から導入した遺伝子が入る位置を制御できないという問題です。例えば、その生物にとって重要な場所に外からの遺伝子が入ってしまうと、生物の死も含めて、予期しない重大な変化を起こす可能性があるんです」
 「そこに現れたのが2012年に登場したゲノム編集。外から遺伝子を入れるのではなく、その生物の持っている遺伝子の狙った部位だけを切り取ることに成功しました。遺伝子組み換えは成功率がとても低いのですが、ゲノム編集は狙ったところを変えられる確率がほぼ100%。2020年には研究者がノーベル化学賞を受賞しています」その後、教諭からは技術的な実施法が説明されていった。

家庭科教師も参戦
 次のコマを受け持ったのは家庭科の田沼教諭。根底にゲノム編集を置きながら、生徒に世界の将来を食の面から描かせた。もちろん、詳細なデータ、グラフやイラストのスライドを使ってだ。
 「世界では9人に1人が飢餓状態なのに、食用に生産された食料の3分の1が捨てられています。それとは別に特にアフリカのあたりでは人口が増えている。では、世界の食糧生産量は足りているのか、足りていないのか、どちらだと思いますか?」
 田沼教諭が話しかけると、生徒たちは次々と手を挙げ、それぞれの意見を述べた。教諭は続けて語りかけた。
 「実は、全ての人たちが十分に食べられるだけの食べ物は生産されています。さあ、どうして食の格差が起きるのでしょう。フードロスという現状が大きな要因です。世界では食用に生産された食料の3分の1が無駄になって捨てられているんです。捨てるために一生懸命育てているようなものなんです」
 生徒たちは真剣な表情でうなずいていた。

チームを分けて発表
 このような座学が2コマ、話し合いとプレゼン準備で2コマの授業が行われたあと、最後の授業は「ゲノム編集を用いた食糧問題の解決」に対する意見発表の時間となった。個人の意見に合わせて「ゲノム編集技術が必要」あるいは「不要」チームをつくり、それぞれが考えをスライドにまとめて発表した。
 「フードロスを解決するためにゲノム編集を使って消費期限の長い食物をつくればよい」「なぜゲノム編集が不要と思うかというと、今までゲノム編集がなくても、しっかりとした食事ができていたから。その食物にもともとある栄養素だけでも健康を保てるから」「ゲノム編集した作物を売っていい国、売ってはいけない国があるのもあまり信用できない要素」「賛成です。人々の不安を解消するために、1つ目は講習会で安全性を知ってもらう。2つ目にゲノム編集表示を義務化する。表示義務がないことで全ての商品に不安を持つ人もいるから。3つ目は手紙、ちらし、新聞などで安全性を伝える。4つ目はキャラクター化して親しみを持ってもらう。このイラストは私たちが考えた『ゲノムン』です」
 学習ツールを作成したリバネスにとっても、多様な価値観の創造や国民理解などという点で納得できる5コマだっただろう。


授業用スライドは自由に編集して活用可能

ゲノム編集の5コマを終えて

田矢 教諭(理科担当)
 題材に対して生徒たちからさまざまな意見が出てくる点はバイオテクノロジー系ならではと思うが、今回授業をしてみると、最新の技術を知ることもでき、技術的にもそんなに複雑ではなく、生徒にとっても理解しやすい題材だった
 。また、家庭科の先生に入ってもらったことで、家庭科と理科が融合できたことでより実用的に考えられ、非常に良かったと思う。今回は家庭科と理科で行ったが、社会科的要素もあった。教科にとらわれず広い目で見て、考えをまとめることができたというのは、生徒にとって視野が広がるよい機会だった。

田沼 教諭(家庭科担当)
 家庭科でも食に関しての授業をするが、従来は受け身の学習が多かった。今回のゲノム編集という最新技術に関する分野は生徒たち自身の未来にも関わってくる。
 答えがあるわけではなくて、こういうものがあるよ、アイテムがあるよ、と投げかけると、生徒たちは「ここが気になるな、調べてみよう」という考えになる。一つのものごとに全ての教科が関係してくるということと、自分たちが直面する問題なんだということに少しでも気付いてくれたらうれしい。将来自分の未来を豊かにするためにどうしたらいいのかという知識の取得意識につながるかなと思う。

本プログラムを通じて開発された教材(スライド、動画、テキスト)が公開中!無料で自由にご利用いただけます。

教材アクセス
 https://s-castle.com/sip
(ゲノム編集 教材 で検索)

問い合わせ先
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 担当=西山哲史

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