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教室にインクジェットプリンター複合機を設置 先生も子どもにもプラス効果

9面記事

ICT教育特集

成果物を確認するためにプリンターに子どもたちが集まる

 将来、1人1台のコンピュータ環境が目指される中、プリンターやスキャナーなどの周辺機器の設置や使用法の見直しも課題となる。東京学芸大学の高橋純研究室では、小中学校の普通教室にインクジェットプリンター複合機を常設し、学習指導の変化や効果を明らかにする研究を実施中だ。子どもの学習意欲が高まり、教員の働き方改革のヒントになる成果が見られるという。

高橋純・東京学芸大学准教授

プリントすることで、子どもの学習活動を可視化
 「学校プリンター活用実践研究会」は教育工学を専門とする高橋純・東京学芸大学准教授が代表を務め、佐藤和紀・常葉大学専任講師と全国10の小中学校が参加して今年度立ち上げたもの。インクジェットプリンター複合機を普通教室に設置し、授業活用する効果を明らかにしようというねらいだ。
 研究会設立の理由を、高橋准教授は次のように話す。「学校でもタブレットを使うことが増えてきましたが、まだまだ複数人で共有されているのが現状です。こうしたケースでは子どもたちの成果が手元に残らないことが多々あります。成果を印刷してあげたくても、教室から離れた職員室や印刷室まで行かなくてはならない。それなら、授業中に教室で印刷できる環境があれば、すぐに子どもに成果を配って返してあげることで、やる気や学習効果を高めることができるのではないかと考えました」
 これまでプリンター複合機は本体の価格や、インクが高額だと考えられてきた。しかし近年は大容量インクカートリッジを搭載したモデルを各メーカーが発売、印刷コストが安いのでレーザープリンターに置き換わるケースも出てきている。そこで、研究会ではエプソン販売の協力のもと、インクジェットプリンター複合機(PX―M886FL)を実践校に一定期間設置し「普段づかい」の活用を促した。
 コンピュータからのプリント出力だけでなく、コピーやスキャナー機能を備えた「複合機」にしたのは、学校におけるプリントニーズの多様性だと高橋准教授は指摘する。
 「実際、先生は授業中に子どもに教材や資料を配布したり、学級通信を作成して配付したりしていますが、多くの場合、こうした印刷物は予め職員室や印刷室で印刷しています。このため、授業中に生かしたい子どもの発言があっても、用意してあるプリントのことを考え、生かせなかったといった例もあるのではないでしょうか。あるいは、印刷したはずのプリントが1枚足りず、慌てて職員室や印刷室に引き返すといったことも経験があるのではないでしょうか」
 こうした場面に応えていくにはプリンターもコピーもできる複合機が教室に常設されているのが最適で、高橋准教授は「子どもの興味や関心に合わせて教材を配付できれば学習効果はさらに高まりますし、コピーができれば業務の改善にもつながるのではと考えました」と話す。
 プリンターの活用法は学校ごとに多彩だ。月に1度、写真とメッセージで日常的な活用状況を共有するレポートが寄せられている。
 カラープリント機能の活用では、図工の立体的な制作物は教室に展示したままにしておくと場所をとるため、一定期間を過ぎたら写真に撮って掲示し、作品は持ち帰らせるようにした例がある。コピー機能の活用では、ワークシートやプリントの枚数が足りないときにその場でコピーして渡す、教科書を忘れた子どもにコピーして渡す、などだ。スキャン機能では子どもへの返却物に教員が書き込んだコメントを記録しておくため、控えとしてスキャンする例などがあった。
 実践校のうち9校の4月から7月までの活用状況を、複合機の状態を示すステータスシートと教員が活用した記録である活動記録表から分析したところ、

 ・複合機はいずれの学校でも活用されている
 ・A4サイズを最も活用
 ・とくに授業関連に活用されることが多い(49・6%)
 ・短い休み時間に活用されている

 ―などが明らかになった。最も多く活用されたプリンターでは1学期で1万2194枚にのぼった。
 これらの結果から「気楽にプリントできる環境があると、先生も活用しやすいのでは」と高橋准教授。1学期の手ごたえをもとに実践校には追加の配置を受け付け、現在、10校で計58台の実証機材が稼働している。年度末には改めて使用頻度や場面を集計し、子どもや授業への効果を明らかにする予定だ。

印刷室に行く手間が省け、働き方改革にも
 この実証研究のもうひとつの目的は、インクジェットプリンター複合機の導入が教員の業務改善につながるかを明らかにすることだ。
 これまでは、授業中に子どもが教科書を忘れるなどしてプリントが必要になったときに、先生が走って職員室や印刷室まで行って対応していたため、印刷や往復に時間がかかっていた。インクジェットプリンター複合機が教室にあれば、その場で教師用パソコンからプリントし、すぐ子どもに配付できる「時短」メリットが生まれる。
 実践校の中には教室のほかに職員室に1分間に100枚印刷できる高速ラインインクジェットプリンター複合機(LX―10000F)を設置した学校もあり、教職員の印刷作業がどのように変化し、効果が得られるかも検証していきたいとしている。
 高橋准教授は「授業改善、業務改善の両面で、教員や子どもたちにインクジェットプリンター複合機は毎日活用され、必要とされていることがわかりました。この効果をわかってもらい、学校現場で広く活用してもらうためには、学校予算で導入できる安価で速いプリンターも必要になるでしょう。今後、学校のプリント環境の改善に向けて、今回の研究成果が役立てられればと思っています」としている。

事例(1)逗子市立沼間小学校
見栄えがよいカラープリントでやる気アップ
個別指導に適した教材を作成


村松雅・逗子市教育長

 逗子市教育委員会は、市内2小学校に通級指導教室を設置している。今回のプロジェクトでは沼間小学校の通級「やまびこ」にプリンター複合機を設置、子ども一人ひとりに合わせた教材作成が実現している。
 同市は全国初のオールペーパーレス議会を実現するなどICT活用の先進自治体だ。小中学校においてもICT環境整備が進んでいる。校務の情報化にも詳しい村松雅教育長は「ICTは今の教育環境で十分にサポートできていないところにまず整備すべき」と話す。このプロジェクトの設立を知り通級指導教室から進めることにした。
 やまびこには、言葉の意味がわかりにくい子どもや、読み・書き・算数などに個別の指導が必要な子どもたちが通う。学級担任と連携を取りつつ、子どもに合った指導をするには教材の工夫が欠かせない。
 これまでプリントはモノクロで刷っていたがプリンター複合機の導入でカラープリントが手軽にでき、教材作成がぐんとやりやすくなったという。「大きさ」「かたさ」などのカテゴリーにわけた言葉カードを色で区別して作成する、調理実習の手順を食材の画像とともにカラーでプリントするなどだ。
 教材をカラー化したことで子どもたちの学習意欲が向上したという。同校の佐藤敦子教諭は生活と学びとの連続性を子どもが感じられるようになったからではとみている。
 「日常生活は色にあふれているのに、勉強のときはモノクロの世界に戻らねば、という分断されたイメージを子どもたちは持っていた。カラーの教材が増えたことで勉強に入りやすい感覚を持てている」
 やまびこでは今も毎月、カラフルな教材が生まれている。9月から配置される教師用タブレット端末の活用も合わせて積極的に進めたい考えだ。成果物を撮影してプリントする、それを保護者への連絡に活かすなど、リアルタイムに子どもたちのがんばりを評価できる環境を作りたいと意気込む。

事例(2)静岡市立長田西小学校
必要なプリントをその場で印刷
ながら印刷で心に余裕


街探検した様子をプリントして黒板に貼って、共有する

 静岡市立長田西小学校(大村徹校長、児童数715)では、6年生の4学級にインクジェットプリンター複合機を設置し活用している。
 研修主任の浅井公太教諭はインクジェットプリンター複合機活用が「わかりやすい授業」につながると感じている。算数の「組み合わせの数」の単元では「3人の先生にピザを届ける方法は何通りあるか」を出題し、グループで話し合わせた。各グループの発表シーンを浅井教諭がタブレットで撮影し、その場でプリントして黒板に貼り付け、他のグループの考え方を示すなどテンポのよい授業を展開している。
 子どもたちは「表にするとわかりやすい」「先頭を決めると何通りか数えやすい」など、グループごとの考え方の特徴をすぐに見つけることができた。「今までの授業ではホワイトボードで考えたことを発表させるだけだったが、グループの考えを貼り出すことで可視化して考えることができた」と浅井教諭。
 総合的な学習の調べ学習でも積極的に活用中だ。東海道の宿場町「丸子宿」の今と昔を比較するのに、町探検して撮影した写真をカラープリントして黒板に張り出し、話し合いをした。プロジェクトアドバイザーである常葉大学の佐藤和紀専任講師は「タブレットが1人1台配付されたとしても、こうした授業はプリントアウトして検討したほうが圧倒的にわかりやすい」と高く評価する。
 教員の業務改善という面では「ながら印刷」ができる点が大きいと浅井教諭は指摘する。給食指導をしながら宿題プリントを印刷する、教室で子どもの対応をしながら放課後の職員研修の資料をカラープリントするなど、即時印刷が校務の時短につながっているという。
 大村校長は「多様な活用が見られるのは高学年だろうと予想し導入した。今ではさまざまな場面で活用されている。インクの交換回数が減りコスト減になる一方、カラープリントに対応した高品質な用紙も準備したい。導入の効果は実費だけでなく授業や子ども達への効果という面からトータルに判断したい」と話している。

教室にいながら印刷できるメリットは大きい

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