日本最大の教育専門全国紙・日本教育新聞がお届けする教育ニュースサイトです。

ICT教育特集 オンライン学習 成果を引き継ぐために

11面記事

ICT教育特集

左・鈴木 克明 熊本大学教授システム学研究センター長、右・柴田 功 神奈川県立川崎北高等学校校長

学びを止めない工夫を
鈴木 克明 熊本大学教授システム学研究センター長

 遠隔授業の実施に当たって、カリキュラムをどのように構築すれば良いのだろうか。熊本大学システム学研究センター長の鈴木克明教授は、オンラインで開かれた「第4回4月からの大学等遠隔授業に関する取組状況共有サイバーシンポジウム」で、「無理はしないで同じ形を目指さないこと」と語った。鈴木教授が専攻長を務める熊本大学大学院教授システム学専攻は100%オンライン授業で実施しており、2006年の開設以来15年の間に蓄積したノウハウは、小・中・高校の現場でも、遠隔授業に取り組む際に大変参考になる。

 鈴木教授は、平時に戻るまでの遠隔授業のデザインとして、

 (1) 対面授業をやらなくても立派な通学制課程
 (2) 無理はしない
 (3) 同じ形ではなく同じ価値を追求する
 (4) 順序を変える
 (5) 大切なのは学生が学び続けること
 (6) 非同期で学生の学習活動を支える
 (7) 平時になっても使えるオンラインの要素を探す

 ―の7つを挙げる。その上で、「平時が戻った後にはICT教育利用の本格化を」と呼び掛けている。
 鈴木教授は「有事に平常通りの教育をやろうとしない」と呼び掛け、これまでの授業のすべてを未来永劫にわたってオンラインに移行することが最終目的地ではないと強調。その上で、もともとオンラインでやる予定では無かったことを、無理にオンラインに移行しようとすると莫大な手間暇や環境整備が必要になると指摘し、「できる範囲で『学びを止めない』ことが関の山だと考え、期待値を下げる」ことが必要だとした。
 具体的な授業は、まず、「対面授業と同じやり方をオンラインで実現しようとしない」と語る。例えばこれまでの授業をそのままオンラインでやろうとするのではなく、生徒の手元に教科書があるのであれば、それを読んでレポート提出する形式にするなど、「同じ情報提供であれば違う形で出来ないかということを考えるべき」と、より無理のない手段を選ぶことを提案する。
 さらに、同期型の授業にこだわらないことも大切だ。非同期型で課題を出して、その結果に対して、非同期でフィードバックすることが重要だとしている。

学習目標に戻って考える
 このように授業をデザインする際に重要なのは、学習目標に常に戻って考えること。「この科目で、どのような力を身に付けさせたいのか常に戻って考えなければ。同じやり方を実現することが目的ではなくて、学んでほしいことを学べるように工夫することが目的」だと強調する。
 通常の授業とは違う手段でも、「同じ目標(=価値)に迫れるのではないか」と考える。もし、同じ価値まで達することが難しい場合は、「対面になってからの挽回を図る」とし、何ができていないか確認することが必要だとしている。
 そのためには、「順序を変える」こともポイントだ。例えば、対面よりはオンライン環境の方が効果がありそうなことを先にやるなど、順序にこだわらずにオンラインでやりやすいものから着手できるように授業の配列を変えるなど、柔軟に発想することも重要だ。
 また「グループワークは個別学習より難しい」と指摘する。特に新入生など、初対面のメンバーとネットを介して取り組むのは難しいことから、やりやすい個別学習から始め、難しいものは後回しにして、これも「対面になってからの挽回を図る」ことを呼び掛けている。

自ら学ぶ力を育てる
 重要なのは教員が教え続けることではなく、「学生が学び続けること」。「教員は学習成果を評価する役割を果たせばよい」と訴える。鈴木教授は、「自力でできない学生には支援の手を差し伸べる」一方で、「自分でできる学生には自分でやってもらう」とする。コロナ禍での遠隔授業の実施を、“自ら学ぶ力”を育てる機会とする考え方だ。これは小・中・高の現場でも活かせる視点ではないだろうか。
 そうした点から言えば、リアルタイムの授業より、非同期型の動画などの教材の方が、自律的に学習に取り組みやすいと言えるだろう。学習活動を支援する非同期のコンテンツはネット上に数多く提供されているので、それらの活用も効果的だ。
 鈴木教授は、非同期型の仕掛けで学習を最大限まで支え、同期型の遠隔授業や個別指導はそれを補うことに限定する方針で、授業をデザインするのが良いのではないかと提案している。
 学校が再開し対面授業が可能になっても、遠隔授業に取り組む中で「『これは取り入れてもよい』と思える要素を見つける。それができれば、今回の努力は無駄にはならない」と鈴木教授。
 「オンライン学習を経験した者は誰でも『オンラインでできるのならば集まる必要はない』と違和感を持つ人に成長する」と指摘。そのため「今までと同じ授業を続けることは期待値を満たすことにならない。何らかの形でオンラインを組み込むことを考える必要がある」としている。

授業の動画を次々公開 持続可能な作成の視点を重視
神奈川県立川崎北高等学校

オンライン授業で使用する動画を、どのように作成するか、全国の学校で試行錯誤している。そんな中、

 ・1本5分程度にまとめる
 ・内容はホワイトボード1枚にまとめ、すべて書いておく
 ・1テイクで終らせる(編集しない)
 ・撮影した端末(スマートフォン、タブレット、PC)でそのままアップロードする

 ―など、授業動画を作成する際のポイントを、短い動画にまとめ公開しているのが、神奈川県立川崎北高校の柴田功校長。「凝らずに、お金や時間をかけないことが、持続可能な動画づくりの方法」と話し、「オンライン授業に取り組むことで、授業方法の選択肢が広がった」と話している。

生徒の状況を想像して授業づくり
 柴田校長は「何枚もあるパワーポイント資料を使うと、見る方も終わりの見通しが立たないが、ホワイトボード1枚に収めれば、学習内容の全体像を把握できる。作る側にとってもハードルが下がる」と語る。
 生徒への課題も、プリント横1枚で完結するようにアドバイスする。「図書館などで、スマホの画面を器用に拡大したりして勉強している高校生をよく見かけます。もし1問が何枚にもわたっていたら、高校生も課題をこなすのが大変です」と柴田校長。さらに、生徒に事前にルーブリック(評価基準)を示すことも促す。そうすることで、オンデマンド型(非同期型)の場合でも、生徒は自分で見通しを持って学習を進めやすくなる。また、キーボードが無い前提で課題を出す(手書きの回答とスマホカメラで撮影した画像で提出することも可とするなど)といった、生徒の状況を想像して学習内容を考えることが重要だと話している。
 例えば、高校生はスマホを使って、チャット形式でコミュニケーションすることに長けている。そのため、オンデマンドで生徒が動画を見た上で同時双方向型で教員が質問し、チャットで答えを返す形式の方が、効率よく学習が進む場合もあるだろう。

動画は積極的にネットに公開
 神奈川県教委は昨年度までに「端末」「ネットワーク」「クラウド」の3セットを同時に整備しており、生徒全員にGoogleアカウントを配付している。同校では昨年度から一部の教科でGoogle Classroomの利用を始めていたという。こうした環境がベースにあったため、この休業期間にオンライン授業に取り組むことが可能になった。
 柴田校長は新任の校長として、この4月に着任した。まず、Chromebookを全教員に配付。さらに、教員のGoogle Classroomを開設して、ICTに関する研修を開催した。休業期間中は教職員も在宅勤務を進める必要があり、柴田校長は、この在宅勤務の期間に、動画づくりに取り組んだという。
 以前から、学習コンテンツなどの動画を幅広く見て、動画づくりで参考になるテクニックを把握したり、オンライン授業のコツを情報収集していたので、今回はそれを整理してまとめた。
 このオンライン授業に関する動画は、YouTubeで公開配信し、公開3週間後には再生回数1万回を超えるほどの反響があった。この動画では、オンライン授業にはオンデマンド型とライブ型があることも解説。それぞれの型にはメリット、デメリットがあり、それぞれの特性を理解することが大事で、将来的には織り交ぜての実施が理想などとしている。
 一方で、柴田校長の呼びかけで、登校できない新入生向けに、「校舎案内」の動画を教員有志で作成。その後徐々に、各教科で授業動画を撮影し、オンデマンド型の配信を進めた。動画のノウハウは撮影するごとに蓄積され、教職員間で共有している。
 少人数の選択科目ではライブ型のオンライン授業を実施するとともに、ワークシートの課題に関する質問は、時間を決めて教科担当が Google Meetで受け付ける。音楽、美術などでは、作品や表現活動を音声や画像データで課題を提出することにしている。
 柴田校長はまた、作成した動画を積極的にホームページ等で公開することも呼び掛けており、実際に同校では教員が作成した動画をいくつもアップしている。「オンライン授業での動画は、先生と生徒だけのやり取りになってしまうので、保護者を含めて、外部からは何をやっているのかわからない。著作権的に問題のない動画については公開することが安心につながる」としている。通常であれば、年に何度も行われる公開授業や授業参観が行われていない現在、大切な視点だろう。

登校始まってもオンライン継続
 オンデマンド型の動画は、生徒はいつでもどこでも何度でも繰り返し学ぶことができる。また、チャットでは対面の授業より生徒の反応が良い場合も多い。生徒も教員も、こうした新しい学習方法を経験した以上、分散登校が始まってもオンライン授業を継続して行うことになるだろう。「オンライン授業に取り組むことによって、授業方法の選択肢が広がった」と柴田校長。「これまでは、一つの学び方に生徒も教員もこだわりすぎていたのでは」と感じているという。
 オンライン授業を進めることで、学校という場所で時間を共有することの重要性も変化してくる。「学校の価値とは何か、ポストコロナではこうした議論も進んでほしい」と話している。

ICT教育特集

連載