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交通社会と向き合う力を育てる

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交通安全教育特集

 これからの交通安全教育は、交通ルールの順守やマナーなどの知識だけでなく、児童生徒自らが交通事故を未然に防ぐための予測力と行動力を身に付けることが求められている。そこで、秋の交通安全運動週間に先駆け、心身の発達段階に応じた望ましい指導・体験研修のあり方や、全国の自治体で広がる自転車用ヘルメット着用や保険義務化の動向を探った。

自転車運転の慣れが安全意識の低下につながる
 近年、交通事故件数が減少する一方で、中・高校生の自転車乗車中の事故割合が増加している。交通事故の状況では、登下校中が中学生37%、高校生64%と最も多い。対自動車事故が全体の約8割で、うち約6割が出合い頭によるもの。対歩行者事故は自転車側の4割弱が10代、歩行者側の約6割が高齢者となっており、飛び出しや交通ルール無視などの規則違反によって加害者となる割合も高くなっている。特に死亡・重傷事故では、自転車を運転していた児童・生徒の約8割に何らかの法令違反があった。
 しかも、自転車乗用中の死傷者数は、全年代で見ても16歳(高校1・2年生)が最も多い。その要因の一つとして考えられるのがヘルメット着用率の低さで、中学生の約4割に比べて、高校生は1割未満となっている。自転車による事故では頭部のダメージが致命傷になるケースが多いことから、ヘルメット着用を校則で義務化する学校が増えている。また、高校生はスマホやヘッドフォンをしたままの走行や、2人乗り、傘差し、無灯火運転などが目立つなど、自転車運転の慣れや、行動範囲が広がるほど安全運転の意識が低くなる傾向があるようだ。
 特に問題なのは一般道での逆走で、こうした誰もが小学生のうちに習うような交通安全の基本まで無視するということは、ルールやマナーといった以前に、危機回避能力が欠如していると言わざるを得ない。それだけに、学校の交通安全教育には、危険を察知するための行動のポイントや、自分の身を守るための具体的な方法を教えることが重要になるのだ。

交通ルール順守だけでは避けられない
 もう一つ、子どもの危機回避能力を高めなければならない理由は、高齢者ドライバーによるペダルの踏み間違い事故や、カーナビ等の注視、ながらスマホ、あおり運転による事故など、交通ルールを順守しているだけでは避けられない事故が増えているからにほかならない。
 また、近年急速に普及しているロードバイクなどのスポーツ用自転車による事故は、スピードが出るがゆえに重症化する傾向が高く、車と同等に注意する必要がある。加えて、電動アシスト自転車の事故も年間2000件以上と増加しているほか、スケートボードやキックボードによる追突事故も起きている。とりわけ、電動アシスト自転車は免許返納した高齢者が交通手段として購入するケースが増えており、予期せぬ急発進などによって事故につながることが指摘されている。
 こうした中、学校における交通安全教育では、子どもの心身の発達段階や地域の実情に応じ、計画的かつ組織的に行うこととともに、各学校において学校の安全に関する取組に関する年間計画(学校安全計画)、危険発生時に教職員がとるべき措置の内容・手順を定めたマニュアル(危機管理マニュアル)を策定することが義務付けられている。
 その上で、体育科、家庭科及び特別活動の時間はもとより、各教科、道徳科、外国語活動、総合的な学習の時間などにおいても、学習指導要領を踏まえた交通安全教育を推進することが求められている。
 たとえば、体育科において身に付けるべき例としては、小学校では周囲の危険に気づく、的確な判断の下に安全に行動すること。中学校ではこれに加えて、交通事故は人的要因や環境要因などが関わって発生することについて理解を深めること。高校では普通自動二輪免許を取得する年齢になることからも、自動車の特性や運転者の責任等について理解を深めることが必要となっている。また、総合的な学習の時間を活用し、学区の調査や危険箇所マップの作成、地域の交通事故防止活動の調査等の研究をしている学校もある。

自治体の自転車保険義務化が加速
 子どもには「自転車は車両」という認識を持ち、加害者にならないよう安全な走行に努めることを指導する必要がある。なぜなら、自転車乗車中に重大な事故を起こした場合は、子どもでも高額な賠償を請求されるケースが相次いでいるからだ。そのため、被害者を守るとともに、加害者の経済的負担を減らす目的から、任意加入だった自転車保険への加入を義務づける自治体が増加している。
 これまで37自治体が加入を「義務」または「努力義務」とする条例を制定。2015年に制定した兵庫県を皮切りに、東京都、神奈川県、埼玉県、京都府、大阪府、鹿児島県など24都府県が義務化したほか、北海道や千葉県、熊本県など13の道県市が努力義務化している。
 さらに、自転車通学率の高い地域では、自転車用ヘルメットの義務化とともに、学校単位で生徒全員の保険に加入する事例も見られる。こうした動きに合わせて保険加入件数も伸びており、前年比3~4倍になった損保各社もあるなど、今後も義務化への格上げを含めて追随する自治体が増えていくことが予想されている。

登下校中の安全確保に向けた取り組み
 一方、登下校中の安全確保としては、学校での集団登下校やボランティア等による見守り、スクールバスの導入とともに、警察や道路管理者も含めた地域が連携した通学路安全点検のためのPDCAサイクルの実施が求められている。
 また、文科省、国土交通省、警察庁の3省庁で進められてきた7万箇所に及ぶ通学路の危険箇所対策(歩道整備、路肩のカラー舗装、防護柵の設置、車両の速度抑制や進入抑制を図るハンプ・狭さくの設置等)も、2017年末段階で97%が改善済みだ。
 しかし、今年も登下校中に複数の児童が巻き込まれる痛ましい事故が起きており、さらなる対策が必要になっている。だからこそ、子ども自身も、自分が生活する地域で起こりうるさまざまな危険性を知り、それに対してどのように対処すれば事故から逃れられるかを具体的にイメージできるようにしておくことが重要になる。

危険予測シミュレーターやオンライン型交通安全教室も
 その意味で、交通事故の危険性がある場所や危険な行為について実感を伴った理解を植え付けるには、警察などが交通事故の場面を再現して見せる方法が主流だったが、最近では危険予測シミュレーターを使った講習も多くなっている。天候や時間帯、危険要素、被験者・加害者視点の切り替えなどを自在に設定できるとともに、VR技術によって自分自身がその場にいるかのように体験できるため、子どもが危険予測や安全確認の重要性を認識しやすくなるのが特徴だ。
 危険予知トレーニングでは、交通場面や交通状況を可視化して危険を見つけ、グループで話し合ったり、発表したりすることで危険予測能力を向上する取り組みも始まっている。
 また、新型コロナの影響で従来のような体験的な機会が用意できない中で、オンライン型交通安全教室を実施する学校も多くなっている。子どもたちは通常の授業と同様に各教室で受講することができるため、感染のリスクを減らしながら効果的に受講できる。あるいは、さいたま市の中学校ではGIGAスクール構想で整備された1人1台端末を活用。CGによる事故再現映像を視聴し、安全行動の意思決定に向けて生徒が主体的に学び合う取り組みは、双方向学習の一つのモデルとなると期待されている。

一生を通じた安全意識の自覚を培うために
 日本は世界でも有数の効率的・網羅的な公共交通システムを持ち、法整備の強化や自動車の安全技術の進化などにより、交通事故は年々減少している。しかし、依然として子どもが安心して登下校できる環境が整備されていない地域も数多く残されており、ガードレールがない狭い道路や、通学路を抜け道として利用する車などによる事故が後を絶たない。しかも、75歳以上の高齢ドライバーが年々増加する中では、いつ不慮の事故に巻き込まれても不思議ではない状況にある。
 それでも、交通事故を未然に防ぐための予測力と行動力を身に付ければ、事故に遭う確率をきわめて減少できるのも事実だ。したがって、これからの交通安全教育には、子どもが自主的・主体的に取り組む活動が求められているのであり、幼・小・中・高校における発達段階に応じた取り組みは、将来、自身がドライバーになったときも含め、一生を通じて交通社会と向き合う力や安全意識の自覚を培う大事な過程となる。

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