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現地での体験を通じて児童生徒の学びを深める

10面記事

企画特集

 新型コロナウイルスの感染が拡大する中、萩生田光一文部科学相は8月27日、「学校の部活動や修学旅行などは子どもにとって思い出に残る学習の機会。実施の可能性を模索してもらいたい」などと述べた。アクティブ・ラーニング型の体験活動を修学旅行に組み入れたいと考える小・中学校が5割を超える(日本教育新聞社調べ)現状をふまえ、これからの教育旅行の意義や取り組み方などについて、東京都豊島区立千登世橋中学校校長・小林豊茂氏、独立行政法人国立高等専門学校機構理事・坪田知広氏に話を聞いた。

学校や地域ではできない体験で、感動の共有を宝物に
小林 豊茂 豊島区立千登世橋中学校校長

 ―小林先生が金沢を中心とした北陸への周遊型の修学旅行を実施してきた経緯を教えてください。

 小林(以下敬称略) 京都奈良の社寺巡りは定番ですが、以前から、視野を広げて琵琶湖に足を延ばしたりしてきました。日本人の物づくりの文化や伝統工芸技術を体験するにしても他の地域に目を向けてもいいのではないでしょうか。大都会の中学生には特に、第一次産業や自然と触れ合うことに意義があるのではないかと考え、10年ほど前から、自然体験と、生活に身近なアクティブな体験ができる石川県への周遊型修学旅行を提案・実行してきました。

 ―コロナ下ということで、本年度は1泊での実施だったのですね。どんな工夫をされましたか?

 小林 移動時間を短縮するために往復は飛行機を利用しました。羽田空港から能登空港に入り、能登半島の「すず塩田村」で古来の塩づくりを体験し、和倉温泉の一流旅館に宿泊。翌日は金沢で和菓子づくりや金箔貼りの体験をしたあと、兼六園、金沢城、観光物産館などを巡って、小松空港から東京に戻りました。

 ―宿泊先にもこだわっているのですね。

 小林 私は、「小学校はよい子どもを育てるところ、中学校はよい大人を育てるところ」だと考えています。卒業するまでに社会人の生活の基礎を携えさせたい。「一流」を見せるのはそのためでもあります。北陸から滋賀を通って京都奈良に入った修学旅行では、琵琶湖でのサンセットクルーズ・ディナーバイキングをプランに入れたことがありました。宿泊は湖畔の30階建ての高級ホテルです。
 「和風旅館の大部屋で枕投げ」もよい思い出となるでしょうが、良質なホテルで宿泊のマナーやルールを知ることは、将来ホテルを使うときの学びにもなる。定番コースの周辺地域は修学旅行の受け入れに積極的で、交渉もスムーズにいきました。

 ―小林先生が考える修学旅行の意義は?

 小林 「学び」を「修める」旅行、それが修学旅行です。班でまとまって時間通りに行動できたという成果に留まるのではなく、本物に触れ、体験し、人と触れ合って得られる感動、発見を与えてあげたいと考えます。前述の湖畔の高層ホテルの客室からのロケーションは、左に比叡山、右は安土城跡。信長が安土城から虎視眈々と比叡山の僧兵を見ていたという話を生徒にすると臨場感が高まり、教室での歴史学習にスケール感とリアリティーを与えました。
 感動の共有も重要です。「自分たちが訪れた足跡を残そう」という取り組みでは、「京都で外国人にアタック!」という目標を立てたことがありました。現地で出会った外国人に訪日の理由などを英語で質問。交流のお礼に、千代紙で作った扇子を添えて英・和文の手紙を手渡すことに。
 また、自分たちが訪れた足跡を残すべく苗木を持参してお世話になった旅館に、植えたグループもあります。感激した支配人が「苗木が大きく育つ頃にぜひ再訪してください」と、帰りの新幹線のホームに見送りに来てくれました。人との関係性を深め、内面的に成長することも大事な「修学」です。

 ―「ねらい」を考える上で重要なことを教えてください。

 小林 修学旅行を含めた宿泊行事では、自分たちの学校や地域では学べないことに取り組みたいと思います。コロナ下で日程を短縮したり行き先を近場に変えたりして、そのねらいを追求するために教員は知恵を絞りました。
 1、2年生はスキー教室や林間学校の代わりに横浜と成田に行くことになりました。豊島区には港と空港がないので、海と空をテーマにしたのです。海運の学習、フライト体験、空港内の見学、出入国手続きの学習等々で、公的財団・協会の協力を得て、グローバルに活躍する子どもの未来につながる機会をつくりました。子どもの発達段階を考えながら内容を精査し、修学旅行が3年間の集大成となるように、学校ごとにしっかりとねらいを持って取り組んでいきたいですね。


クルーズ船見学の様子

小林 豊茂氏
 東京都中学校社会科教員として、14年間務めた後、都・区市教育委員会で教育行政に携わる。現在、豊島区立千登世橋中学校長。

児童生徒の主体性を一番に考え、気づきに富んだ楽しい旅行に
坪田 知広 独立行政法人国立高等専門学校機構理事

 ―最近の修学旅行の傾向についてお聞かせください。

 坪田(以下敬称略) 修学旅行を総合的な学習の一環として捉え、探究学習、アクティブ・ラーニング型の体験活動、SDGs、キャリア教育、環境教育を組み込むなど、教育観点の変化に対応しながら、よりテーマ性のある修学旅行を行う傾向があるようです。
 また、1年生からの宿泊型行事に体験活動を組み込み、修学旅行は総仕上げをするという形で、3年間の教育プログラムの中に修学旅行をしっかり組み込むような動きもあります。行き先は、アミューズメント施設より美術館、博物館、資料館などを加えるケースが増えている印象。学校や地域ではできない学びを取り入れようという姿勢があり、東京の学校では自然体験もその一つですね。

 ―事前学習についてはいかがでしょうか。

 坪田 事前学習シートなどを使ってしっかり行われています。現地で学ぶ意欲につながり、限られた時間を有効に使うためにもよいことです。ICカードやスマートフォンのGPS機能など技術革新のおかげもあって自由度が生まれ、昼食の場所を生徒たちが決めるなど、「与えられる修学旅行」から、「生徒が学びをつかみとる修学旅行」に変わってきています。

―児童生徒の主体性が大事にされるようになってきたのですね。

 坪田 はい。少しずつ定着してきていると思います。自由行動のテーマを決めたら、効率よく学べるように行き先やコースを皆で議論する。何か一つを掘り下げるのか、広く見て比較するのかで行き先は変わるので、議論は白熱するようです。教員が助言し、プレゼンをさせながら旅行プランを完成させていく工程は、まさにアクティブ・ラーニングです。授業に組み入れて活用すれば、授業が変化し、教員の学びの機会にもなると思います。

 ―アプローチの仕方が重要ですね。

 坪田 修学旅行のすべての要素が学びのアプローチになると考えたいです。例えば「地球温暖化」なら、環境省を訪ねて学ぶのは正攻法のアプローチですが、博物館で江戸時代から行われていたエコロジーや循環型文化を学べば、誇りを持ってSDGsを環境面から推し進めることにつながります。修学旅行での体験型学習は、自分たちの現在の営みを見直したり、意識を変えたりするチャンスでもあるのです。
 感性を引き出すチャンスにもあふれています。例えば移動の車窓から日本特有の多様な地形に気づけば、厳しい自然環境や昨今の自然災害の実情を実感できるはず。事後学習で気づいたことを発表すれば、生徒の隠れていた感性が表出し、多様性を促す授業につながっていくでしょう。こういった展開が修学旅行の醍醐味ともいえるのではないでしょうか。

 ―今後の修学旅行の展望は?

 坪田 スポーツ体験と自然体験、周辺の観光、現地の人との交流など地域連携も付加した「スポーツツーリズム」を取り入れたり、体験型英語学習施設の利用を組み込んだりするなど、新しい切り口の修学旅行はさらに増えそうです。修学旅行の体験が、生涯スポーツや英語力アップにつながれば保護者の期待もふくらむでしょう。
 修学旅行には各学校・自治体の教育理念が映し出されますから、修学旅行が地域の教育を考える一つの題材になって、修学旅行の内容によって子どもを育てる地域を選ぶ時代が来るかもしれません。
 仏像の修復や土産物の流通などに興味が向くなど、普段とは異なった形で仕事をとらえることができるのが修学旅行のよさです。さらに調べたくなったり、将来就きたい仕事に思いをはせたりするのも立派なキャリア教育だと思います。目的にとらわれ楽しい旅の魅力が失われることがないように、「思い出をしっかりつくる」ということも押さえつつ、教育理念やテーマを盛り込んだ豊かな旅行にしていきたいものです。

坪田 知広氏
 平成4年4月文部省(現文部科学省)入省。その後、観光庁スポーツ観光推進室長、文部科学広報官、児童生徒課長、文化庁参事官などを経て、令和2年4月から現職。

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