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教育現場のクラウド化で見えてくる教育の質の向上と業務効率化

10面記事

ICT教育特集

 一人一台端末の整備とクラウド活用を中心とするGIGAスクール時代において、校務支援システムは固定された校務用端末からのアクセスから、どこにいても校務処理ができるクラウドを利用した仕組みへの変革が求められている。働き方改革の観点からも校務のクラウド化は急がれる。では、現場の教員はどのような点で関わっていけるのか。情報教育および探究的な学習を専門とする中学・高校での教員経験が長い東京学芸大学先端教育人材育成推進機構の登本洋子准教授に聞いた。

登本 洋子 国立大学法人東京学芸大学 先端教育人材育成推進機構 准教授、博士(情報科学)

校務クラウド化推進のカギはクラウドの利点を教員が感じることから

追われる日々から抜けだすために
 これからは授業だけでなく、校務でもクラウドを活用した運用が求められています。一度教員が腑に落ちてクラウドを使い始めると効果は大きいと思います。現場でクラウドを普及するポイントは次の3つです。
 1つ目は「慣例からの脱却」です。先生方の毎日は並大抵の忙しさではありません。日々の授業と並行しながら、児童生徒に関連するさまざまな問題、保護者の方への対応、数々の校務、部活動などに追われ、翌日の授業準備もままならない状況です。その結果、このままでは良くないとどこかで分かっていながらも、今まで通り、例年通りに進めてしまう、私はそこにストップをかけない限り、追われる日々から抜けだすことはできないと考えます。

非効率でも変えられない苦しさ
 学校は年に1回限りの行事や活動が多い職場です。非効率なやり方をしているな、こうだったら効率が上がるのに、と感じていても次は1年後となりますので、目の前のことに追われて振り返りや改善が後回しになってしまいがちです。そして前年度と同じ非効率なやりかたが踏襲され、また振り返ることができず日々に追われていく。「効率が悪い」と誰もが気づいているのに他の選択肢がとれない苦しみが延々と続く。そこをなんとか改善していかなければなりません。
 どこかでこの状況を打破して切り替えていくには、改善策を検討し、実行につなげていく必要があります。しかし、検討するための時間を確保することも容易ではありません。
 こうした時にクラウドを活用すると議論の質の向上や時間の短縮につながります。行事が終わる都度、教職員で気が付いたことをクラウドで出し合って共有しておくと、今まで顔を合わせてしかできなかったことが、それぞれ場所や時間にとらわれずに進めることができます。
 教材や予定を共有することも容易ですし、修正や追加もすぐに反映させることができます。授業が終わってすぐにクラウド上の教材を修正したり、児童生徒の反応から気が付いたところをメモしておいたりすると、次の授業ですぐに役立てることができます。

モノからデジタルへの移行を
 2つ目は「モノからデジタル」への移行です。書類仕事が多い「紙文化」も学校現場の特徴です。今までは全部、紙に書いてそれを誰かが集計することが多かったと思います。初めからクラウドで行えば、印刷、仕分け、回収、集計の作業を省略することができます。
 家庭訪問や保護者会などの通知や出欠もクラウドにすれば「モノ」から解放されます。プリントを配付するときには欠席している児童生徒もいます。個々の児童生徒の状況に合わせて教員が、漏れのないように配付・回収するのは大変な労力がかかります。提出していない生徒がいれば自宅に電話をしなければならないこともあるでしょう。そうした仕事を連鎖的に発生させてしまうのが紙をベースにした仕事です。クラウド上で記入して送信してもらうだけで、教員の仕事を削減できるだけでなく、児童生徒、保護者の手間も省くことができます。
 紙文化を脱するには、これまでの校務にまつわる「物体」に疑問を持ち「これをなくせないだろうか」という観点で見る意識が必要だと思います。以前は、外出するときに地図や時刻表を持って出かけていましたが、今はスマートフォンで検索した方がむしろ正確に目的地にたどり着くことができるようになりました。これはコンピューターが最適なルートを計算してくれて、その結果をインターネット上で確認できるようになっているためです。おかげで私たちは「モノ」から解放され、より身軽に移動できるようになりました。学校でも「これって本当に要るのかな?」「クラウドに置き換えられるのではないか」という疑問を持ってもらえると良いと思います。

セキュリティー研修の重要性
 一方で、クラウド化を進める際に教員が押さえておかなければならないこともあります。それは情報セキュリティーです。車に安全に乗るには教習所で学科を学び、運転技術を習得して初めて運転免許が取得できます。それと同じでクラウドを安全に使うために押さえるべきポイントがあります。
 誰がどこまで閲覧、編集できるかを決めるアクセス権の管理や、何をしたら情報流出につながるのか、は押さえておきたい点です。情報漏えいが怖くて校務のデジタル化やクラウド導入をちゅうちょし「紙のままでいい」と後ろ向きな選択をしないためにも、しっかりと時間を確保した情報セキュリティー研修が必要でしょう。

先行事例を活用し、効率的に取り入れる
 3つ目は「クラウドを活用した校務の先行事例の有効活用」です。今は、検索すれば先行事例の情報が数多く入手できます。校務でも授業でも、何をどう使ったら便利になるのかたくさんの情報が提供されています。
 2022年3月に、高校の教員を対象に「総合的な探究の時間」を担当することに対する不安についてアンケートを行ったところ、1位は「自分が受けたことがない授業を担当すること」でした。クラウド活用もこれとよく似ています。教員にかかわらず誰でもそうだと思いますが、自分が経験したことがないことを行うのは難しいですよね。
 校務は学校運営を支える根本です。先行事例や取り組みを参考にして、学校の実情に応じてもっと単純化、効率化できる部分を探っていくべきだと思います。

クラウド活用を踏まえた教育現場のあるべき姿
 私は、中学・高校の教員時代は情報科や総合的な学習の時間の授業を担当していました。そこではクラウドを使った授業のメリットを十分に感じることができました。クラウド活用をしないのは、学習機会の損失につながります。
 クラウド活用のメリットは、授業での活用に留まらず、児童生徒が学校と家庭で同じ環境で学習できる点にもあります。クラウドをベースにしたブラウザ上で動くクラウド・アプリケーションを使えば、特定の端末にアプリをダウンロードしておく必要はありません。GIGAスクール構想で整備された一人一台端末でアクセスし、それを自宅に持ち帰ることで学習が継続できます。パソコンを持たない家庭も少なくありませんが、クラウド・アプリケーションが使えれば、GIGA端末でなくてもスマートフォンやタブレット、パソコンなど種類を問わずアクセスができ、同じ作業ができます。
 クラウド・アプリケーションでは「保存」に気を遣わなくていいのもメリットです。授業で「保存していませんでした」など、作成したデータや文書の保存に失敗する子どもは案外多いものです。クラウド型なら多くは自動保存されるので保存し損なう不安がほとんどありません。せっかく時間をかけて解いたものや作ったものが保存されていないと、子どもたちのやる気はがくんと下がってしまいます。
 子どもたちも、書く・話すといったアウトプットの機会を増やすことができます。また写真や動画を使って伝えることで表現の幅も広がります。周りの子どもたちも同じように力が高まると、それらを読む・聞くといったインプットの量も多くなり、学習の質を高めることができます。
 自立・自律的な学習者を育てるために、クラウドは大いに活用できます。紙かデジタルかではなく、「デジタルも使ってみる」がクラウド活用の第一歩です。授業でできるところから始めてみてクラウドで「こういうことができる」「たしかに楽だな」とその便利さを知っていただくことも、校務クラウド化への入口ではないかと思います。

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