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ライフラインを教材に エネルギー教育の最初の一歩

8面記事

企画特集

 予測不可能な社会へのシフトが加速度的に進む中、身の回りや社会における出来事を捉える「見方・考え方」を子どもに習得させることは、学校教育に課せられた大きな使命だ。ウクライナ危機以降、エネルギーの安定的な供給への社会的関心も高まっている。日本教育新聞社が提供する「授業支援パッケージ」は、ガスや電気などの身近なエネルギーについて学べる小学校社会科の教材だ。監修者の北俊夫氏と全国小学校社会科研究協議会会長の和田幹夫氏に、エネルギー・ライフライン教育の意義と社会科の授業づくりのポイントを話し合ってもらった。

身の回りの事象や自然災害を切り口にエネルギー・ライフライン教育を

安全・安定的な供給に携わる“人”にも焦点を


北 俊夫 一般財団法人総合初等教育研究所参与
 東京都公立小学校教員、東京都教育委員会指導主事、文部省(現文部科学省)初等中等教育局教科調査官、岐阜大学教授、国士舘大学教授を経て、現職。学校教育アドバイザーとして活躍中。『小学校社会科におけるエネルギー・ライフライン教育』(日本教育新聞社)、『「ものの見方・考え方」とは何か』(文溪堂)など著書多数。

社会科と体験を結び付け、深い理解につなげる


和田 幹夫 板橋区立上板橋第四小学校校長
 東京都公立小学校教員、東京都北区教育委員会指導主事、東京都公立小学校副校長・校長を経て令和3年より現職。令和4年度5月より、東京都小学校社会科研究会会長も務める。

エネルギー・ライフライン教育を社会科で行う意義

 北 社会科でエネルギー・ライフライン教育を行う意義は3点あります。まず、自分たちの住む社会や日本という国土を理解できることです。日本はエネルギー資源をほとんど外国に依存しています。ものを温める、動かす、明るくするなどの役割を持つエネルギーは毎日の生活と密接していると同時に、世界とも深くつながっていることを子どもに理解してほしいのです。
 2つめは、子ども一人一人が自分の生き方や、日本のあり方を考える機会になることです。「もし、電気やガスが止まったらどうするか」「外国からのエネルギー資源が来なくなったらどうなるか」を考えることにより、私たち一人一人の生き方や国のあり方が問われる問題だという認識が深まります。
 3つめは、エネルギー・ライフラインに携わる人に着目した学習ができることです。エネルギーの安全・安定的な供給や、ライフラインの維持や管理に努力している人たちの存在を知り、職業を理解できる意味でキャリア教育の要素も含まれます。
 こうした理由から3年前に日本教育新聞社がエネルギー・ライフライン教育の「授業支援パッケージ」を開発し、私も監修者として携わりました。

 和田 エネルギー・ライフライン教育の良さは、子どもにとって身近であり、節水や省エネなど、実社会の課題を解決するために子どもが具体的に取り組める内容である点です。問題意識をもち、自ら追究してその意味を考え、生活に生かす学習ができます。特に、SDGsに対する社会的な関心の高まりもあり、ウクライナ問題に端を発する昨今のエネルギー価格の上昇については、家庭でも話す機会が増えているようです。こうしたことがエネルギーやライフラインの重要性を子どもに実感させ、これからの生活や社会、世界を考えていくきっかけになってもいるようですね。

エネルギー・ライフライン教育を取り入れやすい学年・単元

 北 現行の学習指導要領の中にも、エネルギー・ライフライン教育が実践できる場面は多くあります。
 4年生の「住みよいくらし」では、飲料水、電気、ガスを供給する事業を扱うよう示されています。多くの先生にとって扱いやすいのは飲料水ですが、ぜひ、その学びを生かして電気やガスにも発展的に触れてほしいと思います。応用することで「安全で安定的に供給できるよう進められていること」への理解がさらに深まりますし、エネルギーやライフラインへの関心を児童に持たせることができます。その際は、飲料水の学習に入る前に「くらしに必要なもの」としてエネルギーやライフラインを概観したうえで、飲料水の事例に入りたいところです。
 現行の学習指導要領では、4年生の単元に「自然災害から地域の安全を守る」が新たに追加されています。ここでは、電気やガス、飲料水の事業者の人たちが災害が起きたときにどう対処しているか、そして自然災害に備えてどのような工夫をしているかを学習することもできます。
 5年生の「工業生産を支える『貿易と運輸』」の学習では、エネルギー資源がどこから、どのような方法で安定的に日本に運ばれてくるかに着目できるでしょう。

 和田 本校の5年生は昨年、「貿易と運輸」の学習の一環で、東京の青海ふ頭へ社会科見学に行きました。子どもたちはそこで見たコンテナ船の大きさに驚き、海運について関心を高めていました。そして、「授業支援パッケージ」を活用して石油や天然ガスの輸送について学習しました。その授業では、石油タンカーと天然ガスを運ぶタンカーの大きさや、形の違いに注目し、その理由や運搬の仕方に関心をもって調べる姿が見られました。
 4年生で飲料水だけでなく、電気やガスについて学んでおくと、5年生の産業や国土の学習、6年生の政治や歴史の学習にもつながります。社会科全般を見通し、普段の授業の中にエネルギー・ライフラインの視点を少し加えるだけで、子どもの学びが充実していくと思います。

 北 天然ガスはマイナス162度の超低温で液体にして運ぶようです。その体積は気体時の600分の1になるのですが、言葉だけで説明しても実感を得るのは難しいですね。「授業支援パッケージ」では、バランスボールをテニスボールの大きさに縮めるイラスト資料を用いています。視覚的に学習できるので、大量の天然ガスが安全に効率的に運ばれていることがよくわかりますし、液化天然ガスを運ぶタンカーの構造から安全に運ばれていることも理解できます。

 和田 3年生の「地域の安全を守る働き」に関する内容では、火災が発生したときに消防士だけでなくガスや電気の会社の人も駆けつけることや、「市の様子の移り変わり」で昔の道具を調べるときに、手動の道具から、電気やガスを使う道具に徐々に代わってきたことなどを扱うことでも、授業は豊かになると思います。

防災の視点を深めるライフラインの重要性

 北 現行の学習指導要領は、エネルギーやライフラインに直接言及しているわけではありません。ですが、防災に関わる単元こそ、エネルギーやライフラインの視点が必要であると私は思います。
 2018年の大阪府北部地震や16年の熊本地震の復旧の様子を写真などで見ると、その地域以外のガス会社の名前の入った作業着姿の人たちが支援をしていることに気づきます。大規模な災害が発生した際は日本ガス協会が中心となり、ガス業界全体で応援する体制が確立されているのです。このことを授業で取り上げてみても、エネルギーやライフラインの仕事に携わる人の努力を理解することができるだろうと思います。そうすれば子どもは「自分たちにできることは何だろう」と、振り返って考えられるようになるでしょう。

体験と結び付けて理解を促す

 北 いま述べたような学年・単元以外でエネルギーやライフラインを扱うことも可能です。社会科におけるエネルギー・ライフライン教育の可能性を系統的に整理すると、先ほど和田先生が指摘したように3年生の「地域の安全を守る働き」や「昔の道具調べ」で扱うことが考えられます。
 「昔の道具調べ」では、石油やガスがなかったころはどのような工夫をしていたのかが分かります。薪などを使っていたことが分かれば、やはりエネルギーは人々の生活を支えるものなのだと理解できます。
 また、6年生では歴史の明治維新で「文明開化」を扱います。そこでエネルギーの近代化や役割に光を当てても良いでしょう。
 理科や家庭科などエネルギーを扱う単元と関連付けて教科横断的に捉えたり、道徳科の時間に電気やガスの開発やライフラインの整備に関わった先人の働きを取り上げて展開したりすることもできます。つまり、社会科を核にしつつ、関連する教科・領域を視野に入れて総合的に学習できるようになるのが理想です。

 和田 低学年の生活科で「動くおもちゃ」を作って遊ぶ活動があります。ここでは、ゴムやおもり、風の力などを使ってものを動かすことを通してエネルギーについて学ぶこともできます。生活科や日常生活における体験的な学びと、社会科の学習がうまくつながると、子どももより実感を伴ってエネルギー・ライフラインを学ぶことができると思います。

 北 子どもの現在、そして未来につながるエネルギー・ライフライン教育は、関心のある先生だけでなく、多くの先生に実践してほしいですね。そのためにはエネルギー・ライフライン教育の意義を知ってもらい、指導法に習熟してほしいのです。今後、教育委員会主催の研修においても充実が求められます。

 和田 エネルギー・ライフライン教育は、社会的事象等の見方・考え方をフルに働かせることができる内容ですから、東京都小学校社会科研究会(都小社研)としても充実を図りたいです。
 2023年11月には「社会とつながり未来を創る子供の育成」のテーマのもと、第61回全国小学校社会科研究協議会研究大会・東京大会が開催されます。全国においても、それぞれの学校が地域や子どもの実態、また学校の特色に合ったエネルギー・ライフライン教育を展開していくことを期待しています。

授業支援パッケージで全国に広がるエネルギー・ライフライン教育

 日本教育新聞社は、エネルギーやライフラインの視点から授業をサポートする「授業支援パッケージ」を無償提供中。4年「住みよいくらし」「自然災害からくらしを守る」、5年「工業生産を支える『貿易と運輸』」の3つを取り揃えている。授業支援パッケージは、総合初等教育研究所参与の北俊夫氏が監修したオリジナル教材。既習事項との関連を図った社会科の授業に活用できるほか、理科や家庭科、総合的な学習の時間など、教科横断型のカリキュラム開発にも役立つ。
 例えば小4社会の単元「住みよいくらし」用に開発した授業支援パッケージでは、単元の導入にあたるオリエンテーション(1時間)の場面で、家庭でどのようなエネルギー・資源が使われているのかを子どもに考えさせ、飲料水・電気・ガスを概観する。その後の授業で、飲料水についてじっくり学び、その飲料水で獲得した「安全性」と「安定的な供給」の概念を、エネルギーを取り扱う「発展学習」の場面(1~2時間)で生かすといった授業プランとしており、飲料水を選択しながらも、わずかな時間でエネルギーについても学ぶことが可能となっている。
 また、本パッケージ活用の手引きとして、『小学校社会科におけるエネルギー・ライフライン教育』(同氏著)が日本教育新聞社より発売中。エネルギー・ライフラインを扱う必要性や実践の方法をまとめた一冊となっている。


写真や図表を豊富に収録した授業支援パッケージ

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