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体験を通じて、目前に迫る水素社会との向き合い方を考える

10面記事

企画特集

 世界情勢の変動を受け、エネルギー問題は世界が注目するテーマとなった。SDGsへの関心も高まる中、水素はクリーンなエネルギーとして脚光を浴びている。国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下、NEDO)は日本教育新聞社の企画協力のもと、将来を担う高校生を対象に、水素について深く学んでもらうプログラムを3年間に渡り実施。本年度はその最終年度としてスーパーサイエンスハイスクール(SSH)指定校の福島県立安積高等学校、愛知県立豊田西高等学校、兵庫県立長田高等学校、福岡県立香住丘高等学校の4校が参加した。講義や実験、施設見学を通じて、水素への理解を深め、水素社会実現に向けた方策を探究した。

座学 オンライン講義
「興味のたね」を自分が動くきっかけに

 プログラムはオンラインでの合同講義で幕を開けた。
 第1部では科学技術関連の教育開発事業に取り組む(株)リバネスの中島翔太氏がエネルギー全般について講義を行った。最新の情報を交えながら知っておくべきエネルギーの基礎知識や現状について解説した後、新しいエネルギーが必要となる理由と日本が直面している課題を踏まえ、ワーク「興味のたねを見つけよう!」を実施した。
 ワークは、

 (1) あれば便利だと思う「理想のエネルギー」を考える
 (2) (1)と既存のエネルギーとを比較して、「差」を見つける
 (3) 「差」を埋めるためにどうすればよいか考えることで「興味のたね」を引き出す

 ―という流れで行われ、生徒からは

 (1) 繰り返し使えて公害が発生しないエネルギー
 (2) 水素、太陽光、海洋発電などは発電量が安定しない
 (3) 気候や立地条件などに左右されない技術を生み出す

 ―といった考えが発表された。

 生徒の発表後、中島氏は「今回の講義を通して見つけた興味のたねは、自分が動き出すきっかけになる可能性を持っている。このプロジェクトで興味のたねを一緒に見つけていきましょう」という力強いメッセージで第1部を締めた。

特徴や関連技術、最新研究から水素について知る

 第2部ではNEDOの新村真依子氏が「水素の今、未来」をテーマに、水素の性質や安全性、水素エネルギーの仕組みについて講義を行った。講義は

 (1) 水素について
 (2) 水素の今
 (3) 水素の未来

 ―の3部構成。新村氏は、地球上で最も軽い気体で拡散速度が速く、燃焼すると酸素と反応して水になるといった水素の特性のほか、さまざまな資源から製造可能であること、CO2や大気汚染物質を排出しないクリーンさなどの、水素エネルギーの特徴に言及。他のエネルギーと比較した際の貯蔵・輸送における優位性にも触れ、水素が国際的な注目度を高めている現状が紹介された。
 続いて「つくる」「ためる・はこぶ」「つかう」という3つの要素別に、「水素の今」を解説。「つかう」に関連して燃料電池の仕組みや燃料電池を利用した自動車、船、電車などを紹介した後、「ためる・はこぶ」では圧縮水素や液化水素といった手法、「つくる」ではさまざまな水素の製造方法を示した。
 最後に「水素の未来」として、海外で製造した水素をマイナス253度の液化水素として日本にはこぶ実証や再生可能エネルギーの余剰電力から水素をつくる研究開発など水素エネルギーの利用拡大に向けたさまざまな技術開発が取り組まれていることを紹介した後、水素の安全性にも言及。「水素は危ない」と思い込まれているが、そもそもエネルギーには絶対に安全なものはなく、水素の特性を理解した上で漏らさず溜めないような安全対策をしていれば、ガソリンなど今まで使ってきたエネルギーと同じように使えることに触れ、第2部の講義を締めくくった。


NEDOによる講義の様子

実践(1) 実験・講義
実験を通じて水素エネルギーを体感

 参加各校の生徒たちはオンライン講義で学習した内容を踏まえ、後日学校ごとに水素研究施設等の見学に臨んだ。見学当日の前半は(株)リバネスの中島氏と濱田有希氏による実験・講義を受け、水素エネルギーのメカニズムや働きについて理解を深めた。
 実験では水素が充填されたミニボンベが生徒に配られ、生徒たちはまずその軽さに驚嘆。実際に噴射して水素の無色、無臭を体感した。次に、底の空いたフラスコ状の容器に下方から水素を溜めていき、容器上部の細い口に点火し、水素を燃やす「爆鳴気実験」を行った。ほとんどの生徒が点火と同時に爆発すると予想したが、点火後しばらくは静かに燃焼。ところが、水素と酸素が一定の割合(水素:酸素=2:1)に達すると爆音が部屋中に鳴り響いた。この実験で、水素が燃える際の条件を体感することができた。
 次に取り組んだのは、燃料電池キットを用いたLED点灯実験。ここで中島氏と濱田氏は、燃料電池がプラス極(酸素極)とマイナス極(水素極)が電解質膜を挟む構造(セル)になっており、外部から供給された酸素と水素が電解質膜を挟んで反応し、電気が発生することを解説。
 生徒はこの学びを踏まえ、燃料電池を搭載したミニサイズの水素カーの走行実験に移った。何度か試走させるうちに、水素カーによって速度や航続距離の差が発生することが分かった。この差の原因を探りながら観察を続けるうち、水素カーごとに燃料電池に使用されているセルの枚数が違っていることに多くの生徒が気づいた。この結果から、セルを直列につなげた燃料電池は、重なったセルの数が多い方がパワーを発揮し、水素カーの速度や航続距離に影響を及ぼすことが分かった。


2人1組で水素カーを往復させた

実践(2) 施設見学
水素が持つ力を実感
水素研究の最前線を走る施設

福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)

 安積高校は、福島県浪江町に造られた世界有数規模の水素製造研究施設、福島水素エネルギー研究フィールド(以下、FH2R)を見学。同施設は敷地内の太陽光発電設備による再生可能エネルギーと外部電力系統からの受電を組み合わせて、水素を製造している。1時間につき最大2000N平方mの水素を製造でき、これは燃料電池自動車で2万km走行が可能な量である。
 生徒たちはNEDOの菖蒲一歩氏から施設の説明を受け、水素に関する屋内展示を見て回った後、水素製造や貯蔵、運搬システムといった設備を見学した。最後に高台からFH2Rの全貌を眺めた後、FH2Rでつくられた水素が使われている道の駅なみえの燃料電池システムを見学し、日程を終えた。
 生徒からは「震災の被害にあった浪江町で新たなエネルギーがつくられ、浪江町のさまざまなところで使われていることに復興の兆しを感じた」「今回学んだことを、所属している科学部に持ち帰り、未来のエネルギーについて考えたい」といった声が上がり、研究対象として大いに興味を引かれた様子だった。


水素を運ぶ車両について説明を聴く生徒たち

トヨタ自動車本社工場

 豊田西高校は地元の世界的企業、トヨタ自動車(株)の本社工場を見学した。目玉は330枚のセルを積層した燃料電池(FC:fuelcell)スタックの製造現場だ。燃料電池製造現場では0・1mmの微細な金属異物もトラブルの原因になるため、生徒たちはクリーン服に着替えた上で製造ラインを見学。通常見る機会のない機器やラインの規模の大きさに生徒たちは目を輝かせ、同社社員による厳格な検査基準などの説明に真剣に聴き入っていた。工場敷地内にはMIRAIをはじめとする同社の燃料電池自動車も多数展示され、生徒たちは試乗を楽しみ、水素が生み出すエネルギーを感じていた。
 生徒からは、「製造ラインには最新機器が並んでいて、未来のことと思っていたことが現実的になっていると感じた。見学を通して水素に興味が出たので、進路としても考えたい」といった水素研究に前向きな声が出た。


現地には燃料電池バス「SORA」で移動した

Hytouch神戸・神戸水素CGSエネルギーセンター

 長田高校は世界初の液化水素荷役実証ターミナル(以下、Hytouch神戸)と神戸水素CGSエネルギーセンターを見学した。生徒たちは見学前、川崎重工業(株)の深田慎太郎氏から、水素を超低温で液化水素にして体積を減らすことや、世界初の液化水素運搬船「すいそふろんてぃあ」の開発経緯などを聴いて見学に臨んだ。Hytouch神戸では液化水素貯蔵タンクや液化水素専用船陸間移送ローディングアームなどを見て回り、案内役の川崎重工業(株)担当者の解説に聴き入っていた。
 続いて向かった神戸水素CGSエネルギーセンターでは、天然ガスとの混合燃焼や水素単独での燃焼が可能な水素ガスタービンを核としたコージェネレーションシステムを見学。担当者の説明を、生徒たちはうなずきながら聴いていた。
 生徒からは「自分たちは普段『探究』という形でチームに分かれて議論や研究を行っているが、その中のテーマとして水素を取り上げてみたい」といった声が聞かれた。


施設について説明を受ける長田高校生徒

九州大学・水素材料先端科学研究センター

 香住丘高校は、九州大学伊都キャンパスにある水素材料先端科学研究センターを見学。同大学は国内の大学で唯一、大学構内に水素ステーションを備えており、水素および燃料電池に関する世界トップレベルの研究がなされている。生徒たちはまず水素ステーションにて水素が送り出される圧力などについて同大学の杉村丈一教授による説明を聴いた後、2班に分かれて各設備を見て回った。水素エネルギー国際研究センターでは中島裕典助教について精密測定やデータ解析などを行う大型装置に見入りながら試験内容をメモし、水素材料先端科学研究センターでは金属材料や摩擦材料などに及ぼす水素の影響について松永久生教授の説明を真剣に聴いていた。
 参加生徒の1人は「今日見聞きしたことを踏まえてエネルギーを使う側として正しい知識を身に付けていきたい」と語ったほか、自らのキャリアとして水素の研究職を視野に入れることも話していた。


大学構内の水素ステーションで説明を受けた

オンライン発表会
「2030年の水素社会に向けて」何ができるか

 プログラムで学んだことの集大成として、参加4校の生徒たちはオンライン形式で発表会を行った。

「エネルギーの過去と未来」
安積高校

 参加生徒全員が化学部所属という安積高校は「エネルギーの過去と未来」と題して発表を行った。冒頭、見学したFH2Rを紹介。続けて世界的な環境問題と、わが国が抱えるエネルギー自給率の問題を客観的なデータとともに提示し、それらを解決するものとして水素を位置付けた。
 生徒たちは、電気エネルギーを貯める手段として活用できるなどの水素の特長や、水素のつくり方、つくられた水素の用途などをFH2Rのケースと結び付けて述べた後、「エネルギー革命の起点の一つは福島にある」と強調。水素が化石燃料にとってかわることで予想される経済効果にも言及した。
 最後に「水素エネルギーには日本の未来を変える力がある。水素エネルギーが広く普及するには、まず水素エネルギーに関する正しい情報を多くの人に知ってもらうことが必要」とまとめた。


地域に根差した提案を行った安積高校

「水素の今・未来」
豊田西高校

 豊田西高校は「水素について」「水素の今」「水素の未来」の3パートの構成で発表。「水素について」では、水素の性質などについてまとめ、「水素の今」では水素活用の3要素(「つくる」「ためる・はこぶ」「つかう」)に分けて現在使われている技術や仕組みなどを紹介した。
 「水素の未来」では、化石燃料の役割を水素が担う「脱炭素社会」を理想の水素社会として設定。その上で脱炭素社会実現に関わる「興味のたね」として電気分解に使用する水の種類や水質に着目し、今後研究していくとした。
 最後に水素製造のアイデアとして、宇宙空間に巨大な太陽光パネルを設置し、水を宇宙で電気分解し、製造された水素を地球に送るという大胆な案を紹介。水素の大きな可能性を感じさせる発表となった。


未来の水素製造のかたちを描いた豊田西高校

「水素社会実現に向けて」
長田高校

 文系・理系いずれの生徒も参加している長田高校は、最初にプログラム参加の理由に言及。同校で2年生から始まる「探究」のテーマ決定の際の参考にしたい、という理由で集まったメンバーであることを明かした。
 発表本編では、水素社会の実現が必要な背景として

 (1) 資源の枯渇
 (2) 海外への依存
 (3) 二酸化炭素の排出

 ―を挙げ、それぞれの課題を詳しく紹介。次に「家庭編」「産業編」の2つの観点から水素社会実現への道筋を示した。
 「家庭編」では、モデル都市の実証実験から徐々に水素活用地域を広げていくことや、都市ガスの導管を利用して水素を各家庭に届けるといった具体的な提案がなされた。
 「産業編」では必要な水素量や電源構成のシミュレーション結果も提示。家庭用燃料電池のさらなる普及や工業分野優先での水素普及の必要性を現実的な視点から訴え、発表を締めた。


現実的な視点から水素社会実現への道を探究した長田高校

「私たちが考える水素社会」
香住丘高校

 香住丘高校は、まず水素の基本的な性質や用途を例示。次に、水素需要の高まりの背景や世界的な水素関連の取り組み、燃料電池の構造などを挙げた。その後、見学した九州大学の施設について詳しく紹介。事後学習の結果も盛り込まれ、見学当日よりも理解が深まっている様子が感じられた。
 続いて既存の燃料電池製品と理想の水素活用製品を取り上げたうえで、水素社会に向けたアイデアを紹介。「自宅で充填できる燃料電池自動車」を提案し、メリットとしては災害時の非常用電源として使用できることなど、課題点としては保安上の制限による設置間隔の問題などを挙げた。
 最後に水素普及のための第一歩として、インターネットなどを通した企業取り組み周知や子どもへの訴求強化を提起。知識を広げることの重要性に力を込めた。


事後学習で学びを深めた香住丘高校

オンライン発表会の様子を、日本教育新聞公式YouTubeチャンネルで無料公開中!

 記事では書ききれなかった発表会の様子、高校生同士の質疑応答や意見交換、NEDO担当者からのコメントなどすべて動画で見られます。
 https://www.youtube.com/watch?v=KDY1rchWOk4

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