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高校新科目の授業づくり、どう進めるか 3教諭に聞く

12面記事

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 昨年度から高校で新学習指導要領が実施された。新課程に対応した令和7年度大学入学共通テストを見据えて、新科目の授業づくりをどう進めればよいか。高校現場の教員に提案してもらった。

歴史総合
班議論で「暫定解」を深める
前元 功太郎 広島県立広島叡智学園中学・高校教諭

 本校は国際バカロレア(IB)の認定校である。「歴史総合」では、IBの歴史教育の視点・方法を組み合わせた授業を展開している。授業は、4~5人の班をつくり「問いの設定→調査→発表・議論」を行き来することを基本としている。
 例えば、第一次世界大戦期の学習では、ある班は幾つかのトピックの中から「植民地の独立」を選択した。関連する大きな問いを基に、その問いを考えるために必要と考える下位の問いを自分たちで複数設定し、協働して調べた。
 この班は下位の問いとして「第一次大戦前の植民地はどのように扱われ、どのような経緯をたどったか」を設定。植民地が、どのような狙いで獲得・拡大されていったのかを大航海時代・産業革命期に着目し、国による狙いの違いに注目したり、宗主国と異なる法的制限や労働環境の違い、アパルトヘイトやアメリカの公民権運動などまで調べる範囲を拡大したりした。
 またインドやセネガルに着目し、宗主国から一方的に影響を与えられる立場としてではなく、宗主国にどのような影響を与えたのかという視点も持って調べた。
 調査後に各班が発表するが、これは唯一の「正解」ではなく、生徒らが当たった資料等に基づく答えであり、「暫定解」のようなものである。生徒たちは発表によって、お互いの暫定解を共有し、その後の議論で解を深める。それは次のような手順である。
 (1) 自分たちの答えが他班のものとどう違い、共通しているか。それはなぜか
 (2) 調べる中で生じた新たな疑問は何か
 (3) 他班の発表で理解できることとできないことは何か。
 また、週に1度、授業の振り返りも提出を求めている。そこでも「自分が従来持っていた考えと他班の発表はどう違う(共通)か、それはなぜか」「自班での調査や他班の発表後の議論を通して考えたことは何か」を書かせる。
 多様な資料・暫定解・他者と自己を問いでつなぎ、違いと共通点はどこにあるのかを認識して歴史を追究する。それが新学習指導要領の掲げる理念を実現する一つの姿と考える。

公共
抽象的な原理活用する「思考力」を
山本 智也 筑波大学附属駒場中学・高校教諭

 公民科において「思考力」とは、どのようなものを意味するのだろうか。共通テストに限っていえば、実施済みの試験や入試センターの資料から次のように推定できる。
 すなわち、用語集にあるような語句の定義や抽象的な説明は「知識」である。その知識の理解を日常生活や現実社会の課題に活用すること、あるいは討論や発表など学習過程のパフォーマンスに活用することが「思考力」である、と。
 実際、「公共」の試作問題にはタイムリーな社会的課題を題材に、問いを設定して追究する学習場面を模した出題が目立った。語句を覚えるだけの対策では苦戦する設問がほとんどであった。
 用語集を読み上げるような抽象的な解説に終始する授業では心もとない。特に「公共」は、現実の社会的課題を読み解いて議論できるリテラシーが身に付くような授業を目指したい。
 そうした授業づくりのため、まずは「公共」サンプル問題・試行問題を参考にしてみる。
 例えば未成年者へのゲーム規制の事例だ。条例レベルでは既に実現しており、教材になる報道記事を探すのは容易である。サンプル問題は、パターナリズムの考え方に基づく意見を紹介し、同様の発想の規制を判別させるものだった。これは公共の単元「公共的な空間における基本的原理」に位置付けることができる。
 授業展開はまず「ゲームをする自由・権利は憲法上保障されるか? 条文から探してみよう」と問い掛ける。続けて、日本国憲法第13条の「個人の尊重」「幸福追求権」の意義(包括的基本権)を解説し、「公共の福祉に反しない限り」という文言に注目させる。
 次に「公共の福祉とは何か? ゲーム規制の根拠になるか考えよう」と発問し、教科書から説明を探させる。規制の根拠としてパターナリズムの考え方を紹介し、J・S・ミルの幸福・自由に関する考え方(いわゆる危害原理)と関連付けてもよいだろう。
 このような発問と学習活動を通して、抽象的な原理を具体的かつ切実な事例に活用する「思考力」を鍛えることができる。
 知識の習得と思考力の育成は別路線の目標ではない。深い理解へ導くためにも思考にいざなう授業が必要なのである。

情報
関心呼ぶデータ使って実習
稲垣 俊介 東京都立神代高校主任教諭

 「情報Ⅰ」が必履修科目になり「データの活用」が全ての高校生の学習領域となった。政府は今後、文系を含む全ての大学生にデータサイエンス教育を実施する考えで、高校には、その基本的な素養を身に付けさせることが求められている。
 データの活用は大学入試でもこれから重視されるようになると予想されるが、高校ではどのような授業が必要か。私が考えるのは問題演習ではない、具体的なデータを使った実習中心の授業だ。
 取り扱うべきデータは生徒が関心を持ち、身近に感じられるものであるべきである。例えば、本校では生徒が自分たちのスマートフォンの利用状況を調査し、そのデータを基に分析を進めた。
 授業ではこれまでに、平均や標準偏差を求め、ヒストグラムで表現したり、相関係数を求めて散布図を作成したりするデータ分析の手法を学んできた。これらの手法のうち、自分たちの立てた仮説を調べるのに適した分析を行った。
 その仮説とは、男女でSNSやゲームの利用時間の平均が違うのではないか、ツイッターとゲームの利用時間には関連があるのではないか―といったものである。生徒たちはスマートフォンの利用傾向を分析・グラフで視覚化し、それぞれの仮説を検証した。
 扱うデータについては身長や体重、気象データなど考えられるが、それらのデータに対して生徒たちが関心を持つかどうかは疑問である。ましてや、教員が用意したダミーデータでの分析では、生徒の興味や関心を引き出すのは難しい。その点、スマートフォンの利用データの分析は、生徒の関心事であり、熱中して取り組んでいた。スマートフォン依存の予防にもなると感じている。
 実習の結果、筆記テスト対策を一切行わなくても、高校1年生の「データの活用」の実習で十分な成果を得ることができた。共通テストの試作問題の第4問(データの活用の分野)を実力問題として、事前に出題を告げずに試験を行ったところ、正解率は約62%とまずまずの結果が得られた。
 初めて「情報Ⅰ」を学ぶ高校1年生が、関心を持ってデータ分析できるような授業を心掛けたい。

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