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寄稿 成長期のスポーツ・ライフ・バランスを考える

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論説・コラム

 日本スポーツ協会公認スポーツドクター・日本パラスポーツ協会公認パラスポーツドクター八巻孝之医師から、「成長期のスポーツ・ライフ・バランスを考える」と題する論考が届いた。スポーツのトレーニングが長時間にわたることによる弊害を科学的に解説している。部活動にかける時間は教員にとって負担になっている。この論考では、同時に、子どもにとっても害を及ぼす可能性が高まることが分かる内容となっている。

成長期のスポーツ・ライフ・バランスを考える

 練習やトレーニングを長時間行うことに、メリットはほとんどありません。なぜならば、長時間のトレーニングを行うことには数々の弊害が生じるからです。どのような弊害が生じるのか、子どものスポーツ、部活動の練習時間と怪我との関係について述べたいと思います。

 スポーツにはさまざまな性質の競技があり、例えば、マラソンやトライアスロンなど、長時間を競い合う競技もあります。そして、その競技時間に対する普段の練習やトレーニングは、さらに長時間行われるのが当たり前のことでした。

 身体を長時間動かし続けると、当然それだけのエネルギーが消費されます。長時間にわたってエネルギーを消費すれば、それだけ消耗するエネルギーも膨大になります。そして、余剰のエネルギーがあまりにも少なくなると、骨や血液を作る、あるいは免疫を高めるといった、生きるために必要なエネルギーがなくなってしまいます。

 こうした生活を支えるためのエネルギーが不足した状態は、Relative Energy Deficiency in Sportの頭文字をとって“RED-S”と呼ばれています。スポーツにおける相対的エネルギー不足は、結果として、免疫や代謝、心血管系、成長と発達、などの生理的機能に悪影響を及ぼし、さまざまな健康問題を引き起こします。また、怪我が起こりやすくなることが指摘されています。

 特に気を付けたいことは、RED-Sの状態に陥っても、その悪影響がすぐに一度に出現するわけではないということです。しだいに蓄積していくことで体内のホルモンが減り、子どもであれば、発育・発達に悪影響が出る可能性があるのです。

 特に女性の場合、持久力系の競技で長時間のトレーニングが続くと、本来増えるべき成長期の女性ホルモンが増えず、初経の発来が遅れたり、骨量の獲得が少ないまま大人になってしまうといった弊害が起こります。

 また男性の場合も、やはり長時間トレーニングが続くと、男性ホルモンが増えるべき成長期に増えなくなり、本来付くはずの筋肉が付かなかったり、骨量が増えないまま成長することになります。すわなち、正常な発育が妨げられるのです。

 通常の競技活動を行っている子どもにおいて、練習時間と怪我との関係は、既にさまざまな調査・研究の結果が報告されています。その中でも、ジュニアを対象とした結果があります。

 成長期にある小中学生では、練習時間が長かったり、休みの日が少なかったりすると、明らかに怪我が多くなるという結果が出ています。

 少年剣道を経験した著者は、昔、1週間に6日稽古し、1日休みが当たり前でした。錬成競技会が近づいてくると、さらに朝夕の1日2回、試合形式の実践練習が加わり、強化合宿もありました。

 最近の調査では、週に1日休むよりも2日休む練習スケジュールのほうが、怪我は少ないことがわかっています。さらに、週1日の休みでは怪我を減らすことができないことも明らかにされています。

 そして、練習の量だけではなくその質も怪我の発生頻度に関係しています。相応の休養時間を適切に設定しないと、生成と消費のエネルギーバランスが正常化されず、マイナスの状態が蓄積すると、怪我を引き起こしやすくなります。

 個々の子どもの、スポーツにおけるさまざまな怪我においては、当然ながら練習時間の長い子どものほうが、怪我の発生率が上昇するわけです。

 一方、どのぐらい練習をしたら、必ず怪我をするという単純な練習時間の目安はありません。

 さらに、スポーツの怪我は、子どもに限らず、同じ練習の同じ動作を何回も繰り返す練習、すなわちオーバーユーズ(使い過ぎ)で起こるため、練習の質の問題も重要視されています。

 オーバーユースによる怪我は、野球による肩肘、テニスによる肘のほか、10~15歳の成長期では、特にジャンプやキック、ダッシュなどの競技動作で膝直下に痛みや腫れを起こすオスグット病、持久力系の競技による疲労骨折、関節の中で軟骨や骨のかけらができる肘膝の関節ねずみ、頻繁に曲げ伸ばして起こる膝の炎症などがあり、長時間のトレーニングが要因の一つになっていることは間違いありません。

 脊柱を形作る椎骨と椎骨の間にある椎間板と呼ばれる軟骨が飛び出して神経を圧迫すると、下肢にしびれや痛みが走り、足に力が入りにくくなります。この状態を椎間板へルニアと呼びますが、一般は中高年齢層に発症しやすい疾患です。

 さらに心理面の観点からみると、長時間のトレーニングによる集中力の欠如がみられます。そして、集中力が続かなくなると好きなことが嫌いになってしまいます。

 特に、年齢が低い子どもほど集中力が続かないため、その結果、怪我も起こりやすくなります。さらに、集中力の欠如によって、競技にミスが生まれ、指導者にも厳しく怒られてしまうでしょう。

 そもそも、長時間同じ練習を続けること自体、心理的な負担になるものです。その場合、叱咤激励は、子どもの心理状態を余計に悪化させることが圧倒的に多いようです。

 休憩を合間に入れながら一日中練習するような場合であっても、集中力は長く持続しません。特に野外で行う場合は、熱中症などの高温下でのリスクも重なってきます。

 このように、トレーニングが長時間になればなるほど、さまざまなマイナスの要素が加わります。では、これまで、なぜ長時間の練習を行ってきたのでしょうか。

 その根底には、繰り返し練習したほうが高い技術が身に付くだろうという考え方や、できるまで何回も繰り返し練習を続けさせようとする完璧主義の指導者が存在していました。

 著者が通った県立高校でも、野球部の監督は、「守備の練習も攻撃の練習もあるからやることが多い」と語り、「一日の中で全部を練習しなければならない」と考えていました(野球部の友人談)。

 しかしながら、繰り返し同じ動作を行う練習の回数が増えれば増えるほど、技術が絶対に上達するというスポーツ医科学的な保障はどこにもありません。

 そう考えると、攻撃も守備もあるから全部をやらなければならないと考える必要はないのではないでしょうか。野球だけではなく、他の競技でも同様のことが言えると思います。

 長い時間練習し続けるよりも、休養と睡眠を挟むほうが脳に技術が定着しやすいという研究結果もあります。技術の習得には、脳の中の動きの手順を定着させるための時間が必要になります。

 逆に言えば、練習した動きの手順が、休養を取っている間に脳の中で整理されて定着すれば、次からそれを発揮しやすくなります。

 睡眠時間については、大人は7時間を目安にするのが良いといわれており、子どもの場合は、年齢によって睡眠時間をもっと増やす必要があります。運動でエネルギーを使っていれば、さらに睡眠は9~10時間ぐらいまで時間を増やさなければなりません。

 また、長い練習を起伏なく毎日繰り返すことが最もオーバートレーニングになりやすいといわれています。このような点からも、長時間のトレーニングで成長期の子どもを消耗させ、健康状態を悪くすることの方が大問題ではないでしょうか。

 もちろん、子どもたち自身も、直前の試合に勝ちたくて練習をたくさんやりたいと強く思うことでしょう。当然のように、保護者や指導者の期待を受けて子どもは頑張ってしまいます。また、それに応えたいと思う指導者の熱意も理解できます。

 しかし、上達するためにどうような練習が大切なのか、指導者が子どもたちにしっかりと伝えなければなりません。そして、子どもたちがより良いコンディションで試合を迎えられるような練習量にコントロールすることが、指導者の役割と使命なのです。

 勝利のために、学生生活のほかの要素を犠牲にしてまで長時間の練習に取り組む姿は、当然、ほかの生活時間にしわ寄せが生じて、睡眠や食事も犠牲となり、発育・発達までもが妨げられてしまいます。

 このように、成長期のスポーツにおいては、オーバーユースを改めることが予想以上に重要です。骨的にも完成していない身体を酷使し続けると、必ず将来のツケになります。気合いと根性の美談ではなくて、何がその子の将来につながるのかを考えなければなりません。

 2018年スポーツ庁は、「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」を発出しています。(https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/shingi/013_index/toushin/__icsFiles/afieldfile/2018/03/19/1402624_1.pdf)。ジュニア期における運動時間について、一日の活動時間は長くとも平日では2時間程度、休日では3時間程度とし、休養日を少なくとも1週間に1~2日設けること、さらに週あたりの活動時間における上限は16時間未満とすることが望ましいと考えられます。

 これらの指針は、成長期にある選手が運動、食事、休養と睡眠のバランスのとれた生活を送るために重要なものであり、またスポーツ外傷・障害の発生予防とも強く関連しているのです。

筆者紹介


 
東北大学旧第一外科(現総合外科)出身。医学博士。 仙台医療圏の科長・部長職を歴任。前国保丸森病院副院長。現職は国立病院機構宮城病院総合診療外科部長。宮城県保険医協会理事。特に、医療介護の制度や時事問題、医療安全、感染対策、災害医療などに詳しい。連絡先:yamaki821@gmail.com

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