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いのちの教育セミナー2023開催 今もとめられる「いのちの教育」

9面記事

企画特集

臓器移植を題材とした授業の可能性

 今の時代に生きづらさを感じる子どもたちが増える中で、生と死の意味や生きることのすばらしさを伝える「いのちの教育」の重要性が高まっている。8月26日(土)、都内ホールおよびオンライン配信で開催された「いのちの教育セミナー2023」(主催・日本教育新聞社、公益社団法人日本臓器移植ネットワーク(JOT)、後援・文部科学省)では、臓器移植を題材とした「いのちの教育」の実践などを通して、子どもたちが生きる上での多様な価値観を育み、自己の生き方を深めていく取り組みが報告された。また、今回はセミナー当日の講演内容をより深めてもらうために、参加者に向けて、基調講演とJOTの講演を事前に配信した。

基調講演(1)
道徳教育における「いのちの教育」の展開
浅見 哲也 十文字学園女子大学教育人文学部児童教育学科教授

 小学校の道徳教育の展開について浅見教授は、「早寝、早起きはできましたか」「絵を描くのが上手だね」といった指導もその一つで、実はこれらはすべて生命の尊さにつながる指導になっていると指摘。しかし、その分、何から取り組むべきか分かりにくい側面もあるため、学校で目指す子ども像を明らかにした上で、各教科等で実施する具体的な時期や内容を示した全体計画を作成することを勧めた。
 例えば「生命を大切にし、生命を輝かせて努力できる子」を目指しているなら、国語の「一つの花」という教材や理科の「生き物のくらし」という単元を活用することで「生命の尊さ」についての指導が可能になる。そして、これらの教育活動の要として道徳科で理解を深めたり、発展させたりしていけば、一定期間の中でしっかりとした「いのちの教育」が実現できると語った。
 最後に、学習指導要領で示している道徳科の目標は、道徳的な判断力、心情、実践意欲と態度といった、内面的資質を育てることにあると説明。それには学習指導過程を通して、自分との関わりで、多面的・多角的に考え、自己の生き方についての考えを深めていくことが重要になると述べた。

基調講演(2)
中学・高校における「いのちの教育」のポイント
飯塚 秀彦 長野大学社会福祉学部社会福祉学科准教授

 中学・高等学校で「いのちの教育」を行う際に押さえたいことの一つ目として、飯塚准教授は学校教育が抱える命に関わる喫緊の課題を挙げた。昨年1年間に自ら命を絶った子どもが過去最多となったことを受け、文科省が夏休み前に教育委員会等へ対応を求める通知を出した例を紹介しつつ、「いのちの教育」を実践する際は、まずは自ら命を絶つ生徒を防ぐことに注力しなければならないと述べた。
 もう一つは豊かな心の育成だ。6月に閣議決定された国の「教育振興基本計画」では、持続可能な社会を形成するために必要な資質・能力を身に付けることが示されているが、このことが“生きづらさ“を生むことにつながるかもしれないとの指摘もある。そこで重要になってくるのが、豊かな心を育成するための体験活動であるとした。なぜなら、コロナ禍の学校行事や交流などの活動制限が、生徒の心と体に大きなマイナスの影響を与えたからだ。そしてそのことは先生方も承知しているはず。生徒の世界を広げ、共に学ぶ楽しさや自己の成長に気づく喜びを与え、生きていることを実感できる体験活動を「いのちの教育」の機会として捉え、改めて充実を図ってほしいと訴えた。

小学校向け講演
小児循環器医や多教科と連携してつくる「いのちの授業」
齋藤 久美 筑波大学附属小学校養護教諭

 齋藤養護教諭は、子どもの心臓移植を題材とした「いのちの授業」に取り組んでいる。特徴は、自他のいのちを尊重する態度を育てることをねらいに、多教科の教員や小児循環器医に協力を仰いでいることだ。例えば理科では「人の死の判断の条件」、道徳科では「生命の尊さ」を知る教材を活用。その上で、筑波大学附属小学校独自の総合活動では「心臓移植を受けた子の事例~どうしてアメリカで移植手術を受けたのか~」をテーマに、実際に小児循環器医にも授業に参加してもらいながら、日本と諸外国の移植事情やドナー側とレシピエント側のそれぞれの思い、意思表示の大切さなどについて学んだという。
 こうした「いのちの授業」により、児童の主体的な授業参加や深い思考、家族との意見交換などの成果が得られたほか、今後の生き方についての意見や決意も多く聞かれ、心身の健康問題の予防にもつながるという。「今すぐに答えを見つけられない問題であっても、考え続ける態度を育む授業になっていけば良いと願っている」とまとめた。

中学校向け講演
中学校3年間を通して考えるいのちの授業~ある公立中学校での取り組み~
山元 洋 千葉県立東葛飾中学校・高等学校教諭

 山元教諭からは、「いのちの授業」を中学の3年間にわたって展開した授業例が報告された。目指したのは、コロナ禍の中でも生徒同士が徹底的に関わり、誰とでも協働できるきっかけを作ることだ。1年次では佐藤毅教諭を招き、臓器移植を題材とした「いのちの授業」を実施。ここでは事前・事後学習を組み込んで生徒同士が感想を述べ合うことをねらいとし、2年次は臓器移植に関する絵本を題材にオリジナルのストーリーを完成させる活動へと発展させた。
 3年次は実際の心臓移植者とセッションする機会を軸に、道徳・特活・総合の合計7コマによるプロジェクト型授業として実施。事前学習ではイギリス出身の心臓移植者の妻が書いた手記(英語)の読解にもチャレンジし、理解を深めた。その後、ドナーとレシピエントの「匿名の原則」や「赤ちゃんポスト」を題材に議論を進め、教育活動全体で「問うたら応える、応えたら問う」を実践したことで、「空気を読んで意見をすることを避けるようなことはない集団に成長した」と話した。

移植者の講演
伝えたい「命の大切さ」~肺移植を経験して~
横山 美紀 北海道札幌東陵高等学校教諭

 動くとすぐ息が切れ、呼吸苦に襲われる治療法のない難病にかかり、酸素療法を続けていた横山教諭。最初に移植手術の説明を受けときは、自分がそこまで重症だと思わず、上手く受け止められなかった。しかも、劇的に回復する可能性がある反面、必ず成功するわけでもない。「一番悩んだのは、脳死の方から臓器を頂くという、人の死を考えなくてはいけない辛さで、それは移植手術直前まで消えることはなかった」と話した。
 移植手術後、ある大学の先生から、「ありがたい」の反対の意味は「あたりまえ」と教わってハッとしたという。今改めて感じるのは、あたりまえに生活できることへの感謝だ。ただし、それには1人の尊い「命」が失われたという事実がある。臓器を提供してくれた家族にサンクスレターを書く際は、「ありがとうを超える言葉がなかなか見つからなかった」と振り返る。その上で、生徒には臓器移植の考えはそれぞれに尊重されるべきものであり、この話を家族と話し合うきっかけにしてほしいと伝えていると結んだ。

臓器移植の正しい理解を広げたい
栗原 未紀 日本臓器移植ネットワーク(JOT)

 死後に臓器を提供したい人と臓器の移植を希望する人の橋渡しをするJOTからは、臓器移植の基本知識と現状が伝えられた。臓器移植として提供できる臓器は「脳死後」と「心停止後」とで異なり、脳死とは脳の全ての働きがなくなり回復する可能性がない状態であることや、欧米諸国などと違い、日本では脳死で臓器を提供する場合に限って「脳死は人の死」と認められており、現在は改正臓器移植法によって15歳未満からの提供や親族優先提供が可能になっていることを述べた。
 臓器移植は専門家が定めた厳しいルール等によって公平・公正に行われる医療行為であり、誰もが自分の意思で選択できる権利が担保されていると述べ、その意思表示の方法や臓器提供の流れなどを説明した。
 その上で、国内には1万6千人の臓器移植希望登録者がいるが、1年間で移植を受けられる人は約400人しかいない現状に触れ、「今後はもっと学校や家庭で臓器移植について話す機会を広げ、正しい理解のもと意思表示する人の割合を増やしていく必要がある」と語った。

高校生の発表
臓器移植待機者を減らすために私たちができること
有吉 夏人・舒 天琳・吉田 光里 東京都立立川国際中等教育学校 高校3年生


左から、吉田さん・舒さん・有吉さん

 都立立川国際中等教育学校の高校3年生3人は、JOTのウェブ講義を受け、日本には臓器移植を何年も待っている人が多いと知ったことをきっかけに、「臓器移植医療」を探究学習のテーマとして取り組んだ成果を発表した。
 校内で意思表示に関するアンケートを行ったところ、学校で「知る機会」「意思表示する機会」を作ることが有効と考え、意思表示カード付き解説ポスターを生徒に配布。その後の行動を調査した結果を考察した校内プレゼンでは、実際に意思表示についてアクションした生徒が2割いるなど、学ぶことによって不安が薄れ、より身近に捉えられるなどの効果があったと発表した。
 学校に企画を提案して実施したJOTの講演会では、心臓移植を経験した方の話も聞くことができ、生徒たちの理解がより深まったことを実感。「高校生の意思表示率が上がれば、将来的な現状の改善につながる。表示する意思はNOでもよく、等しく尊重されるもので、しっかり学んで考えることが大切」と話した。

全体総括・ふり返りセッション
いのちの授業を通して、自らアクションできる力を
佐々木 昭弘 筑波大学附属小学校校長
佐藤 毅 東京学芸大学附属国際中等教育学校教諭


左から、飯塚准教授・佐藤教諭・佐々木校長とセミナー講演者

 最後は、飯塚准教授をコーディネーターに、講演者らを迎えたセッションが行われた。まず、佐藤教諭は「今日の発表を聞いた参加者は、自分でも臓器移植を扱った授業ができるんだと感じてくれたと思う」と話し、佐_々木校長は「正解のない問題に答えを出すという、その教育的価値を実感した」と続けた。
 その上で、授業で臓器移植に踏み込む勇気について聞かれた齋藤養護教諭は「全部自分で抱える必要はない。私自身、熱心な小児循環器医の先生がいることや、JOTから教材が提供されていることが分かり進めやすくなった」と答えた。山元教諭も「道徳のネタがないというのが学校の課題。ならば、世の中にあるさまざまなリソースを学校内に持ち込んでいけばいい」と同意した。一方、横山教諭はレシピエントとして授業で扱うことに葛藤があったと話した。
 授業づくりでの配慮では、齋藤養護教諭からは本人や家族に心臓疾患を抱える児童がいることも踏まえた対応が必要との意見が出た。佐々木校長はドナーとレシピエント双方の学習を必ずセットにすることと、立場が変わったときのジレンマに立たせることが教育的に有益だと意見を述べた。
 飯塚准教授はまとめとして、「おそらく、いのちの授業を受けてスラスラと感想を書ける子どもは少ない。立ち止まって考える時間が必要であり、そこから新たな問いが生まれることが非常に重要になる」と指摘。それは道徳科の目指す、自分の生き方を考えるきっかけにもつながる大切な学びになると強調した。

<登壇者>
 浅見 哲也 十文字学園女子大学教育人文学部児童教育学科教授
 飯塚 秀彦 長野大学社会福祉学部社会福祉学科准教授
 齋藤 久美 筑波大学附属小学校養護教諭
 横山 美紀 北海道札幌東陵高等学校教諭
 山元 洋 千葉県立東葛飾中学校・高等学校教諭
 有吉 夏人、舒 天琳、吉田 光里 東京都立立川国際中等教育学校 高校3年生
 佐々木 昭弘 筑波大学附属小学校校長
 佐藤 毅 東京学芸大学附属国際中等教育学校教諭
 栗原 未紀 日本臓器移植ネットワーク(JOT)

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