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教育旅行を支える~自治体施策最前線 東京都葛飾区 修学旅行費「無償化」で子育て世帯を支援

9面記事

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軍艦島に上陸した生徒たち。区立新小岩中学校の修学旅行で

今年度から宿泊行事費用を全額補助

 東京都葛飾区は、2025年度から区立小中学校の児童生徒が参加する修学旅行等の宿泊行事費用の完全無償化を実施している。長引く物価高やインバウンド需要による宿泊費の高騰が保護者の家計を圧迫する中、経済的な理由で宿泊行事への参加が左右されることのないよう、区独自の財源で費用を負担した。子育て世帯の支援にとどまらず、学校の業務負担軽減にもつながっている。制度導入の背景と現場の反応について、葛飾区教育委員会事務局学務課に話を聞いた。

大倉義雄課長(右)、入山達也係長(左)

物価高とインバウンドが旅行費を直撃

 葛飾区教育委員会によると、これまで区内中学校の修学旅行費はおおむね6~7万円程度で推移してきた。ところが近年、円安やインバウンドの急増に加え、燃料費や人件費の上昇に伴う物価高が旅行代金を押し上げており、保護者負担額が膨らむ状況が見え始めていた。
 「子育て世帯はさまざまな面で経済的負担が大きくなっている。これ以上修学旅行費が上がれば、参加を断念せざるを得ない家庭が出てくる懸念があった」と、大倉義雄課長は振り返る。葛飾区では23年度から学校給食費の無償化を実施しており、子育て支援に注力してきた実績がある。全ての生徒が修学旅行に参加できる環境を整えるため、24年9月に青木克德区長が修学旅行費の無償化を発表。25年度からの実施決定に至った。

1人当たり上限8万円、機会均等を保障

 今回の無償化施策の最大の特徴は、就学援助ではなく全生徒を対象とした「事業としての無償化」である点だ。区内の中学校および夜間学級を含めた全24校、2900人が対象。所得制限を設けず生徒1人当たり8万円を上限に区が費用を負担した。25年度の予算額は2億3408万円。
 これにより保護者の修学旅行費の金銭的負担はなくなった。お土産代などの個人的な支出を除き、移動費、宿泊費、見学料といった「行程にかかる費用」は基本的にすべて公費でまかなう。保護者からは「費用の積立が大きな負担だったが、安心して修学旅行に送り出せる」「経済的にも精神的にもありがたい」といった感謝の声が多く寄せられているという。

予算のゆとりで内容の充実

 無償化のメリットは、家計支援だけではない。学校現場においては教育旅行の「質の維持・向上」という側面で大きな効果を発揮している。
 これまで各学校は予算の制約から、旅行先では安価な公共交通機関や、徒歩での班別行動に切り替えざるを得ないケースもあった。その結果、移動に時間が割かれ、本来の学習目的である見学や体験の時間が削られるという事態も生じていた。

移動手段の改善で学習時間を確保

 今回の無償化で、予算不足で諦めていた貸切バスの手配が可能になり、ゆとりのある行程が実現するなど、学校現場からも歓迎の声が上がっている。
 京都・奈良方面は、観光客の多さから路線バスに修学旅行生が乗車できないという問題が深刻化していた。混雑回避のためのタクシー利用も公費で賄うことができたため、効率よく移動でき、見学時間を確保することに成功した学校もあるという。

多様化する行き先と、深まる学び

 無償化による予算の裏付けは、行き先の多様化も後押ししている。依然として京都・奈良が主流ではあるが、混雑を避けるため、あるいはより深い学習テーマを追求するために、広島・長崎、北陸、北海道などを選択する学校も出てきた。
 例えば長崎を選んだ学校では、歴史遺産である「軍艦島(端島)」に上陸したり、船上から見学したりするコースを組み込むなど、各校が特色あるプログラムを展開しており、画一的な修学旅行から教育目標に即した多様な学びへと進化しつつある。

徴収業務ゼロで「働き方改革」を後押し

 教育委員会や学校管理職にとって見逃せないのが、教職員の業務負担軽減、いわゆる「働き方改革」への好影響だ。これまで、修学旅行費の徴収・積立管理は学校にとって重い業務負担の一つだった。旅行会社が集金代行を行う場合でも、未納者への催促やキャンセル時の返金手続きなど、保護者とお金のやり取りが発生することは避けられなかった。 
 無償化により、この事務フローは大きく変わった。区からの補助金は校長からの申請に基づいて学校の口座に全額入金され、学校が旅行会社へ一括支払いをする形へと簡素化された。「旅行会社への支払いは一括して行えるため、事前の積立も、未納対応も必要なくなった。保護者とのお金のやり取りが一切なくなったことは大きい」と学務課学事係の入山達也係長は語る。
 旅行会社側にとっても、個別の入金管理や学校を通じての「個別返金」業務から解放されるメリットは大きく、学校・事業者双方にとって業務の合理化・効率化が実現した。教員も、旅行の企画立案や事前・事後学習に注力できる環境が整った。

小学校から中学校まで、切れ目のない支援

 葛飾区の今回の無償化施策は、中学3年生の修学旅行だけにとどまらない。小学5年生の臨海学校、6年生の林間学校、中学2年生の移動教室、そして3年生の修学旅行と、小・中学校で行われる全4回の宿泊行事をすべて無償化の対象としている。
 これまでもバス代などの交通費や宿泊費は区が負担していたが、食費や、現地での活動費(見学料、集合写真代等)、保険料などは保護者負担だった。これらをすべて公費負担に切り替えたことで、義務教育期間中の宿泊行事における保護者負担は実質ゼロとなった。
 総予算は、修学旅行分も含めると合計で約3億3000万円規模に上る。決して小さくない財政支出だが、区はこれを子育て支援、未来への投資と位置づけている。

継続・改善し定着へ

 無償化1年目の運用は概ね順調に進んだ。細かな調整事項はあったものの、大きなトラブルはなく、学校・保護者から好意的に受け止められているという。今後は学校側の申請手続きをさらに簡素化するなど、より使いやすい制度への改善を図っていく方針だ。「この事業により、今まで経済的な理由で修学旅行への参加を躊躇していた世帯が気軽に参加できるようになった。関わる全ての人にとってプラスになる事業。これを継続していくことが何より重要だ」と、入山係長は力を込める。
 葛飾区の事例は、修学旅行の無償化が家計支援策にとどまらず、学校行事の質の向上や、働き方改革にもメリットをもたらすことを示している。自治体間の子育て支援競争が激化する中、修学旅行の無償化は若い世代への強力なアピールとなる。
 同区に続き、都内では墨田区や品川区でも導入が始まった。中野区は26年度、大阪・東大阪市でも27年度からの無償化を目指す。学校現場の状況を踏まえた制度設計がうまくかみ合った葛飾区のこの事例は、他の自治体が教育支援策を検討する上でのモデルケースになるだろう。

区立青戸中学校の「修学旅行ワークシート」。同校の詳細記事はこちらから

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