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暮らしを支える企業に学ぶ防災教育

8面記事

企画特集

東京ガスの学校教育支援活動

東京ガスが取り組む「ライフラインの安全と防災」

 大規模な自然災害への備えが喫緊の課題となるなか、新学習指導要領にも防災に関する指導の充実が盛り込まれた。小学校社会科では、暮らしを支えるライフラインの安全・安定供給と災害への備えを学ぶ。東京ガス株式会社では教員研修や出張授業にも防災教育の要素を取り入れ、学習内容の変化にいち早く対応している。同社が実施した教員研修会の模様を中心に、ライフライン事業者の取り組みを題材にした、新たな防災教育の可能性を考える。

新学習指導要領に対応したさまざまな教育支援を提供

5つの支援活動で授業ニーズに対応
 東京ガス株式会社では、地域社会へ向けたCSR(社会的責任)活動の一環として、エネルギーや環境に関する情報提供・理解促進・体験機会の提供を行っている。
 学校教育支援活動に加え、都市近郊での森林体験を含む環境教育「どんぐりプロジェクト」、火の性質や正しい使い方を学び、災害時に生き抜く力と生活を豊かにする力を育む体験型教育「火育」を実施している。
 学校教育支援は、子どもたちにエネルギーと環境の大切さを伝えることを目的に2002年から取り組んでいる。学校現場のニーズに応じて活動内容を拡充し、現在は「出張授業」「教員向け研修会」「企業館」「教員・子ども向け学習サイト」「教材提供」を展開している。
 出張授業は、主に小中学校の社会科や理科、家庭科、総合を対象とし、「ガスの防災」「ガスの歴史と暮らしの変化」「都市ガスが家に届くまで」「燃料電池」「エコ・クッキング」の5つのプログラムがある。
 いずれも同社がゲスト講師を派遣し、オリジナル教材を活用してエネルギー・環境に関する授業をサポートするもので、受講児童生徒数は累計で110万人に上る(02年から18年3月末まで)。

教員研修も実施し指導力向上を支援
 教員向け研修会は、教育委員会の依頼による民間企業研修と、社会科などの教科研究部会と連携した研修がある。
 数日間の日程で行う民間企業研修では、都市ガス製造から供給までの流れや、安全・安定供給と防災を目指す取り組みのほか、エネルギー・環境問題の現状、CSRやCS(顧客満足)など企業活動のさまざまな側面を、施設見学と講義で学ぶ。さらにこれらの研修内容をもとに授業プランを作成するワークショップも組み込まれている。
 同社の企業館「がすてなーに ガスの科学館」(江東区豊洲)と「ガスミュージアム がす資料館」(小平市)は、社会科見学など校外学習先としても人気が高い。科学館では、暮らしを支えるエネルギーの役割について実験も交えて体験的に学べる。資料館では、明治期から始まったガス供給と暮らしの変化を、歴史的な資料を見ながら考えることができる。
 学習サイト「おどろき! なるほど! ガスワールド」では、授業に役立つ豆知識やデータ類、各校の実践事例など教員向け情報のほか、子どもたちの調べ学習や自由研究に使えるコンテンツを提供している。
 同社では今後も出張授業や教員研修の内容をアップデートしながら、新学習指導要領に対応した授業づくりを継続的に支援していきたい考えだ。

新学習指導要領につながる東京ガスの取り組み


吉村 潔 東京都小学校社会科研究会会長

ライフラインの視点を社会科に
 新学習指導要領の4年生社会科では、地域の関係機関や人々の防災への取り組みを扱います。題材となる関係機関には、県庁や市役所などの公的組織だけでなく、消防団などの住民組織、ガスや電力といったインフラ企業なども含まれます。従来からある、飲料水、電気、ガスを選択して学ぶ単元だけでなく、今後は防災に関する学習も加わることで、ガスなどのライフラインを担う事業者の活動を学ぶ意義が高まります。
 この「ライフライン」という視点は、従来の社会科の学習ではやや弱かった部分です。各地で起きている自然災害では、水や電気やガスなどライフラインへのダメージが、住民生活や地域産業に大きな影響を与えています。9月、10月と相次いで上陸した台風は、河川の氾濫・決壊による浸水、土砂災害などを引き起こし、千葉県、長野県、神奈川県などでも大規模停電が発生するなど、ここでもやはりライフラインの大切さが浮き彫りになりました。社会や暮らしの現実に合った学習をつくる意味でも、暮らしを支えるライフラインという広い視野で水やガスを捉えていくことが重要です。

多様な教育支援有効活用したい
 東京ガスは以前から多様な教育支援活動を実施しており、いずれも防災の学習での活用が期待できます。
 例えば出張授業は、ガス会社の防災への取り組みを知るだけでなく、働いている人たちの思いを肌で感じながら、直接質問ができる貴重な機会になります。
 社会科見学を組み込む場合は、企業館での体験的な学びも可能です。「防災」や「安全・安定供給」といった視点で展示内容や見学コースなどが整理されれば、体験学習がさらに有意義なものになるはずです。企業側の今後の対応にも期待したいと思っています。

先生向け研修会レポート

 東京ガスでは通算29年にわたり、経済広報センター実施の「教員の民間企業研修」での教員受け入れを行っている。今夏も中堅教員と初任者を対象に8回実施し、小中学校教員計188人が参加した。今年度は新学習指導要領への備えとして、研修で学んだ内容を基に、防災に関する授業プランを検討するワークショップを設定した。


参加者は4班に分かれグループワークを行った

研修での学びが多様な授業案に
 今年度の教員研修は3日間の日程で行われ、「都市ガスの製造と安定供給、防災の取り組み(施設見学含む)」「エネルギー・環境の現状と課題、授業プランのワークショップ」「同社のCSRやCS関連の取り組み」を扱った。
 8月21日の中堅教員向け研修では、ワークショップの導入として、本研修で学んだ内容から授業で使えそうな題材や子どもに伝えたいことを書き出し、グループで共有した。参加者は、「地球温暖化」や「未来のエネルギー」「インフラの防災」「暮らしの安全」「東京ガスで働く人々」といったキーワードを整理しながら、さまざまな授業の可能性があることを確かめた。
 今回はこうした切り口のなかから、特にライフラインを支える企業の役割と責任を取り上げ、グループごとに実施校種や教科・単元を具体的に想定して、エネルギーや防災に関連する授業プランを作成、発表した。
 あるグループは、4年生社会科「住みよいくらし」での授業プランを作成。災害対応現場の写真から、「ガス会社の人々は安全な暮らしのためにどんな取り組みをしているか」という疑問を子どもたちから引き出し、班での調べ学習で深め、社会科見学で確かめる展開とした。
 5年生社会科「わたしたちのくらしと情報」を設定したグループは、大地震発生時の各社員の役割を示すカードや、同社の地震防災システムの画面写真なども資料として活用し、災害時に人々が協力し合って対応していることを理解させるプランをまとめた。社員へのインタビューなども盛り込んだ授業案に対し、参加者からは「人に聞いたり、実物に触れたりすることで子どもの興味が高まりそう」との声が上がった。

企業の活動を例に自助・共助を学ぶ
 中学社会科「災害からまちを守る」の授業プランは、単元のメインの学習内容(火災対応)を学んだあと、消防以外の取り組みの例としてガス会社を取り上げる。出張授業も活用して、災害から暮らしを守るために24時間体制で働いている人の存在を理解させる内容で、「火事=消防という視点から出発し、ガスや電気など新たな気づきが生まれる授業構成」との評価があった。
 また、ガス会社の災害への備えを学びながら「自分たちにできる防災」を考えさせる授業プラン(中学1年・総合を想定)に対しては、「個人から社会全体に視野を広げる中学生らしい学習ができそう」といった感想が出ていた。
 ワークショップ後半は、大田区立相生小学校の茂木正浩主幹教諭が、4年生社会科「自然災害」の自身の実践をもとに、防災に関する授業づくりをアドバイスした。
 教諭の授業では、地域での災害の実例として伊豆大島の豪雨災害を取り上げ、国や都、町、企業やボランティアなど各主体の活動を通じて「公助・共助・自助」のあり方を考えさせた。
 企業の取り組みでは、ガス会社の地震への備えや工夫も紹介。さらに自助の観点から、家庭に設置されている都市ガスのマイコンメーターの教材を使い、ガス供給が一時的に止まった際の復旧方法を子どもたちに伝え、家庭への波及もねらった。
 政府の防災基本計画でも、災害から地域を守るうえでは、国や自治体レベルの公助だけでなく、自助や共助の連携が必要としている。新学習指導要領の防災教育もこうした観点を反映したもので、個人や家庭での防災のあり方を考えさせる場が求められている。
 茂木主幹教諭は、「家での備えをきちんとしたいと思った」という授業後の子どもの感想を紹介し、「自然災害を自分事として捉えさせるためには、教材の工夫が重要。先生方も研修で学んだことを生かして、子どもたちに伝えてほしい」と語った。

参加者の声
 ・小学校教員A すぐに使える教材の提案をしていただけた。子どもたちが考え、実践できる授業づくりを考えていきたい。マイコンメーターの復旧方法は子どもたちへ早急に指導しておく必要があると思った。
 ・小学校教員B グループの中でも違う自治体で、地域資源や教育活動が異なっている中で意見を出し合えてよかった。ライフラインやエネルギーは普段あまり考えない題材なのでぜひ取り扱ってみたい。
 ・中学校教員C 東京ガスさんや新聞社の方々はとても高いレベルで防災意識をもって活動をしていたので、子どもの命を守る学校も同じレベルで考え、教育活動をしていかなければいけないと感じた。

都小社研レポート

 東京ガスでは今夏、東京都小学校社会科研究会との連携による教員研修会を実施した。新学習指導要領に盛り込まれた、地域事業者の防災に向けた取り組みやライフラインの安全・安定供給といった内容に対応するもの。7月29日の研修会には23名の小学校教員らが参加し、同社施設の見学などを通じてガス事業への理解を深めた。

防災と安定供給の中枢機能を見学
 参加者はまず、港区の東京ガス本社を訪れ、都市ガスの安全・安定供給と非常時対応の中枢を担う供給指令センターや、ガス漏れなどの通報時に対応する保安指令センターなどを見学した。
 LNG(液化天然ガス)からつくられた都市ガスは、ガバナステーションなどを経て段階的に圧力を下げ、地区ガバナと呼ばれる装置から各家庭に届けられる。東京ガスの供給エリアは首都圏を中心に1都6県、約1160万件のお客さまがおり、首都機能を支えるインフラとして高度な防災対策が求められる。
 同社では1960年代から防災対策の強化に努め、一定の強さの揺れを感知すると供給を自動停止するマイコンメーターの設置や、揺れに強く破断しにくいポリエチレン管の導入を進めてきた。また、管内約4000基の地区ガバナと地震計をネットワーク化し、地震発生時の被害把握や二次災害防止、迅速な普及までを支援する独自の地震防災システム「SUPREME」(シュープリーム)も導入している。さらに年間100回におよぶ緊急対応訓練で運用面の対応力も高めているという。


導管研修センターでは安全管理などについて学んだ

インフラを支える人材育成の現場へ
 後半は、横浜市鶴見区にある同社のパイプライン技術センターと導管研修センターに場所を移し、ガスの安定供給や防災を支える技術開発や人材育成について学んだ。
 パイプライン技術センターでは、ガス管のメンテナンスに役立つ新たな技術や、ポリエチレン管の接続作業と引き伸ばし実験などを見学。ポリエチレン管の施工性の良さや、地震に対する強さを確認することができた。
 導管研修センターは、同社や協力企業の社員が、施工技術や安全管理のスキルを磨く施設で、この日も屋内外での実際の作業現場を模した訓練フィールドで多くの社員が学んでいた。
 参加者は安全体験研修の一部として、重いガス管の吊り上げ作業時の事故や、閉所作業中の酸欠、機械操作時の死角による事故などを疑似体験した。一瞬の不注意が重大な結果を招く現場だけに、「こうした研修を繰り返し、安全への取り組みを続けることが大切」との説明に真剣に聞き入っていた。
 今回の研修会に同行した北俊夫氏(元文部省教科調査官)は、普段は見ることができない施設も見学できたことで、「参加した先生方も、身近なガスについて知らないことが意外に多いことに気づいたのではないか」と総括した。そのうえで参加者に向けて、「4年生では防災の視点でライフラインを支える人たちの活動を扱える。また5年生の貿易の単元でも、エネルギーやガスを取り上げることができる。今回の研修で得た貴重な学びを、今後の授業づくりに生かしてほしい」と呼びかけた。

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