未来を切り拓く人材を育てる 「観察・実験」で得た検証を通して科学的思考を育む
10面記事
「観察・実験」結果を事前の仮説と比較して考察
実体験と科学を融合した授業デザインを
理科教育は、単に自然の事物や現象を理解するための教科ではなく、「科学的思考」「探究力」「協働・創造力」など、将来、社会に出て通用する力を育む場として、今まさに進化を求められている。このため、教員は実体験となる「観察・実験」と、科学的な見方や考え方を養うICT活用を掛け合わせて、子ども一人一人の探究する姿勢を引き出していくことが必要になっている。本特集では、こうした実体験と科学を融合し、未来を切り拓く人材を育てる理科教育を探った。
理科教育の現状と課題
現在、多くの学校では理科の授業において「観察・実験」を重視した指導が行われている。しかし、時間的・人的制約、設備の不備、安全管理の難しさなどから、十分な実験活動が確保できないケースも少なくない。また、特に小学校では理科実験を苦手する教員も多く、教科書やワークシートに依存した受動的な学習が中心となり、子どもたちの主体的な探究心が十分に引き出されていないという指摘もある。
さらに、理科教育におけるICT活用は、端末やネットワーク環境の整備が進む一方で、教員の指導スキルや教材の質にばらつきがあり、効果的な活用に至っていない現状がある。動画やシミュレーションによる視覚的理解は有効であるが、それだけでは「体験を通じた理解」にはつながらず、実体験との接続が不可欠である。
すなわち、子どもたちが自ら問いを立て、仮説を構築し、検証を重ねながら答えに迫っていくことが、科学の本質に触れる貴重な学びになるのである。そのためには教員が実体験となる「観察・実験」と、科学的な見方や考え方を養うICT活用を掛け合わせて、子ども一人一人の探究する姿勢を引き出していくことが求められているのだ。
探究力を育む授業づくりの視点
理科教育の本質は、子どもたちが「なぜ」「どうして」と問いを持ち、それを自らの手で確かめる過程にある。そのためには、教員が授業設計において次の視点を重視する必要がある。
1つ目は、問いを中心に据える構成になる。単元の導入時に、身近な現象や社会的な話題から問いを立てることで、子どもたちの関心を引き出す。例えば「なぜ雨の日に髪が広がるのか」「地球温暖化は植物にどんな影響を与えるのか」といった問いは、科学的な探究の入り口となる。
2つ目は、「観察・実験」の意味づけになる。実験は単なる手順の確認ではなく、仮説の検証として位置づけるべきである。実験前に予想を立て、結果を分析し、考察を通じて理解を深める流れを明確にすることで、科学的思考が育まれる。
3つ目は、協働的な学びの場づくりになる。グループでの実験や意見交換を通じて、他者の視点に触れながら考えを深める活動は、創造力とコミュニケーション力の育成にもつながる。その際、教員はファシリテーターとして、子どもたちの対話を促す役割を担っていくことが大切になる。
ICT活用による理科教育の深化
ICTは理科教育において、「観察・実験」の補完や理解の促進に大きな可能性を持つ。具体的な活用例としては次のようなものがある。
①動画教材による事前学習:実験の手順や注意点を動画で確認することで、安全性が高まり、授業時間の効率化にもつながる。特に複雑な実験や危険を伴う操作については、事前に視覚的に理解させることが有効である。
②シミュレーションによる仮想実験:天候や時間の制約で実施が難しい実験を、シミュレーションで体験させることで、理解の幅を広げることができる。例えば、天体の動きや化学反応のモデル化などは、ICTならではの利点である。
③データ収集と分析の支援:センサーやアプリを活用して、温度、湿度、光量などのデータをリアルタイムで収集し、グラフ化することで、科学的な見方や考え方を養うことができる。子どもたちが自らデータを扱う経験は、探究力の育成に直結する。
④ポートフォリオによる学びの可視化:探究の過程や成果をデジタルポートフォリオに記録することで、学びの振り返りが可能となり、自己評価や相互評価の機会が増える。教員にとっても、個々の成長を把握する手がかりとなる。このような授業デザインの工夫を図る上では、クラウドを活用した学習ログの共有・協働的な学びとともに、生成AIなども効果的に活用していくことも期待されている。
教員の役割と支援体制の構築
理科教育の質を高めるためには、教員自身が科学的な視点とICT活用のスキルを持ち、授業づくりに反映できることが不可欠である。そのためには、次のような支援体制の整備が求められる。
・校内研修の充実=実験指導やICT活用に関する校内研修を定期的に実施し、教員同士が実践を共有する場を設けることが重要である。特に若手教員にとっては、先輩教員の授業を観察する機会が貴重な学びとなる。
・外部機関との連携=科学館や大学、企業などとの連携により、専門的な知見や教材の提供を受けることで、授業の質が向上する。出前授業やオンライン講義など、外部資源の活用は理科教育の幅を広げる手段である。近年では、デジタル人材の育成や女子の理工学部進学に向けて、高等学校との連携を強化する理系大学も増えており、そこでは学生派遣や共同研究プロジェクトも行われるようになっている。また、企業においてもSTEAM型教育やデジタルなモノづくりを推進するため、最新のICT環境を提供する動きも起きている。
・教材・設備の整備=実験器具やICT機器の整備は、理科教育の基盤である。自治体や学校が計画的に予算を確保し、持続可能な運用体制を構築することが求められる。ICTと連携できる主な理科機器としては、タブレットやPCに接続し、拡大映像を共有・記録・分析できる「デジタル顕微鏡」。実験中の環境変化をリアルタイムで数値化し、グラフ化や比較分析が可能な「センサー計測機器(温度・湿度・光・pHなど)」。USB接続やBluetoothでPCにデータ転送し、即時分析が可能な「デジタル計測器(電子天秤・電流計など)」。撮影画像をクラウド共有し、天体の動きを時系列で記録・比較できる「デジタル望遠鏡」。実験の様子を拡大表示し、記録も可能な「実験用カメラ・書画カメラ」がある。
また、ソフトウェアでは、化学反応や物理現象を仮想的に再現できる「シミュレーションソフト・アプリ」。探究活動の記録・振り返りに活用できる「クラウド対応ポートフォリオツール」などを活用したい。
未来を切り拓く理科教育へ

理科教育は、日本の将来を担う人材育成に欠かせない
理科教育は、子どもたちが未来の社会を創造する力を育むための重要な学びの場である。自然界の仕組みを理解することは、知識を得ることにとどまらず、環境問題やエネルギー資源の課題、急速に進展する技術革新など、現代社会が直面する複雑な課題に対して主体的に向き合い、解決の糸口を見出す力を育てることにつながる。
理科の学びは、子どもたちが「なぜそうなるのか」「どうすればよいのか」といった問いを持ち、それを深めていく過程で、論理的思考力や課題解決力、さらには創造的な発想力を養う土壌となる。
このため、教員は単なる知識の伝達者ではなく、子どもたちとともに考え、試し、振り返る学びのパートナーとして、「観察・実験」といった実体験を通じて科学的な見方や考え方を育む授業づくりに取り組むことが重要である。それには、より多様な視点から自然現象を捉え、探究の幅を広げることが可能となるICT機器やデジタル教材を併せて活用し、その可能性を最大限に引き出していくべきである。

