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心の健康観察をICTで変える 1人1台端末で可視化する「小さなSOS」と早期支援のポイント

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特集 教員の知恵袋

 近年、不登校やいじめ、児童生徒の自殺といった問題は深刻な状況にあります。小中高生の自殺者数は、2025年で532人(暫定値)に達し、統計開始以来の過去最多を2年連続で更新しました。

 こうした背景から、GIGAスクール構想による「1人1台端末」を活用し、児童生徒の心身の異変を早期に察知する「心の健康観察」の推進が加速しています。

 本記事では、心の健康観察が求められる背景や、実際の取り組みによる効果、導入にあたっての課題を解説します。

出典:厚生労働省『警察庁の自殺統計に基づく自殺者数の推移等

なぜ今、ICTを活用した「心の健康観察」が重要なのか

 抑うつや不安といった個人の「内面化された問題」は、周囲からは把握しにくいものです。従来は教職員によるスクリーニングや、児童生徒本人からの訴えを通じて問題を把握していましたが、異変が表面化した時点で深刻な事態に至っているケースも少なくありません。

 メンタルヘルスや学級の状態の悪化といった問題を防ぐには、問題が表面化する前に積極的に支援し、未然の防止を図ることが求められます。

 そのような問題解決の糸口につながると期待されているのが、ICTを活用した「心の健康観察」です。毎日、児童生徒の心の状態を観察する中で、内面化された問題が深刻な事態に発展する前段階を捉えることができます。

出典:厚生労働省『いじめ・不登校・自殺リスク等の早期把握に向けた1人1台端末等を活用した「心の健康観察」の推進(Listen)
文部科学省:『ICTを活用した悩みや不安を抱えた児童生徒の早期把握・早期支援について

ICTを活用した心の健康観察のメリット

 「誰一人取り残されない学びの保障に向けた不登校対策(COCOLOプラン)」や「こどもの自殺対策緊急強化プラン」を踏まえ、ICTを活用して児童生徒の心身の変化を把握し、問題の早期発見・早期支援につなげる「心の健康観察」を国は進めています。

 従来のスクリーニングと異なり、1人1台端末のようなICTを利用するメリットとしては、次の3点が考えられます。

具体的な状況把握

 教師が児童生徒の様子を目視で観察する方法では、どうしても教職員の主観や経験則による判断の偏りが生じてしまうものです。「この程度なら大丈夫だろう」と教職員は判断したものの、児童生徒にとっては深刻な悩みだったというケースもありえます。

 一方で、端末にインストールしたアプリやアンケートフォームなどを活用すれば、心の状態をデータとして客観的に捉えることができます。

 蓄積したデータは、エビデンスに基づくリスク予測や児童理解の材料としても活用可能です。

 客観的なデータを活用することで、言動では見えにくい児童生徒のSOSを把握し、早期支援につなげることができます。

出典:子ども家庭庁『1人1台端末等を活用した「心の健康観察」について

点ではなく線で変化を捉えられる

 アプリなどを活用すれば、手作業では難しかったデータの蓄積・共有が容易になります。「特定の曜日における意欲の低下」「長期休暇明けの急激な数値変動」など、ある程度の心の推移を蓄積・把握することで、一時的な気分の落ち込みなのか、支援が必要な緊急性の高いものなのかを判断できるようになります。

 また、特定の変化や急激な数値の変化があった際に、教職員に警告が通知されるシステムを構築すれば、問題の見落としを防ぐことも可能です。

出典:子ども家庭庁『1人1台端末等を活用した「心の健康観察」について

心理的ハードルの低下

 何らかの問題に見舞われている児童生徒だとしても、教職員などとの対面のやり取りでは本音を口にするのが難しく、「大丈夫です」などと真意を伏せるケースも考えられます。

 一方で、端末を使用したスタンプやアンケートフォームでの回答は心理的なハードルが下がるため、口にしにくいことも入力しやすくなります。

 実際に、システムの導入を進めている教育委員会では、導入後にいじめの認知件数や相談件数が増加。児童が気軽に相談しやすくなったことで、悩みなどの早期発見が可能になっています。

出典:子ども家庭庁『1人1台端末等を活用した「心の健康観察」について

心の健康観察に対する取り組み事例

 心の健康観察に関する取り組みは、全国各地で広がっています。文部科学省が2023年に実施した調査では、「アプリ等を活用して児童生徒の心や体調の変化を把握し、いじめや不登校等の未然防止・早期把握の取組」を行っていると回答した自治体は411市町村に上りました。

 その中から、具体的な取り組みの事例をご紹介します。

出典:厚生労働省『いじめ・不登校・自殺リスク等の早期把握に向けた 1人1台端末等を活用した「心の健康観察」の推進(Listen)

A教育委員会

 A教育委員会は、地域内の全小学校(高学年)と中学校に、心の健康観察用のアプリを導入しました。従来は教育委員会宛てのメール相談のみを実施していた該当地域ですが、アプリ導入後は児童生徒からの相談件数が10倍以上に急増。

 いじめの相談件数も、約20件から110件まで増加しています。

 さらに、相談内容にはいじめだけでなく、自殺念慮に関するものもありました。

 アプリの活用によって、児童生徒の悩みを早期発見することができ、迅速な対応が可能になっています。

出典:文部科学省『1人1台端末等を活用した「心の健康観察」の導入推進

B教育委員会

 B教育委員会では、地域内の全小中学校において、Googleフォームを活用した心の健康観察を実施したところ、導入以降でいじめの認知件数が大幅に増加しました。長期休暇中に児童生徒から家庭の問題で訴えがあり、早期対応につなげた事案もあったそうです。

 さらに、「今は知っておいてもらうだけで良い」といった内容の相談もあるなど、児童生徒が気軽に相談しやすい環境の醸成に寄与しています。

出典:文部科学省『1人1台端末等を活用した「心の健康観察」の導入推進

心の健康観察の取り組み拡大に向けた今後の課題

 心の健康観察は、児童生徒の心身の変化を確認し、早期の対応につなげられる有効な取り組みです。

 一方で、現場からは次のような点が課題として挙げられています。

▽心の健康観察における主な現場の課題

 ・アンケート調査の作成に時間が必要
 ・児童ごとに支援が必要になるレベルが異なり、指標設定が困難
 ・教職員の業務負担の増大
 ・複数のシステム・アプリを併用することによる負担感の増加
 ・学校間でデータ活用状況の差が大きい

 今後は、このような課題をいかに解消しつつ、取り組みを推し進めていくことができるかという点も焦点になりそうです。

出典:文部科学省『「ICTを活用した悩みや不安を抱えた児童生徒の早期把握・早期支援」の取組状況

ICTを活用した「心の健康観察」を実践する際の留意点

 ICTを活用した心の健康観察の導入にあたっては、ICTツールの選択や学校の体制構築といった点でも留意が必要です。

▽ICTツールの検討にあたっての留意点

 ・目的や意図を明確にして児童生徒から把握する情報及び質問項目が検討されている
 ・いじめや自殺リスク等の早期発見につながる仕組みになっている
 ・児童生徒が安心して回答できる仕組みになっている
 ・各教育委員会等が定める「教育情報セキュリティーポリシー」に準拠している など

出典:文部科学省『「ICTを活用した悩みや不安を抱えた児童生徒の早期把握・早期支援」の取組状況

ICTと人の目のハイブリッドな見守りを

 心の健康観察において、タブレット端末やアプリといったICTは極めて有効なツールです。実際に、導入によって成果を上げている地域も見られます。

 ただし、ICTツールを導入したからといって、児童生徒の悩みが解決するわけではありません。重要なのは、得られたデータをいかに支援につなげるかという「活用」のプロセスです。

 ICTツールを活用して兆候を早期発見するだけではなく、最終的には教職員やスクールカウンセラーなどが児童生徒に寄り添い、支援する環境づくりが求められます。

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