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先進自治体のオンラインシンポ開催 超教育協会

12面記事

ICT教育特集

 (一社)超教育協会(石戸奈々子理事長)は、5月19日に広島県の平川理恵教育長、5月26日に熊本市の遠藤洋路教育長を招き、オンラインシンポジウムを開催した。新型コロナウイルスの感染防止のために、全国の学校が休業となる中、いち早く、学校のICT環境の整備などの対応策を打ち出した自治体が広島県や熊本市だ。シンポジウムには両日とも300人の教育関係者が参加するなど、関心の高さをうかがわせた。

できない理由を並び立てず「できるとしたら」と質問変える
広島県・平川教育長

緊急時ゆえ、多少のリスクを取ってでも
 広島県教委は、同県内約30万人分の児童・生徒のG Suiteのアカウントを確保。「G Suite for Education」を利用したオンライン学習を積極的に進めている。広島県の平川教育長は冒頭、広島に原爆が投下された1945年8月6日の翌々日8月8日には銀行が再開され、しかも無通帳・無印鑑でも預金を引き出せるようにしたという逸話を紹介。「今、緊急時ですから、校長や教育長など長がつく方は多少のリスクを取らなければいけないと思っています」と語った。
 その上で、これまでは児童生徒が教室に来て、教員が知識伝達や問題提起、興味喚起することで初めて学びが成立していたが、そこでは多くの不登校の児童生徒が無視され、落ちこぼれもあったと指摘。このパンデミック下で、ICT活用などを半強制的に行われることで、ある種個別最適な学びや児童生徒同士の学び合いなどが進むのではないだろうかと語った。
 平川教育長が着任した2018年当時の広島県のICT環境は、整備状況は47都道府県中42番目、無線LANの整備率と校内LANの整備率は44位という状況。そこで、2020~2021年度に県立学校81校にPC1人1台導入を進めている。また、4月から県立高校でG Suiteの導入が決まっていたため、昨年8月から教職員の研修を実施。さらに4月には全生徒の家庭のWi―Fi・デバイス環境のアンケート調査も行った。その結果、デバイスが無い家庭が12%。Wi―Fiが無い家庭も同じく約12%あり、PC等をかき集めて、いつ休校になっても対応できるように準備をしたという。さらに、県内23市町も、児童生徒全員のG Suiteのアカウントを取得することも呼び掛けている。

高校生1人1台購入を支援
 さらに、高校生が授業で使用するPC(BYODによる導入)1人1台購入するための経済的支援制度を、本年度当初予算で創設。全日制は年3万5000円(3年間で10万5000円)、定時制は年2万9500円の給付で、奨学金特別会計約40億円を活用した。ただし、入学後に申請するため給付が12月になってしまう。そのため、中学3年生を対象に、高校の入学準備に必要な経費(PC含む)の一部を貸し付ける支援制度を、令和元年度補正予算で創設した。予算を審議する2月県議会では、疑問や批判が数多く出されたが、学校の休業が進んだ後の4月議会では何も言われなくなったという。

勇み足でも現場での取り組みを
 教員を対象とした研修は、G Suiteの研修。さらに、今年度からオンラインを使って教員研修を実施する考えだ。「先生方はオンラインの研修を自発的にものすごくたくさん受けてくださっている。目の前の子どもたちが困っていたら、先生達はなんとかそこを突破しようと考えるので」と平川教育長。「長期的にみると今の先生の役割も変わると思っています。オンライン授業では先生たちのファシリテーターとしての役割も必要。ファシリテーション力をつけることも積極的にやっていこうと思っています」と語る。
 また、学校現場では緊急事態という事も踏まえ、校務用以外のパソコンも使って、オンライン授業用の動画等もどんどんアップして欲しいという。校務用のパソコンと分けなくても、セキュリティーを厳格にすれば問題なく対応できるのではないか。
 オンライン学習の時間が長くなってしまうと、問題になるのが容量だ。コンビニに行って壁越しにフリーWi―Fiで朝の学活に参加する生徒もいたという。また、児童生徒の家族も在宅勤務をしている場合も多く、画面がフリーズしてしまうことも考えられる。機器の使い方等で、保護者の負担が掛かる場合も想定される。保護者によってICTのリテラシーも異なる。「慣れていない家庭に関しては、児童生徒が学校のパソコンルームで取り組んでもらうこともやはり必要かなと思う」と語る。
 「そういう意味ではオンライン授業も100%魔法の杖には絶対になりません」と平川教育長。「オンラインだけでなく、実際の対面との『ハイブリッド教育』でなければなかなか難しい」としながらも、「今までの授業のように40人が一緒になってチョークとトークでやるだけでは駄目だと思いますし、このさじ加減は、これから色々な工夫によって出てくるのではないかと思う」と語る。「今回のパンデミックで初めて取り組み始めて、経験則の中で解決していく問題と思っています。多少勇み足でも、後から怒られたら謝るぐらいで、どんどん現場でやるしかないと思うんですよ」と話している。

「出来るところからやる」が全体のレベルアップに
熊本市・遠藤教育長

教員ではなく子どもが使うため

 熊本市は休校前の段階で、外でも使えるiPadのセルラーモデルを基本的に児童生徒3人で1台、特別支援学級の子どもたちには1人1台、教職員は1人1台導入。導入にあたって研修を何段階にもわたって実施した。熊本大学や県立大学、NTTドコモなど外部の専門機関と協定を結んで産学官連携で進めている。ICTの導入目的は、「主体的・対話的で深い学びのための授業の改善」だと、遠藤教育長は語る(1人1台のiPadの整備を来年2月までに行う予定)。
 「教員が使うためではなくて子どもが使うために、そして子どもが授業の主役になるそのためにこそICTやタブレットを導入しているということを研修で訴えており、先生にも浸透していると思います」
 新型コロナウイルス感染対策として、全国一斉の休校の可能性があると考え、2月26日にロイロノートとZoomを使った授業をいくつかの学校で試行し、オンライン授業の準備を進めた(翌日に全国一斉休校の報道)。そのため、3月2日から市内で一斉休校になったときには、すぐにスタートできる体制にして対応ができたという。まずは、小学5年生と中学2年生がiPadを持ち帰っての授業を開始(3月9~24日)。さらに、家庭のネット環境調査を実施し、登校日を活用してオンライン授業の練習を行って、4月15日から全市立小中学校でオンライン授業を開始した。
 家庭のネット環境調査の結果では、およそ3分の1の家庭でネット環境がないことが分かったため、この3分の1の家庭に、ちょうど3人に1台あったタブレットを貸し出し。それ以外の家庭では、基本的には各家庭のインターネット環境を利用してオンライン授業を受けてもらうことにした。
 オンライン授業以外にも、民放テレビ4局とNHKの協力を得て、テレビでも授業の動画を放送。YouTubeでの動画配信も対応できる学校で取り組んだ。学校のホームページでの情報発信や、LINEを使った悩み相談事業も実施した。
 また、学校の図書カードで電子図書館の利用を可能にし、利用が増加した。遠藤教育長は「子どもたちと繋がるために出来ることは何でもするということで取り組んでいました」という。

スモールステップで推進
 多くの教員はオンライン授業自体はじめての経験。そこで熊本市教委では、スモールステップで、少しずつ段階を設定した。まずは健康観察。ロイロノートで文字のやりとりをできるようにする。次が文字だけではなく写真をやりとり。ステップ3で具体的な学習活動となり、教員からの課題提示と児童生徒からの提出を行う。ステップ4で、子ども同士の学び合いを進め、ステップ5でZoom等を使った発表などを行うように段階を設定している。
 もちろん、全部の学校でステップ5に到達できているわけではない。小学校の高学年が一番進んでいるが、それでもステップ5まで到達した学校は半分もない。ステップ3が最も多い。「実はそもそも普段の授業で出来ていること以上のことは出来ない。普段の授業の課題がオンライン授業をやってみたことで明らかになった」

学校でも自宅でも授業できる体制を
 遠藤教育長は、「『できることからやる』ことが、全体のレベルアップにつながる」「ICTの活用が進んでいる学校ほど、家庭でのタブレット利用に関する問題が少ない」と続ける。
オンラインでも授業できるということになると、「では学校にわざわざ登校して活動する意味って何だろう」「学校でしかできない活動ってどんなことがあるんだろう」など、「学校で授業をする意味」をより深く考えるようになった。
 さらに、児童生徒だけでなく、教職員も「自ら考え行動する力が問われる」と指摘する。「初めての状況で、一体何ができるのだろうということを考えて行動せざるを得なかったということですね。教育委員会が全部決めて『こうやってください』ということではなくて、それぞれの学校でできることをやってください、何とかやってくださいということをずいぶん言ってきました。その結果、それぞれ工夫して素晴らしい取り組みができたのではないかなと思っています」と語る。
 “デジタルか、アナログか”“紙か、コンピューターか”“黒板か、電子黒板か”“ノートか、タブレットか”“教室での授業か、オンライン授業か”という二者択一ではなく、「両方」が大事と遠藤教育長。
 今回の経験を踏まえ、どんな状況になっても柔軟に、オンラインと登校での授業を切り替えられる学校の体制が出来るのではないかという。「主体的・対話的で深い学びのための授業改善は、学校に登校してもオンライン授業であっても同じ。これをさらに進めていきたい」と話している。

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