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快適な環境づくりが防災力強化に

13面記事

企画特集

避難所ともなる学校体育館の防災機能を強化する

学校防災特集

 学校施設は災害時には地域住民の避難所としての役割も果たす重要なインフラだが、いぜんとして老朽化や防災機能が不十分であることが課題になっている。そこで、文科省等が進める対策を整理するとともに、子どもや地域の安全に貢献する設備・機器について紹介する。

国の重点政策で加速化する防災・減災対策

老朽化改修と併せて防災機能の強化を
 現在、公立小中学校は高度成長期に一斉に建てられた校舎を中心に約8割が老朽化しており、限られた財源の中で継続的・効率的な長寿命化改修を実施していくことが求められている。長寿命化対策を進めるにあたっては、劣化した建物や設備について単に建築時の状態に戻すだけでなく、現在の学校が求められている水準までその機能や性能を引き上げる必要がある。
 すなわち、学校設置者となる各自治体にとっては、中長期的な維持管理等に係るトータルコストの縮減・予算の平準化を実現しつつ、安全・安心な施設環境の確保、教育環境の質的向上、環境への配慮、地域コミュニティーの拠点形成を図らなければならないといった、むずかしい局面を迎えている。
 同時に、学校施設は地震などの災害が発生したときに児童生徒や教職員の安全を確保するとともに、地域の防災拠点として機能することが求められているが、非常時の通信インフラ、自家発電設備、空調設備機器、バリアフリー化などの整備の遅れが指摘されている。また、避難者がこの場所で生活することを考えた施設設備の備えも、十分とはいえない状況にある。
 しかも、近年の気象変化はかつてないスケールの台風や集中豪雨を生んでおり、これまで被害がなかった地域でも水害や土砂崩れなどの危険性が増している。この8月も、本州付近に前線が停滞したことによって長雨や大雨が続き、わずか1週間で平年の年間降雨量のおよそ5割に達した地域もあった。公立学校の3割が浸水想定区域や土砂災害警戒区域に立地していることからも、従来の予測を超えた防災・減災の仕組みや早期の対策が求められているところだ。

これまでの災害から得た教訓を糧に
 阪神・淡路大震災以降、文科省や自治体の学校設置者は学校施設の耐震化に着手するとともに、防災担当部局と学校機関との連携・協力体制を強め、避難所としての防災機能を向上する取り組みを進めてきた。これにより、その後に起きた大規模災害では、被災者を受け入れ、食料・生活用品等の必要物資を共有する拠点となるなど、さまざまな役割を果たしてきた経緯がある。
 だが、もともと学校施設の設計は避難所としての使用を考慮していなかったため、災害のたびに多くの課題が表面化してきたことも事実である。たとえば、避難所利用が長期化し、教育活動と避難生活が併存したことによる学校再開の遅れ。備蓄倉庫や太陽光発電等の施設設備が役立った一方で、トイレや電気、水の確保等において不具合が発生。空調やプライバシーの配慮など避難所としての良好な生活環境が保てなかったなどだ。
 このような経験や教訓を糧とした地震、津波、洪水に強い防災機能を備えた学校施設づくりが必要となる中、政府は昨年末におよそ15兆円規模となる「防災・減災、国土強靱化のための5か年加速化対策」を閣議決定。学校施設の防災機能強化に2365億円を投入したほか、文科省も学校施設に関わる予算を拡充して後押ししている。


記憶に新しい8月の長雨による被害

ライフラインを維持する設備のあり方
 学校施設の防災機能を強化する上で最も重要な視点は、災害によってインフラが停止した場合に救援物資が届き始めるまでの3日から1週間、電気、ガス、水道、トイレ、通信といったライフラインを維持することだ。
 たとえば電気の確保は、停電時に使える非常用発電機と燃料を準備しておくほか、太陽光発電などの自然エネルギー設備には蓄電機能を備えておくこと。ただし、非常用発電機を導入していても河川の氾濫や高潮、津波によって浸水して稼働できなかったケースもあることから、高台への移転や高層化することが求められる。
 また、都市ガスエリアは災害時の復旧が遅れる可能性が高いため、貯留したLPガスを活用できる災害バルクシステムなど都市ガスとプロパンガスの2WAY化を導入しておく。あるいはガス事業者と協定を締結し、災害時に供給してもらうといった対策が考えられる。


避難所ではスマホの充電サービスも

トイレと連絡手段の確保に向けた備え
 避難所生活が長引く場合は、避難者の健康や精神的ストレス、衛生環境に配慮するためにもトイレの確保が重要になる。そのため、水洗トイレが使えなくなったときの対処として簡易トイレや携帯トイレを備蓄するとともに、プール水や雨水貯留槽などを利用したマンホールトイレの整備、下水道の耐震化を図ること。加えて、避難所は幅広い年齢層が共同生活する環境になるため、高齢者や車いす利用者も利用しやすいように多目的トイレやシャワー室の整備も進めておく必要がある。
 また、災害時は地域の被災状況、被災者の安否確認といった情報確認が的確にできるよう、災害対策担当部局や教育委員会との間の情報連絡体制を平時から計画しておくことが肝心だ。特に、これまで起きた大震災等では通信設備が損壊したり、停電により通信が途絶したりする状況も発生していることから、防災無線やトランシーバーを含めて複数の連絡手段を確保しておくことが大切になる。
 その意味で、学校は「GIGAスクール構想」によって教室を中心に無線LAN環境は整備されたが、いざというときは公衆Wi―Fiとして開放できるように、体育館や校庭など学校の敷地全体に通信環境を広げておきたい。

今後5年間で全学校をバリアフリー化
 文科省の調査によれば、避難者の居住スペースとなる体育館の耐震化や吊り天井の落下防止対策はおおむね完了している。それでも外壁・内壁の浮きやひび割れ、照明器具や空調ダスト、バスケットゴールといった、吊り天井以外の非構造部材の耐震化対策の実施率は5割にとどまっており、災害時に窓ガラスが破損して破片が飛び散らない、防災安全合わせガラスなどの飛散防止対策が間に合っていない学校も多く存在する。
 特に、庇や軒、バルコニーなど屋外で直接風雨にさらされている部分、モルタル仕上げの壁は地震の揺れにより脱落する危険性が高い。近年では幅・長さとも3mに近い外壁モルタルが落下したケースもあり、早期の点検・修繕が欠かせない。
 あるいは、高齢者や車いす利用者を受け入れるためのバリアフリー化の遅れも大きな課題になっている。昇降口や玄関の段差を解消するスロープが設置されていないのはもちろん、校門・駐車場からそこにいたるまでの経路に障害物や段差等が生じている学校もあり、速やかに改善する必要がある。
 こうした状況から、文科省は今後5年間で全学校のバリアフリー化を推進。校舎・体育館ともスロープ等による段差解消を実施するとともに、車いす用トイレを避難所に指定されているすべての学校に整備するほか、要配慮児童生徒が在籍する学校にはエレベーターを整備する方針だ。


昇降口の段差を解消するスロープ

遅れている体育館の寒暖対策
 もう一つ、災害は季節を問わず発生するため、今後の大きな課題になっているのが体育館など屋内運動場の空調設備だ。板張りの体育館は、冬は冷え込みが強く防寒対策が必要であり、夏は風通しが悪いため熱中症の危険性が高くなる。しかし、これだけの広い空間となれば大規模な初期投資やランニングコストがかかるため、ほとんどの学校で整備が進んでいないのが実態だ。
 こうした状況では、体温調節がうまくできない高齢者や幼児、妊婦などが健康を損なうおそれが高くなるため、今からエアコンが整備されている普通教室の利用を視野に入れておく必要がある。
 また、エアコン以外の冷暖房機器としては業務用ヒーター、赤外線ヒーター、床暖房システム、大型扇風機、サーキュレーター、スポットエアコンなどの導入が進んでいる。これらの機器はふだんの学校活動の中で寒暖対策として活用できる利点があり、比較的購入しやすい価格であることから、近年では緊急的に予算取りし、教育委員会が管下の学校に一括で導入するケースが増えている。
 さらに、昨年は夏休みの短縮によって例年よりも気温が高い時期まで給食を提供した学校が数多くあったが、そのぶん給食室のエアコン整備の遅れが明らかになり、調理員の熱中症や食中毒への懸念が指摘される結果になった。したがって、夏場に避難者への炊き出しをする場合も想定し、衛生環境を向上する床のドライ化と併せて改善を進めていくことが望まれている。

空調やトイレ洋式化等の整備を前倒しに
 こうした中、有識者会議によって審議が進められてきた「新しい時代の学びを実現する学校施設のあり方」の中間報告が8月20日に公表された。その中で注目すべきは、全国公立小中学校施設の防災機能強化対策として、次の項目について達成目標を前倒しする方針を掲げたことだ。
 特別教室(約37万室)の空調設置は、現状55・5%を23年度までに95%に。体育館の空調設置(約3・3万室)は、現状5・3%を35年度までに95%にする。トイレの洋式化(約136万基)は、現状57%を25年度までに95%にする。 また、障がい者や高齢者も利用しやすい環境を実現するバリアフリー化の一環となる多目的トイレの設置も、校舎が現状65%、体育館が現状36・8%であるところを25年度までに100%にする。このほか、スロープ及びエレベーターの整備率についても、中長期の目標を設けるとしている。
 今後は、この中間報告の推進方策を踏まえ、財政支援制度の見直し・充実等を国への予算要求に反映していく意向だ。

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