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今、「学びの旅」を見つめる

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企画特集

 近年、修学旅行は、座学では得られない体験・学習をする貴重な機会として教育的価値が見直され、現地での体験を「探究」などの教科活動と組み合わせ、一人一人の深い学びへとつなげる学校が増えている。そんな思い出づくりから、学びの旅へと変化する修学旅行について、日本修学旅行協会・竹内秀一理事長、全国修学旅行研究協会・岩瀬正司理事長に語ってもらった。

深い学びにつなげる修学旅行へ
修学旅行の始まりは明治時代

 ―コロナ禍は、修学旅行の価値を再認識する機会にもなりました。そもそも修学旅行が始まった経緯についてお聞かせください。

 竹内 修学旅行は、1886年(明治19年)に東京師範学校(現・筑波大学)が実施した「長途遠足」が始まりといわれています。もともと遠足は兵士が隊列を作って行進する訓練として各学校に広がっていきましたが、東京師範学校では11泊12日という行程の途中で鉱物や貝類の観察・採取、遺跡の見学などを行うこととしました。つまり、修学旅行というのは行軍訓練に学びの要素を付け加えて始まったものといえます。

 岩瀬 最初は、参加した生徒の体を鍛えると同時に頭も鍛えようという、明治時代の富国強兵政策に沿ったものでした。ですが、非常に成果があったということで、翌年には当時の文部省が「修学旅行」という名称を使っており、3年後には山梨にあった女子師範学校でも実施するようになりました。ただし、その後、日本全体が軍国主義に傾いて国威発揚に結びついていった悲しい歴史もあります。

 ―その後、終戦を経て学習指導要領にどのように組み込まれたのでしょうか。

 岩瀬 戦後、修学旅行を熱望する声が多く上がり、いち早く復興しました。しかし交通事情の悪さや瀬戸内海の連絡船の沈没事故で約100名の生徒が亡くなるなどの事故が相次ぎ、その意義を問う声が広まる中で、当時の文部省が修学旅行協議会を立ち上げて検討する事態に発展しました。そこで修学旅行は教育的意義が高いという結論になり、昭和33年の学習指導要領では教育課程の一環として位置付けられることになりました。
 すなわち、修学旅行はあくまでも学習活動の一つとして実施されるものなのですが、先生はそのように認識していても保護者は知らない人が多い。ですから、コロナ禍で授業も満足に行えないときに「思い出づくりのためなら、何もこの時期に行かせる必要はない」といった誤解も生まれたんですね。

 竹内 おっしゃる通り、修学旅行は学習指導要領を踏まえて実施する必要があります。例えば今回の学習指導要領改訂では、高校で「総合的な探究の時間」が新設され、それ以外にも「探究」という名称が付いた科目が6つもできるなど、探究が教育課程の大きな柱になっています。そこでは、生徒が探究活動を通して自分で課題を解決する方策が求められていますが、学校の中だけで探究活動を行うのはなかなか難しい。したがって、修学旅行を探究学習の機会として利用する学校が増えているのです。

「探究」重視で変わる修学旅行のあり方~教科横断的な学びの場に~

 ―修学旅行は教育課程上の特別活動であり授業として位置付けられているものの、その認識に誤解があった。学校としても「探究」というキーワードができ、修学旅行を授業の一環として進めやすくなったといえますね。

 岩瀬 現行の学習指導要領では、主体的・対話的で深い学びや、個別最適化かつ協働的な学びを展開することがうたわれています。実はこうした学びを全てできるのが修学旅行であり、学校もそうした視点で取り組んでもらいたいと思っています。何よりも、修学旅行は、本物を見て五感で感じることができるのがよさ。亜熱帯という気候は教室で習っていても、沖縄に行って初めて肌で体験できるものですよね。

 竹内 オンラインのよさもありますが、現地の匂いや風を感じないと、本当にそれを体験したことにはなりません。実体験できる、それこそが修学旅行の最大の魅力です。

 ―新型コロナウイルスの影響で、多くの学校活動が制限された中での「思い出づくり」から、「学びの旅」としての修学旅行への認識が広がっているように感じます。中学校と高校、それぞれどのように変化していますか。

 岩瀬 確かに思い出づくりという側面もありますが、学校にとっては副次的なものと捉えています。それでも、中学校の現場ではコロナ禍以前にも教科学習優先でなかなか時間が取れない時期がありましたが、ここに来てようやく事前学習、現地での学習、事後学習を体系的にやっていこうという動きに変わってきました。その点でも「探究」の重視によって、本来は特別活動である修学旅行を「総合的な学習の時間」や他の教科と組み合わせしやすくなったといえるでしょう。

 竹内 高校の場合も、「特別活動」と「総合的な学習の時間」をはっきりと区別することが求められていたため、事前・事後学習はホームルームや放課後を使うしかありませんでした。しかし、体験学習を重視する「総合的な探究の時間」に変わったことで、修学旅行で行う体験活動と重なるようになり、学習指導要領の解説でもその機会として例示されるようになりました。つまり、学校としても大手を振って修学旅行を授業に活用できるようになった。そのため、事後学習一つとっても発表から新しい課題が浮かび上がり、それが振り返りとなって次の探究学習につながっていくようなサイクルが描けるようになりました。

教科で培った知識を確認する貴重な機会に

 ―修学旅行ではどのような学習効果が期待できますか。

 竹内 今、学校ではいじめや不登校などが増え、人間関係をどう形成していくかが大きな課題になっています。仲間と一緒に何泊も過ごした経験がない生徒が多くなっている中で、修学旅行はより濃密な人間関係を築いたり、集団の中でどのように行動するべきかを学んだりできる機会として重要になっていると考えます。もう一つは、各教科で培った知識を駆使しながら自分なりの課題を追究する場になることです。例えば、現地の人と会話したり、交流したりすることによって自分の価値観を捉え直すことができるのは生徒にとっては大きなチャンスで、座学では得られないさまざまな学びが手に入るのが修学旅行の学習効果だと思います。

 岩瀬 中学校も基本的には同じです。学習効果でいえば、「国語で学んだ俳句や短歌はこういう風景を詠んだものなのか」と実感するとか、社会科なら奈良の大仏の大きさを実際に見て把握するとか、英語力を海外からの観光客と会話して試してみるなど、教科で学習したことを確認する機会になることが挙げられます。つまり、それぞれの教科学習の集大成といった意義も、修学旅行にはあるんですね。

行き先や内容にもっと多様性があってもいい

 ―今後の修学旅行実施にあたってどのような課題がありますか。

 竹内 対話的な学びや非日常的な体験ができることから、コロナ禍前に増えていた農山漁村での民泊は激減してしまいました。学校が修学旅行を再開して宿泊したいと思っても、民泊は高齢者が担っている場合が大半のため、おいそれと再開できない事情があり、この点をどうするかは大きな課題になっています。また、東京都の公立中学校の9割は京都・奈良に行きますが、その理由の多くは前年を踏襲しているからなのです。せっかくコロナ禍で修学旅行の価値が問い直されているわけですから、その意義を大切に考えて、行き先や内容まで検討してほしい。もっと多様性があってしかるべきだと思いますね。

 岩瀬 学校として、自分たちの生徒にどういう力を付けさせたいのか、そのためにはどういった場所が適しているのか、何をするべきかといった議論をきちんと積み重ねる必要があると感じています。コロナ禍の中で、よかったと思うのは、文科省が改めて修学旅行の大事さを訴えてくれて、修学旅行はどの時代の誰もが経験している大切な日本文化の一つであることを再評価する動きが起こったことです。そして、学校だけでなく、多くの組織や機関の人々がいて初めて成り立っている行事であることを、実感する機会になったことだと考えています。

 ―最後に学校現場に向けてメッセージをお願いします。

 岩瀬 私自身は教員生活の中で、「教育は一瞬にして永遠である」を常に教育信条にしてきました。まさにコロナ禍の先生方は、一瞬一瞬に大変な思いをしてきたと想像します。でも、決して永遠にそれが続くわけではなく、努力は必ず報われるものです。めげずに頑張ってほしいと思うと同時に、その努力に感謝したいと思います。
 竹内 何より、生徒が学校生活の中で一番楽しみにし、貴重な学びの機会でもあるのが修学旅行です。そのことを踏まえ、学校にさまざまな課題が持ち上がる中でも続けていってほしい。我々も一生懸命に応援をしていきたいと思っています。


岩瀬 正司 全国修学旅行研究協会理事長
 東京都公立中学校教諭、東京都公立中学校校長、中野区教育委員会指導室長、全日本中学校長会会長などを歴任。財団法人日本中学校体育連盟会長、中央教育審議会臨時委員を経て現職。


竹内 秀一 日本修学旅行協会理事長
 神奈川県立高等学校教諭、東京都立高等学校教諭、都立高等学校副校長、都立高等学校長を歴任。東京都歴史教育研究会会長。全国歴史教育研究協議会副会長を経て現職。

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