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探究する力を育む「発信地で発信者に聴く」次世代へつなぎ、自ら発信をする旅へ

10面記事

企画特集

水俣で講演を聴き、質問をする生徒

豊かな人生を歩める人になるために

 田園調布学園中等部・高等部(東京都・世田谷区)は1997年以来、「行事と学習をつなぐ」探究型の旅行を実施してきた。この旅行のきっかけや今後の展望について、兼子尚美教頭と山田智之教諭(宿泊行事プロジェクトリーダー)のお二人から、事前・事後学習、現地での体験を通じて得られる旅行の意味や生徒の変化について話を聞いた。

探究学習の先駆けとしての学習体験旅行
 同校では、これからの社会で自分らしく生きていくための「必要な力」と、その「土台となる姿勢」を学校ルーブリックに示している。中高の6年間で、各学年における到達目標を設け、高等部では自ら課題を設定し、問いを立てる力を育むことに重点を置いている。
 高等部で実施してきた西九州(鹿児島・熊本・長崎・佐賀)を巡る5泊6日の学習体験旅行は、「国際関係」「環境」「共生」「平和」についての理解を深め、自身の考えをまとめるにあたり、さまざまな面から生徒へ働きかける教科横断型の事前・事後学習を実施している。

現地での体験を生かすための事前学習
 同校の修学旅行では、訪れる場所で現地の方からのお話を聴く時間を設けていることが特徴だ。その準備のため、「事前学習では1年間を通して関連する内容を取り上げ、現地に行ったときに、その話が何を意味しているか、つながるように意識している」と山田教諭。国語では旅行先に関連した三つの小説を教材にしている。『苦海浄土~わが水俣病』(石牟礼道子著)、『祭りの場』(林京子著)、薩摩焼の陶工・沈壽官をモデルにした『故郷忘じがたく候』(司馬遼太郎著)だ。旅行が始まった頃は、石牟礼氏、林氏から話を聴いた。また、『故郷忘じがたく候』の主人公、沈氏については、現在も現地で15代の話を聴く。「相互理解よりも『相互許容』の姿勢で異文化と向き合うことが大切だという言葉が特に心に残りました」と感想を述べた生徒もいるなど、「学校で学んだことが現地で聴く話や体験につながっていくことを実感できるため、自分の中での重みが変わってくる」と兼子教頭は振り返る。社会科では水俣病の経過や現在の状況、長崎の原爆および核の歴史を取り上げている。理科では放射線が人体に与える影響、水銀が人体に取り込まれる際の生物濃縮の影響について、英語では二重被爆の教材などを扱っているという。これらを教科書に記載された「言葉」として過去の出来事で終わらせるのではなく、現在も続いている取り組むべき課題であるという視点で伝える。

課題は個々の発信力を高めること
 ルーブリックの中でも、特に「対話する力」「多様性を認める姿勢」「社会にはたらきかける姿勢」を身に付ける場として宿泊行事を捉えている。自主研修コースの作成では班員同士での対話や連携、主体的に他者と関わりながら行動する姿勢も随所で見られる。事後学習では、課題を分析・考察し、自分に何ができるかを考え、意見文としてまとめる取り組みを行っている。また、兼子教頭はさらに個々における発信力を高めることができるのではと考えている。
 「例えば、長崎では高校生による平和大使の活動に触れる時間を設けているが、事前にオンラインでの交流によって同世代同士で話す機会を作ることなどができれば、そこで得られた刺激を基に、現地でより深い対話ができるようになるのではないか」と意欲を見せる。山田教諭は「コロナ期に進んだオンラインの手法を有効に活用できれば、その分現地で交流の時間を増やし、プログラムにより厚みをもたせることができるかもしれない」と新たな可能性に期待をかける。

自分だけの何かを掴み取った生徒も
 水俣地区での環境プログラムに共感したことなどをきっかけに、新聞記者やNPO法人へとキャリアを進める生徒も現れるなど、この旅行から自分だけの何かを掴み取った生徒たちの変化や成長の軌跡も感じている。同校では来年度から旅行を高等部2年での実施とする。長い旅行期間の中で、生徒一人一人が余裕をもって探究できる時間を作り、行程の一部で選択制を取り入れることとした。旅行の時期を後にしたことで、事前学習に充てられる時間も増える。「生徒の興味関心をより一層高め、自身の学びを深く掘り下げていく機会にしていきたい」と兼子教頭。アフターコロナを迎え、「発信地で発信者に聴く」旅はもう一段スケールアップしそうだ。


左から兼子尚美教頭、山田智之教諭

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