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「探究力」を育む、新しい理科教育

8面記事

企画特集

 これからの日本に必要な教育は、正解するための学びではなく、自ら課題を発見し、解決していく力を育むことにある。自然の事物や現象についての実感を伴った理解を図り、科学的な見方や考え方を養う「理科教育」には、そうした子どもの発想が起点になった課題解決に向かう力を培っていける魅力がある。ここでは、そんな「探究する力」を育む、新しい理科教育のかたちを紹介する。

自然の事物・現象を科学的に探究する力を

AIやロボットを「使う側」の育成が必要
 社会とテクノロジーの関係がますます密接になっていく中で、学校教育では学びを「より学際的で、創造的社会的な学び」へとシフトさせていくため、理数教育に創造性教育を加えた理念STEAM教育を取り入れていくことが期待されている。
 第4次産業革命といわれる急速な技術の進展により社会が激しく変化し、多様な課題が生じている今日においては、文系・理系といった枠にとらわれず、さまざまな情報を活用しながら、課題の発見・解決や社会的な価値の創造に結び付けていく資質・能力の育成が求められているからだ。すなわち、AIやロボットに「使われる側」ではなく、賢く「使う側」の人間を育成することである。
 世界の教育現場においても、そのためのベースとしてテクノロジー(EdTech)を活用することが潮流になっている。個別最適化学習やeラーニングシステムなどのサービスで先陣を切るアメリカは、すでに「STEM教育5カ年計画」により、高校卒業までの間でSTEM分野の経験を持つ若者を毎年50%増加させている。中国では2017年からSTEAM教育を義務教育の課程内に盛り込んでいるほか、イスラエルでも幼少期から高校卒業後まで一貫してSTEAM教育を実施し、能力開発の機会を創出している。

文理分断と理系離れが進む日本
 しかし、日本ではそれ以前に、年齢が上がるほど文理分断が進み、理系離れが深刻化していることが課題になっている。「国際数学・理科教育動向調査」の結果を見ても、数学や理科を使うことが含まれる職業につきたい児童生徒の割合は引き続き低く、大学など高等教育機関に入学した学生のうち、STEM分野に占める女性の割合はOECD加盟国中で最低とジェンダーによる偏りも大きいままだ。
 とりわけ、わが国が国際競争力を高めていくために不可欠な「新しい価値を創造する力」に向けては、その力を引き出すための人的・物的環境の整備を含めた学校教育の質的転換を図っていかなければならない。また、教育課程自体も、理工系の知識に長けたSTEAM人材を育成するために、テクノロジーや工学的な視点に立ち、問いを立てて、道具やテクノロジーを活かして解決していくプロセスを重視することが必要になっている。

プロセスを通して身に付ける「探究力」
 そのため、文科省も「学校教育におけるSTEAM教育等の教科等横断的な学習の推進」を提唱し、各地の学校の取り組みや関連リソースの発掘・⾒える化に力を注いでいるところだ。今のところ、STEAM教育は高等学校における教科横断的な学習の中で重点的に取り組むべきものとなるが、その土台として、幼児期からのものづくり体験や科学的な体験の充実、小中学校での各教科等における探究的な学習、プログラミング教育など、子どもの「なぜ?」「どうして?」を引き出す学びを実現していくことが重要になっている。
 したがって、理科教育においても「観察・実験」という直接体験だけで終わるのではなく、そこで得た結果を比較・検証したり、情報を共有したりする場面でICTを活用することが多くなっている。そこでは、仮説を立てる力、それを確かめる方法を考える力、数値化して検証する力、まとめ・発表する力といったものが必要になり、その学習過程(プロセス)を通して子どもの探究する力を育もうとしているのだ。
 だが、そうしたプロセスを実行して学びを深めていくためには、理数系の学びを中心に多様な知識を活用したり、創造性を働かせたりしなければならない。つまり、それこそがSTEAM教育が目指しているものであるといえる。なぜなら、このような能力は実社会での課題解決力にもつながるものであり、急速な技術の進展に対応できる人材を育成するためにも必要だからだ。
 加えて、理科でICTを活用するメリットは、リアルタイムでは見られない自然の様子や教室では難しい実験などが容易に見られること。短時間でたくさんの情報を集められることなどが挙げられる。限られた時間の中で、よりよい推考を図り、自分の考えをまとめる技術も、これからの時代には欠かせないスキルになる。

知識や技能を活用していく力を育成する
 新学習指導要領において、自然の事物・現象を科学的に探究する活動がより一層重視される中で、昨年の全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)で4年ぶりに実施された「理科」でも、実験や観察を取り入れた設問を増やし、主体的に問題を解決する思考力を重視する内容になっている。
 例えば小学6年では、実験・観察などの過程や結果を適切に記録することができるかどうかをみる。自然の事物・現象に働きかけることで得られたさまざまな情報について、要因や根拠を見いだすことや、観察・実験などの結果について、その傾向を見いだしたり、考察したりすることができるかどうかを問う問題。中学3年では、日常生活や社会の文脈における事象の中から問題を見いだして課題を設定し、探究の過程を通して課題を解決することを主眼とした問いが出題されている。
 だが、中学校の「理科」では平均正答率が5割にとどまり、考え方の妥当性や実験の計画が適切か考察する力などに課題が見られたのも事実だ。それだけに、「現象を科学的に説明する」「科学的探究を評価して計画する」「データと証拠を科学的に解釈する」といったPISA調査でも重視する科学的リテラシーを高め、身に付けてきた知識や技能を課題に対して活用していく力を育成していく必要がある。

産学連携のSTEAM学習機会を増やす
 日本でも、SSH校では化学的内容を扱いながら現実世界での課題解決を図ることを研究テーマにするなど、STEAM教育につながる内容が多くなっている。また、経済産業省の「未来の教室」が運営する『STEAMライブラリー』などに掲載されているコンテンツを利用し、STEAM教育を実践する学校も現れている。例えば、神戸市立布引中学校では、理科の時間に「プラスチックごみと海洋汚染」を視聴し、地元海岸でのフィールドワークを通じてごみ問題へ関心を高める、教科横断型の探究学習を取り入れている。
 兵庫県では文理融合型のカリキュラムを開発し、全県展開するためのSTEAM教育モデルを作成することを目的に、2020年度から県立高等学校3校で実践を始めている。モデル校の専用教室には、各種ICT機器に加えて3Dプリンターやドローン、ヒューマンロボットなども配備。企業からエンジニア等を派遣し、ICT・IoTを活用する授業などを行い、ビッグデータを活用したプロジェクト型授業や、ロボットプログラミングと芸術的自己表現を融合したカリキュラムの開発などに取り組んでいる。
 産業界にとっても、イノベーションを創出する次世代の人材育成は死活問題となることから、教育現場で使える教材の開発やワークショップの開催など、産学連携によるSTEAM学習の機会を積極的に打ち出すようになっている。学校としても、理科や数学の授業での学びを課題解決へと深化させるためには、実際に社会で使われている知識や技能に触れることが重要になるからで、今後はこうした社会に開かれた教育課程を取り入れる体制づくりも大事なポイントになるだろう。

STEAM教育の第一歩は理科から
 STEAM教育の第一歩は、答えをいわず、考えさせること。その意味でも、自然の事物・現象を足がかりに「なぜ?」という興味関心を誘発し、「発見」や「気づき」につなげる理科は、探究への意欲を引き出すのにもってこいの教科といえる。そして、それを課題解決につなげる力に変えるのが、各教科で得た知識や技能を応用することであり、加えてその思考を生み出し、表現力へと変えていくのがICT活用である。そのためにも、教員の授業スタイルをティーチングからコーチングへと転換することが求められているのだ。

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