「小さな助け合い」テーマに学校単位で作品応募を 全国信用組合中央協会がエッセー・作文募集
18面記事
昨年の表彰式で受賞作文を朗読する俳優の桜井日奈子さん
1人で生きていないという「気づき」を
全国の信用組合で構成する一般社団法人全国信用組合中央協会(全信中協)が毎年主催している、懸賞作文「小さな助け合いの物語賞」(以下 物語賞)の2025年度の募集が始まった(後援=文部科学省、金融庁、金融経済教育推進機構)。今回で16回目の開催となる。全信中協では学校単位で、助け合いや相互扶助についてつづる児童、生徒たちの作品応募を呼びかけている。
相互扶助の理念から創設
作文は「誰かに助けてもらった感謝の気持ち」や「助けたことで得られた豊かな心」など、実際の体験を基にした「小さな助け合い」がテーマとなる。字数は800字以上1200字以内だが、家族や知人、同僚などの身近な関係での助け合いは対象外。
団体応募の中で最も作品数が多かった学校が「徳育奨励賞」として表彰される。
全信中協は、信用組合の相互扶助の理念や、助け合いの大切さを多くの人たちに理解してもらおうと、2010年度から物語賞を創設した。
作品提出に当たっては、「個人応募」と学校など教育機関による「団体応募」に分かれる。
応募作品は厳正な審査の上、「個人応募」では、最優秀賞の「しんくみ大賞」1編(賞状・副賞商品券20万円分)、優秀賞の「しんくみきずな賞」1編(賞状・副賞商品券10万円分)、18歳以下に贈られる「未来応援賞」2編(賞状・副賞図書カード5万円分)、「ハートウォーミング賞」最大15編(賞状・副賞商品券1万円分)がそれぞれ決まる。
一方、「団体応募」では、提出された作品数が最も多い学校が「徳育奨励賞」として選ばれ、参加賞としてクリアファイルが贈られる。
受賞が自己肯定感に
「徳育奨励賞」は第14回から始まったもので、これまで同賞に輝いたのは福岡県立筑紫高校(第14回)、新潟市立巻東中学校(第15回)の2校。
昨年度の受賞校の巻東中学校は、新潟市の東部に位置し、生徒数は約300人。1、2年生(当時)の計103人がそれぞれの「小さな助け合い」の物語を紡いだ。
全信中協への応募作業を担当したのは、国語科教師の小林直美先生。教師歴40年のベテランで、一度退職し、再任用で巻東中学校に赴任した。
「徳育奨励賞」に決まった直後、小林先生は「このような300人規模の学校がまさか、賞を取れたことに正直驚きました。ただ、私たちの指導というよりは子どもたちが一生懸命にがんばった結果の賞です」と素直に喜びを語った。
「徳育奨励賞をもらったよ。表彰されるんだよ」と授業で生徒たちに伝えると、歓声がわき起こった。小林先生は目の前の生徒たちの姿を見て「生徒たちの自己肯定感が上がった感じがしました」。生徒からは「みんなで協力するって、大事なことだね」などの声が出たという。
右から筑紫高等学校 瀨尾博栄校長(当時)、全国信用組合中央協会代表職員 阿部真也
作文通じ地域の支えを実感
小林先生によると「小さな助け合いの物語賞」は、毎年の夏休みの自由課題の一つとしてあり、その中から生徒たちが自主的に選択し、応募した。作品の多くは、巻東中学校のある巻地区の住民とのふれあいの中から生まれた物語だった。
小林先生は「生徒たちの作文を通して、生徒と地域との心の交流を見ることができました」とした上で「その一人一人の姿から、学校は地域に支えられていることをあらためて実感しました」と振り返る。
「徳育奨励賞」を受賞した後、生徒たちに何かしらの変化があったかと尋ねると、小林先生は「作文の際に、『理由や根拠』を示して書ける、書こうとする生徒が増えてきたと感じます」と、伝わりやすい文章を書くための技術が少しずつ身についてきているのではないか、との手応えを感じていた。
さらに、巻地区でのサークル活動が始まったことで、生徒たちが「地域の方々から学ぶことが増え、地域に目を向ける機会が多くなったようです。多くの生徒から、地域の方々から学ぶことは楽しい、という声が届いています」。作文を通して地域とのつながりが深化しているようだ。
ドラマチックに書く
「小さな助け合いの物語賞」への応募に当たって、小林先生は次のようなアドバイスを教えてくれた。実際、国語の授業で、生徒たちにいずれも声がけをしていることだという。
・地域社会を支えている人たちに目を向けること。地域の方々に支えられたり助けられたりしたことを思い出してみよう
・自分の言葉で、自分の感じたこと、考えたことを自由に書いてみよう
・小説家になったつもりでドラマチックに書いてみよう
小林先生は「『書く』ことは自分の考えを明確にする効果があると感じます」と強調。「中学生の段階では、客観的に考えること、論理的な思考、伝える力や表現力を養うことができると思います」と付け加えた。
この指摘は、文部科学省の中学校学習指導要領国語編にある「教科の目標」にほぼ合致するのではないか。
同要領によると、国語科は「言葉による見方・考え方を働かせ、言語活動を通して、国語で正確に理解し適切に表現する資質・能力を次の通り育成することを目指す」とある。
特に、
(1)社会生活に必要な国語について、その特質を理解し適切に使うことができるようにする
(2)社会生活における人との関わりの中で伝え合う力を高め、思考力や想像力を養う
―との育成の目標に対し、巻東中学校の「小さな助け合いの物語賞」への応募という実践が近づいていることを示しているといえるだろう。
小林先生は全信中協の懸賞作文について「生徒たちの視野を広げ、地域に目を向ける機会を与えてくれる、とても良い取り組みだと思います」と評価している。
第14回の受賞校で、出身校でもある、福岡県立筑紫高校の国語科教師・國友由美先生も「小さな助け合いの物語賞」について「テーマが生徒の表現力向上に必要な『外の世界を見る目』を養う最適な機会ではないか」と話す。
筑紫高校は2年生(当時)の382人が応募し、課題として提出させたという。
國友先生は「作文のテーマは書きやすいものだと思います」とした上で「募集要項にあります『身近な人を含まない』という縛りは、自分を支えてくれる多くの人々の存在に気づくきっかけとしても有効だと考えます」と指摘する。
さらに、作文を書くことの意義について、以下の三点を挙げた。自分の考えを整理する中で、論理的な思考力が高まること、二つ目は自分の考えを相手により伝わるように表現を工夫すること、最後に、書くための材料を探す中で、外界に対する関心が高まることだという。
全信中協の懸賞作文について國友先生に尋ねると「人と人との関係が希薄になりつつある現代社会で、人は1人で生きていない、多くの人の支えによって生きているのだという視点に気づかせる効果があると思います」との答えが返ってきた。
右から巻東中学校 髙橋敏明校長(当時)、巻信用組合 小杉正人理事長
情感豊かな表現力
俳優の桜井日奈子さんが、情感豊かな表現力で、最優秀賞の「しんくみ大賞」の作品などを読み上げると、会場は静粛に包まれた。これは、昨年10月中旬に都内で開催された、第15回表彰式での一コマだ。
表彰式には個人応募で「しんくみ大賞」を獲得した、栃木県の中学生、原口眞帆さんらが出席し、全信中協・柳沢祥二会長から表彰状を授与された。
信用組合のイメージキャラクターに就任した桜井さんはこの日、「しんくみ大賞」と「しんくみきずな賞」の受賞作文を朗読。読み終えると、来場者から大きな拍手がわき起こった。
桜井さんは「信用組合は、利益よりも地域の人や地域社会の発展を目標にした金融機関であることを知り、私もその力添えさせていただけるなら、という思いで、お受けしました」と笑顔で話していた
全信中協の懸賞作文の担当者は「相互扶助という信用組合の理念に加え、助け合いの大切さをさらに多くの人々に理解していただきたく2025年度も『小さな助け合いの物語賞』を実施します。奮って応募いただきますようお願いいたします」としている。
第16回の応募期間は2025年6月1日(日)~9月5日(金)。
応募特設サイト https://www.shinyokumiai.or.jp/kensho/oubo/
受賞作振り返り〝傾向と対策〟探る
多くの文章に触れ表現力の向上を
受賞者とその家族
今回の懸賞作文「小さな助け合い物語賞」では、応募にあたって、いくつかの条件が課されており、それらをクリアするための技術も求められるだろう。作文には「文章表現力を磨くために多くの良作(文章)に触れる必要がある」(筑紫高校・國友由美先生)ことから、主要な受賞作品を振り返り、作成にあたっての〝傾向と対策〟を探ってみた。
生まれる好意の連鎖
第15回の懸賞作文「小さな助け合い物語賞」の応募要項によると、作品字数は800字以上1200字以内で、テーマは「誰かに助けてもらったときの感謝の気持ち」や「助けたことで得られた豊かな心」などとなっている。ただ、助けたり助けられたりする体験は「家族や知人、同僚など身近な助け合いは、懸賞作文の対象外」という規定もある。
つまり、この懸賞作文では身近な人ではない他者との関わりの中で、限られた字数に自分の体験を基にした「小さな助け合い」を表現し、読み手の琴線に触れる「物語」になるよう工夫しなければいけない、という条件がある。
第15回最優秀賞の「しんくみ大賞」は、栃木県の中学生・原口眞帆さんの「声かけはエール」が受賞。原口さんが小学5年生の時、脳腫瘍が見つかり、手術、治療のために、9カ月の入院をし、そこで出会った大人たちとのふれあいをまとめた。
治療時は2021年。新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっており、面会は制限され、家族にも会えないという心細い入院生活を強いられた。そんな中、病院内での「お出かけ先」が、放射線治療を行う場であった。子どもは原口さんだけで、出会う患者はすべて大人だ。原口さんは「あと何回治療はあるの?一緒に頑張ろうね」などと、名前も知らない大人たちから笑顔で声をかけられ、とてもうれしく、勇気をもらったという。大人たちからの何げない言葉の数々により自分の「気持ちがどれだけ軽くなったか」と振り返った。「孤独になりがちな入院生活だったけど、コミュニケーションを取ることは、年代を超えて出来るのだ」と感じた。
原口さんは「助け合いって難しいことではなくて、声かけ一つで出来てしまうと思う」とあらためて気付く。病院で声をかけてもらった自分が退院後、あいさつや声かけを積極的に行い、「誰かのエール」になれるよう頑張りたい、と決意したという。
この作文では、入院という非日常的な環境ではありながら、病院内の声かけという身近な体験を自分なりに文章化し、最終的には「助けられる人は、助ける人になる」という好意の連鎖が生まれることを示したといえる。原口さんは現在、ボランティア活動に参加し、地域のイベントやお祭りを盛り上げている。将来は「今回の入院では、多くの人に助けられ、支えてもらいましたので、恩返しとして、だれかの助けになれるような仕事に就きたい」と抱負を語った。
「しんくみ大賞」受賞の原口眞帆さん
「ノーダイジョウブ」
「小さな助け合い物語賞」には、しんくみ大賞のほか、18歳以下で、「青少年を対象に、今後の人生のプラスとなるような出会いや助けを描いた作品」に贈られる「未来応援賞」がある。
第15回の同賞は、千葉県在住でスリランカ人のメニクプラ・メナーディ・ガヤツナさん(当時17歳)の「言葉を超えた優しさ」と、東京都の水野克大さん(当時18歳)の「ICカード」の2作品が選ばれた。
メナーディさんは小学5年生のとき、父親が暮らしていた日本に、スリランカから母親らとともに引っ越してきた。日本語がまだ身についていなかったメナーディさんに、父親が買い物を依頼。しかし、道に迷ってしまい、不安な気持ちを抱えながら泣きそうになっているところに、ある女性が「大丈夫?」と声をかけてくれた。メナーディさんは英語を交えながら、「ノーダイジョウブ」と伝え、女性は目的地まで一緒に行ってくれたという。
女性は、ボランティアで日本語を教えている人で、別れ際、メナーディさんに「何か困ったことがあったら電話してね。日本語の勉強頑張ってね」と小さな紙切れを渡した。昨年の表彰式でのあいさつでメナーディさんは「私は日本語があまり上手ではないのですが、そのような中で、助けてもらったことを作文にしました。自分も他の人を助けて、思いやりの心を持って生きていきたいです」と話した。
水野さんの「ICカード」は、小学生時代の体験を基にした作品だ。用事を急ぐ中、駅構内改札口でICカードの残高不足が分かり、あせって泣いてしまった水野さんに、中年女性が「どうしたの?なにに困っているの」と話しかけてくれた。事情を説明すると、その女性は自分のお金で千円分を、水野さんのICカードにチャージしてくれ、無事に改札を通過できたという。その後、水野さんが高校生になったある日、駅構内改札口に「立ちつくす少年」を見かけた。少年はチャージ残高不足で駅構内から出られない状態で、水野さんは少年に声をかけ500円玉を渡し、無事に通過を見届けた。
水野さんは作文の中で「お金は返さなくて良いよ。君の周りに困った人がいたら助けてあげて欲しい。そうしたら、私にお金を返したのと同じことだよ」と記した。
新潟市立巻東中学校の小林直美先生は、小さな助け合い物語賞について「身近ではない人の優しさに気づくきっかけになっていると思います」とした上で「生徒の視野を広げ、自分たちが支えられている地域に目を向ける機会を与えてくれる取り組みではないか」と述べ、身近ではない他者との関わりで生まれた「助け助けられる」という体験を再認識し、文章を通じ可視化する大切さを強調した。
過去の受賞作は、全国信用組合中央協会(全信中協)のホームページで読むことができる。