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環境教育は人材教育につながるストーリー

12面記事

企画特集

多摩市立連光寺小学校校長・全国小中学校環境教育研究会会長 關口寿也(せきぐち・としや)氏

環境問題“を”学ぶ教育から、環境問題“で”学ばせる教育へパラダイムシフトを
良質な自然体験が環境を捉える基準に

 持続可能な社会を作っていくためは、環境・エネルギーの課題について主体的に考え、行動する人材を育てることが重要だ。全国小中学校環境教育研究会の会長を務める關口寿也氏は、多摩市立連光寺小学校校長としても、総合的な学習の時間で環境・エネルギーをテーマに取り組み、子どもたちの柔軟な発想を大切にした「環境問題で学ぶ」教育を実践している。どうすれば子どもたちの環境への意識を深められるのか、学校や教員に求められる環境・エネルギー教育の姿勢などについて話を伺った。

本物を見る「良質な体験」を

 ―關口先生が校長を務める多摩市立連光寺小学校(以下=連光寺小)がユネスコスクールに登録されたのは平成23年。令和元年にはESD(持続可能な開発のための教育)の理念に基づいた取り組みを実践する学校としてESD大賞を受賞するなど環境・エネルギー教育に熱心です。取り組みのきっかけは?

 關口 平成14年に小中学校で総合的な学習の時間が始まりました。連光寺小は、校庭側は森で多摩川も徒歩圏内。すぐ近くの都立桜ヶ丘公園には当時、森林総合研究所の連光寺実験林や農業者大学校があるなど自然を舞台にした学習環境が整っていました。そこで先生たちが考えたカリキュラムが「環境」でした。環境問題を学ぶというより、恵まれた自然環境を味わおうというのがねらい。以来、自然体験を主とした総合的な学習の時間は本校の環境・エネルギー教育の柱です。
 校内ではヤギやウサギを飼育し、周辺にはヘビやタヌキの姿をちらほら見かけます。子どもたちは生き物と共に生きているという意識があって環境への関心が強く、優しい人に育っています。

 ―総合的な学習の時間は学年ごとに「ESDカレンダー」を作成して進めているようですが、これのコンセプトは?

 關口 ESDカレンダーの意義は、カリキュラムの継続です。その中で、現地に行って本物を見せることを重視しています。一昨年から4~6年生は社会科見学を「総合見学」とし、ESDに特化。昨年の6年生は水力発電所に行きました。

連光寺小では、学年ごとに「ESDカレンダー」を作成。すべての教科等の知見を活かして生活科・総合的な学習ができるように工夫

 ―リアルな体験で何が変わりますか?

 關口 実際に見たことで水力発電がどういった仕組みなのかをイメージできるので、再生可能エネルギーの学習をするとき学習内容がスッと頭に入ります。さらに、「巨大な施設を維持するのも、ダム湖の砂を除去するのも大変な労力が必要。それに見合った電力量を出していないとしたら水力発電は再生可能エネルギーっていえるの?」といった具体的な疑問も浮かぶ。これは実際に見てこそ持てる感覚で、そこがとても大事なんです。
 1年生の「身の周りの四季を感じよう」では、秋は桜ヶ丘公園でドングリを拾っておもちゃづくり。それでは飽き足らず、家族と出かけた先の公園でとっておきのドングリを拾ってきたりする子どももいました。そんなふうにして良質な自然体験が原体験になっていく。それが環境を捉える基準になるのです。

 ―「環境を捉える基準」になるとはどういうことでしょうか?

 關口 例えば「川」と聞いてイメージするのは、護岸工事で舗装されている川、湧き水がせせらぐ川、洗剤の泡だらけの川……人によっていろいろだと思います。「川=汚い」が基準だと、ゴミが浮いている川でも「そこそこきれい」と捉えるけれど、きれいな川が基準なら「こんなに汚いの?!マズくない?」と問題意識を持つはずです。

 ―「美しい=心地よい」という感覚が大事なのですね。

 關口 そうです。連光寺小では登校時、自主参加でゴミ拾いをしています。きっかけはコロナ禍でした。登校時、マスクのゴミが気になって私が拾い始めると子どもたちも行うように。ゴミを見て汚いと思ったら見過ごすのではなく、拾うという気持ちが出てきているのはうれしいことです。ある日、拾ったゴミを持ってきた子どもがこう言いました。「毎日ゴミ袋を1枚消費していることが気になっているんです」と。大人の私にはなかった発想です。子どもは環境への感度が大人より高く、真っすぐです。

登校時のゴミ拾いの様子は、毎週金曜日に学校HPに写真をアップ。自主参加でコロナ禍から続いている

 ―そこを引き出してあげたいですね。学校によっては環境資源が乏しいという悩みもありそうですが……。

 關口 たとえ大都会のビルの谷間の学校でも、電気やプラスチックなどは全国、全世界共通の課題。環境問題で学ぶことができますよ。

 ―自分は自然体験が少ないから、オリジナリティのある環境学習のプログラムを考えるのは苦手、という先生はどのように取り組めば良いでしょうか?

 關口 「混沌(こんとん)とした世の中をどうやって生き抜いていくかを考える」というESDの本来の目的に立ち返ってみれば、学ぶ素材は音楽でもICTでもいいと思うのです。大事なのは突き詰めていくこと。それと、子どもができそうなことを考えるのではなく、「君ならどうする?」と子どもに意思決定をさせながら学びを進めることです。「気づきを与える」というより、「これを見たあなたが何を感じるか」を大切に考えたいですね。

意思決定できる人間を環境教育で育む

 ―現在の環境・エネルギー教育の課題は?

 關口 環境・エネルギー教育はともすると、「地球温暖化や生物多様性が失われるとどうなるの?」など、調べて知ることから入りがちです。これは間違いではないのですが、調べれば調べるほど「温暖化を止めるのはもう無理かも」という無力感が漂って、環境問題に対してジレンマに陥ってしまう。それは、「環境問題を学ばせている」からなんですね。「環境問題を学ぶ教育」から「環境問題で学ぶ教育」へのパラダイムシフトが必要だと思います。
 「環境問題で学ぶ」というのは、環境問題を糸口に、これからの世の中をどういう社会にしたいのか、ひいては自分はどういう人間になりたいのかといった問いを子どもに持たせるということ。これが環境教育の本来のねらいであり、ESDの最終目標だと思っています。

 ―「環境問題から自分がどうあるべきかを考える」ということでしょうか?

 關口 そうです。昨今環境課題は複雑化し、一筋縄にはいかなくなっています。例えば5mm以下の微細なプラスチック粒子、マイクロプラスチックの問題。今のペースでプラスチックごみが海に流れ込み続けると、2050年には海洋プラスチックごみの総重量が魚の総重量を上回るとの予測が。だから「プラスチックごみは出さない方がいい」と学校で合意しても、コンビニやスーパーに行けばプラスチック包装の商品が山積みだし、プラスチックごみを分別リサイクルしても、その62%はサーマルリサイクル(燃やして燃料にする)されていることを知れば環境問題に対してジレンマに陥ってしまう。これまで学校で行われてきた、消費者教育のスタンスでは社会は変えられなくなっています。

 ―どうすれば良いでしょうか?

 關口 「アントレプレナーシップ」を育てる教育にヒントがあります。これは、例えば企業内で起業家のような行動を取り、新しい価値を生み出そうとする能力や姿勢のこと。これからの教員は、プラスチックリサイクル問題を是正するような政治家になりたい、起業してプラスチックリサイクルに取り組みたい、などと考えられる人材、社会の中で意思決定できる人間を育てることを意識しなければいけません。

 ―環境教育は人材教育に結びつくのですね。

 關口 環境問題は身近で誰もが抱える問題だから、世の中を良くするストーリーを描きやすいでしょう?SDGsの出発点は13番目の目標の「気候変動に具体的な対策を」です。課題はどんどん複雑化、抽象化、多様化していますが、それに対応し持続可能な社会を作っていくには、新しいアイデアや柔らかい発想を持った人間を育てていくことがますます必要になっていくと思います。

 ―ときには知識と経験が豊富な外部人材の力を借りることも必要でしょうか?

 關口 連光寺小の6年生の今年のテーマは「再生可能エネルギー」で、地熱発電協会の方を講師に迎えます。地熱発電協会の方とは、私が「エコプロ2022」で出会い、地熱発電は日本でポテンシャルが高いのになかなか普及しない理由の一つとして、送電網を作れないことがあると教えてもらいました。「それは調べても分からない情報!ぜひ子どもたちに話してほしい」とお願いして引き受けてくださった。これまで、建築士によるゼロエネ住宅の体験、エコプロ出展企業のSDGsの取り組みなど多くの外部人材と関わって学びを深めてきました。

 ―現場の人の声。インパクトがありますね。

 關口 地球温暖化対策を求める若者が中心となって活動するFFF(未来のための金曜日)が来てくれたときは、身近な高校生たちの話に子どもたちはくぎ付けでした。ネットで調べるのも大事ですが、専門家の知見に触れるのは、人材教育にも絶好の機会。今回は、送電会社を作りたい、送電・導電に関する法律を変えたいと思う子どもが現れるでしょうか。楽しみです。

まず教員が環境変動への危機感を

 ―全国小中学校環境教育研究会のこれからの活動は?

 關口 今年の全国大会では山梨の生物多様性センターの方に、地球温暖化による生物多様性の変化について話していただきます。発想の発端は1年生が育てているアサガオです。ここ2年ほど、花は咲いても実を結ばない。結実率を調べてみると、61・9%が全く結実しないか減少していました。高温障害によるこの現実よりもショッキングだったのは、この件に関する都内の校長先生へのアンケートへの回答率が50%だったことです。
 環境・エネルギー教育は、教員が身近な現象と温暖化をリンクさせ、「これはおかしい」という危機感を持つことが大事。それが子どもたちが自分ごととして環境問題に取り組む第一歩になります。今後も環境問題に関心を持つ子どもを育てる活動を進めていきたいと思います。

高温障害によって子房がふくらまず、結実しなかったアサガオ

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