教育現場のカスタマー・ハラスメントの現状と今後の対応方針
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近年、社会問題として注目されるようになった「カスタマー・ハラスメント」。企業や行政にとどまらず、教育現場でも保護者や地域からの過度な要求や不当な言動への対応が、学校運営における大きな課題となっています。
社会環境が多様化し複雑化するなか、教育現場で発生するカスタマー・ハラスメントは学校だけで解決できる問題ではありません。こうした状況を踏まえ、専門家と連携しながら学校を支援する体制づくりが全国で進み始めています。
教育現場におけるカスタマー・ハラスメントとは
教育現場におけるカスタマー・ハラスメントとは、学校や教職員に対する要望や言動が社会通念を大きく逸脱し、「著しい迷惑行為として勤務環境を害する」状態にまで至ることです。
特に、保護者からの要求が度を超えた言動へと発展するケースが問題視されています。
カスタマー・ハラスメント行為の例
教育現場で想定されるカスタマー・ハラスメント行為には、一般的に次のような例が挙げられます。
▽カスタマー・ハラスメント行為の例
・身体的・精神的な攻撃
・威圧的・差別的で執拗な言動
・不当な謝罪要求
・個人への攻撃や嫌がらせ など
長時間にわたる叱責や暴言などで恐怖や負担を与えたり、明確な根拠がないにもかかわらず教職員に対して過度な謝罪や説明を求めたりするケースが考えられます。
出典:政府広報オンライン『カスハラとは?法改正により義務化されるカスハラ対策の内容やカスハラ加害者とならないためのポイントをご紹介』
発生しやすい原因と背景
教育現場でのカスタマー・ハラスメントが増加する背景には、社会の変化があります。保護者も教職員も多忙化するなかでコミュニケーションが十分に取れず、学校の実態が見えにくいという状況が生まれています。
また、価値観の多様化により学校に求められる内容が高度化していることも大きな要因です。近年は、外国籍の児童・生徒や保護者も増え、言語・文化の違いにより認識や期待にズレが生じるケースもあります。
さらに、いじめや不登校といった解決が難しい問題が複雑化し、学校への期待が過度に高まっている側面も否定できません。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の普及によって誹謗中傷や不適切な投稿の拡散など、新たなリスクも発生しています。
出典:東京都教育委員会『学校と家庭・地域とのより良好な関係づくりに係る有識者会議資料』
教育現場におけるカスタマー・ハラスメントの影響
著しい迷惑行為を受けた人が抱える心身の負担は、決して軽いものではありません。
令和5年度の厚生労働省『職場のハラスメントに関する実態調査』によると、顧客等からの著しい迷惑行為を受けたことによる心身への影響として、次のような結果が出ています。
・「怒りや不満、不安などを感じた」63.8%
・「仕事に対する意欲が減退した」46.1%
・「眠れなくなった」16.7%
・「通院したり服薬したりした」3.8%
これらの結果を見れば、カスタマー・ハラスメントにより強いストレスや精神的ダメージが引き起こされるのは明らかです。
教育現場では、こうした精神的負担が教職員のメンタルヘルス悪化につながるだけでなく、過度な要求への対応によって授業の中断や校務に支障を生じさせるリスクもあります。教職員の負担が増えることは教育の質の低下につながり、結果として子どもたちの安心や学びの場にも悪影響を及ぼします。
出典:厚生労働省『職場のハラスメントに関する実態調査』
教職員を守るための組織的な取り組み
保護者からの過剰な苦情や不当な要求への対応は、文部科学省も「教育現場の働き方改革」の重要項目の一つとして位置付けています。学校だけでは対応が難しいケースも多く、教育委員会が責任を持って対応する体制づくりが不可欠です。
具体的には、保護者からの苦情・不当要求に直接応じる相談窓口の設置、弁護士といった専門家を活用できる環境整備などが進んでいます。学校任せにせず、苦情対応を組織的に担う仕組みを整え、教職員を守るための体制づくりが求められています。
出典:文部科学省『公立学校の教育職員の業務量の適切な管理その他教育職員の服務を監督する教育委員会が教育職員の健康及び福祉の確保を図るために講ずべき措置に関する指針』
教育現場を支えるカスタマー・ハラスメント対応方針の策定
各都道府県や指定都市の教育委員会では、過剰な苦情や不当な要求への適切な対応を目指し、マニュアルやガイドラインの整備を進めています。
東京都では、令和7年11月に『学校と家庭・地域とのより良好な関係づくりに係るガイドライン』の骨子案を公表し、教育現場を守るための具体的な方針づくりに着手しました。
これまで、カスタマー・ハラスメントに対する教育現場の対応には明確なルールが存在していなかったことから、今回新たに具体的な対応基準を設定しています。
▽主な内容
・面談は原則複数の教員で対応し、5回目以降は弁護士が代理して単独対応
・面談時間は平日放課後に30分まで(状況により1時間まで延長可)
・電話録音と面談時の録音(例:ICレコーダー)を必須化
・暴言・暴力・居座りなどの迷惑行為があれば警察へ通報
・SNSへの誹謗中傷はプロバイダーを通じ削除要請
・ガイドライン内容の保護者への周知
事前にどのような対応を行うのかをルール化し、保護者や地域と共有することで、学校側の負担軽減だけでなく双方にとって良好な関係を築くことを目指しています。
出典:東京都教育委員会『学校と家庭・地域とのより良好な関係づくりに係るガイドラインの骨子(案)』
教職員が安心して働き、子どもが安心して学べる環境づくりに向けて
教育の現場では、教職員が安心して働き、子どもが安心して学べる環境づくりが重要です。個々の教職員に過度な負担をかけるのではなく、管理職や専門家と連携しながら組織的に対応できる仕組みを整えることが教育現場の持続的な改善につながります。
こうした体制の整備は、いじめや不登校といった大きな課題の解決に寄与する可能性もあります。学校・家庭・地域が情報や意識を共有し、互いを尊重し合うことは、過度な要求を防ぎ、信頼関係を築くための基盤の一つです。より良い教育環境の実現に向けて、社会全体で協力して取り組む姿勢が求められています。

