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コロナ時代に考えたい学校問題【第170回】

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論説・コラム

作品としての文章

 もの書きの宿命を考えた。私もこのような機会を得て毎日のように記事が配信されている。多いときは1日に数本の内容を編集担当へとメールで送る。一年半を過ぎて投稿は500本を越えた。平常心で媚びず繕わず率直な思いを言葉にしているが、選んだ言葉で本意が伝わっているかは自分では甚だ分からない。
 私の知人で、新聞記者時代に、広く読まれる本を書いた人がいた。入院先へ行くと最上級の個室にいた。彼は私にこう話した。「私は原稿用紙1枚で、この病室の入院費はお釣りが来るよ」であった。何を言いたいのか分からなかったが、すなわち、原稿用紙1枚分が20万円ほどすると言うことなのだろう。
 その相場が決まると計算が出来ることになるわけだ。
 先日もある作家の方に原稿を依頼したら1500文字で5万円ほどと言われて驚いたが、納得をした。まさに作品なのである。
 私はこうして文字を打ちながら自分の文章は作品なのだろうかと考えてしまった。文章が対価になるという感覚が私には足りない。しかし、そう考えない方が、私は私らしく技巧に走らないで済むので自然体でいられる。私は作家には向かないし、今のところやりたいとも思わない。そんな能力があるとも思ったことはない。
 国語の成績はいつも平均以下で、深く読みすぎて何が正解なのかは分からないし、面白いとは思えないからだ。しかし、書いている人物に会って話をすると興味は湧いてくる。そして思う。私ならこうは書かないし、この程度の人物が一端の作家と評される不思議さを感じてしまう。自戒したい。
(おおくぼ・としき 千葉県内で公立小学校の教諭、教頭、校長を経て定年退職。再任用で新任校長育成担当。元千葉県教委任用室長、元主席指導主事)

コロナ時代に考えたい学校問題