社会で通用する学びを実現する学校施設へ
11面記事
多様な学びのスタイルに応える空間設計や学校家具が求められている
近年、急速に変化する社会に対応できる人材を育成するため、学校教育では「主体的・対話的で深い学び」に資する教育を実施することや「実社会との接続性」を図ることが重要視されるようになっており、こうした学びを支える学校施設づくりや教育設備が求められている。そこで、成長分野となるDX人材を始めとした未来の担い手となる人材育成のための教育環境のあり方について整理した。
デジタル教育環境の整備
これからの予測困難な社会の中で力強く生き抜いていくためには、多様なスキルが求められる時代になっている。そのため、学校教育は単なる知識の習得にとどまらず、実社会で活用できる力を育む場として機能する必要があり、主体的に学ぶ力、論理的思考力と創造力、コミュニケーション能力と協働力などを重視した学びのあり方が模索されるようになっている。
こうした中で、それを支える教育設備の充実が不可欠となっており、次のような設備が求められている。一つは、デジタル教育環境の整備。オンライン学習やリモート講義が一般化しつつある現代において、デジタル教育環境の整備は必須である。電子黒板や学習者用端末、クラウド技術を活用した学習など、多様な学びを可能にする機器やソフトウェアを導入することで、教育の質を向上させることができる。また、その前提として普通教室には、1人1台端末に対応した可動式の教室用机・椅子(新JIS規格)の整備を積極的に推進していくことも不可欠だ。
実験・実習設備の拡充
実験・実習設備の拡充も欠かせない。理科や工学の学びを充実させるためには、実験室や工作スペースの整備が必要になる。例えば、3Dプリンターやロボットプログラミングキットなど、創造力を育むための設備を充実させることで、子どもが実践的なスキルを身につけることができる。
高校では将来の産業人材として必要なスキルと探究力を育成することを目指し、「DXハイスクール事業」や「STEAMラボ」といったハイスペックなICT実習機材を備えた教室づくりが進められている。生徒はこれらの機材を活用して課題解決型のプロジェクトに取り組んだり、デジタルなモノづくりが行われたりするようになっている。
加えて、理工学系大学も高校などとの連携を強化して、成長分野の担い手となるDX人材の育成につなげようとする動きが目立つようになっている。例えば愛知産業大学では、生成AIやロボットを用いた体験型学習支援、チャットボットを活用したアプリ開発支援、BIM演習による建築設計技術の習得支援など、多様なテーマに基づく探究活動を支援している。筑波大学も、高校生向けの出前授業や探究テーマ支援、教員研修の実施を通じて、文理横断的な探究的学びの質的向上を図っている。
こうした潮流は、小中学校においても波及することが予想されており、GIGAスクール構想で導入されたデジタル基盤を活かせる教育環境の充実が期待されている。
多様な学習スタイルに応える教室への改善
教育環境では、従来の一斉授業型の設えから、アクティブ・ラーニングなど多様な学習スタイルに応える教室への改善も必要になっている。そこでは、柔軟に机の配置を変更できる教室やグループワークに適した空間を整えることに加え、学校用家具にも静かに集中できる個別学習スペースや、議論を交えながら学ぶことができるファニチャーの導入が望まれている。また、学校全体を学びの場として捉え、教室だけでなく、廊下や階段、体育館、校庭などあらゆる空間を学びの場として活用することも提案されている。
例えば戸田市教育委員会(埼玉県)では、市内の公立小中学校において、課題解決型学習を推進するための教室環境整備を実施している。机や椅子は可動式で、グループワークやプレゼンテーションに応じて柔軟に配置変更が可能。加えて、個別学習に適した集中ブースや対話を促す円形テーブルなどのファニチャーを導入し、児童生徒の主体的な学びを支える空間づくりが進められている。
普連土学園中学校・高等学校(東京都港区)では、生徒の学び合いを促進するために「生徒ホール」の全面改修を行っている。改修にあたっては、有志の生徒が中心となり、議論や協働作業に適した家具の選定や空間設計を実施。個別学習スペースとグループ活動スペースが共存する、多様な学習スタイルに対応可能な環境が整備された。
教員の働きやすさを支える職場環境
教育設備の改善は、教員の職場環境の質向上にも広がりを見せている。教員がより効果的・効率的に授業の準備や研修、さまざまな校務を行うことができるよう、執務環境としてふさわしい基本的な機能を確保する必要がある。近年、教員の業務負担軽減と心身の健康保持を目的とした校務環境の見直しが進められており、職員室の機能や構造に対する関心が高まっているからだ。
その一例が、ペーパーレス化を前提としたフリーアドレスの導入である。従来の固定席から脱却し、共有スペースとしての職員室を再構築することで、教員同士の情報共有や協働が促進される。個人の作業に集中できる静音エリアと、打ち合わせや雑談が可能なオープンエリアを分ける設計も見られ、業務の性質に応じた柔軟な働き方が可能となっている。
また、教員専用ロッカーの設置、休憩室や更衣室の充実も重要な取り組みである。昼休みや空き時間に心身をリセットできる空間の整備は、教員のストレス軽減に寄与する。リクライニングチェアや簡易なカフェスペースなどを備えた休憩室は、職場における「癒し」の場として機能する。更衣室の整備は、体育や災害対応などで着替えが必要な場面において、教員の動線をスムーズにし、衛生面でも効果を発揮している。
文具の共有化も、校務効率化の一環として注目されている。個人で文具を管理する従来のスタイルから、必要な道具を共用棚から取り出す方式へと移行することで、備品の無駄を減らし、在庫管理の手間も軽減される。
これらの取り組みは、単なる設備投資ではなく、教員が安心して働き、子どもたちと向き合う時間を最大化するための環境づくりである。教育の質を高めるには、教員自身が健やかに、効率的に働ける職場が不可欠である。
教員の働く意識を高める職員室の改善も重要だ
社会課題への意識を拓く~学校施設のZEB化~
学校施設のあり方が問われる時代においては、社会的課題に対する「気づき」や「学び」を提供する空間としての役割も求められている。その象徴的な取り組みが、文科省が推進する学校施設のZEB化だ。
脱炭素化に貢献する学校施設として生まれ変わることは、子どもたちに環境問題への当事者意識を育てる教育的効果をもたらす。例えば、再生可能エネルギーを「見える化」するモニターの設置や、エネルギーの流れを学べる掲示・教材の整備によって、児童生徒は自らの学ぶ場が地球環境にどのような影響を与えているのかを日常的に実感することができる。これは、教室内の授業だけでは得がたい“体験型”の環境学習であり、持続可能な社会づくりの担い手を育てる上で極めて有効である。
ZEB化は一朝一夕で実現できるものではないが、学校施設における「脱炭素化」は今や避けては通れない道である。教員一人ひとりがこの流れを理解し、環境教育や施設運営において主体的に関わっていくことが求められている。持続可能な社会の実現に向け、学校施設は次代を担う子どもたちへの“学びの場”であると同時に、“未来へのメッセージ”としての役割も担っているからだ。
このように、社会で通用する学びを実現するためには、知識の習得だけでなく、主体的な学びや実社会とのつながりを重視した教育が不可欠となる。また、それを支える教育設備の充実も重要な要素となる。すなわち、デジタル技術を活用した教育環境の整備やアクティブ・ラーニング型の教室の導入、環境に配慮した学校施設づくりなど、学校全体の構造を見直しながら改革を進めることで、未来を担う人材を育成することができる。