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大学入学共通テストに挑む 「探究能力」をどう育てるか

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 高校の新学習指導要領や大学入試改革で注目を浴びているのが「探究学習」だ。複数の新科目で導入される他、入試では受験生の課題解決力を評価しようと各大学がポートフォリオの活用を探っている。生徒の探究能力をどう育てるか。さまざまな工夫が試みられている。

自己肯定力など 伸ばしたい八つの力示す
山梨県立吉田高校

 「今日の一品はハンゲショウです」
 山梨県立吉田高校で7月上旬にあった生物の授業。廣瀬志保教頭が生徒たちに見せたのは、この時期に小さな白い花を咲かせる半夏生という植物だ。花のすぐ下の葉が、同じように白くなることから半化粧とも呼ばれる。「なぜこの部分だけ白くなっていると思いますか」
 廣瀬教頭が毎回授業の冒頭で行っているのが「今日の一品」と呼ぶ取り組みだ。教科書で扱うタイミングや季節に合わせて生き物を選び、生徒たちに簡単な記録を取らせている。「普段から観察をさせることで、生き物のわずかな違いにも目が向くようになる」と廣瀬教頭。生き物を使った実験への抵抗感も減るという。
 廣瀬教頭は暗記学習に陥りがちな生物が、どうしたら主体的な学びに変わるのかを考えてきた。
 免疫の仕組みでは、まとめの時間で劇を取り入れ、細胞の働きの理解を確認した。生態系の学習では、専門家班に分かれてそれぞれの分野を調べた後、グループで発表するジグソー法を取り入れてきた。「発信力」を高めようと、調べた内容を基に新聞に600字程度の意見文の投稿もさせた。「教科書をなぞるだけでは思考力は育たない。疑問を持ち、自ら調べる習慣を付けてほしい」と廣瀬教頭は言う。
 吉田高校では、3年間を通じて生徒に身に付けさせたい力を「吉高GP(グラデュエーション・ポリシー)」として「傾聴力」「自己肯定力」「思考力」「発信力」など八つの形で示している。
 2年前から取り組みを始めた高保裕樹校長は「AI(人工知能)が発達し、グローバル化が進む時代を生きる上で必要な力と考えた」。
 教科だけでなく部活動や学校行事でも八つのうち、どの力を伸ばしたいのか指導計画に位置付け、生徒には振り返りで、どれだけ力が付いたのか自己評価を書かせている。
 吉高GPの中で高保校長が特に重視しているのは「自己肯定力」だ。
 山梨県では、2007(平成19)年度入試から全県一学区制を導入。吉田高校には地元中学校の学力上位層が集まり、進学実績も上がった。その一方で、入学後に自信を失う生徒の姿も目立つようになっていた。
 「成績評価だけでは、どうしても下位になった生徒の自信が失われてしまう。多面的に自分の成長を知ることで、もっと強みを伸ばそうという意識に変わってほしい」と高保校長。集計では8割以上の生徒の「自己肯定力」が高まるなど成果が表れているという。

6年一貫のカリキュラム、教科の枠超え
茨城県立並木中等教育学校

 今年3月、茨城県のつくば国際会議場。スーパーサイエンスハイスクール(SSH)指定校の茨城県立並木中等教育学校が成果報告会を開いた。
 壇上に立った生徒のグループの一つ、科学研究部の3人は、体の動きをデジタルで読み取り、再現する「モーションキャプチャー」の開発経緯を発表した。
 モーションキャプチャーは映像制作などの場面で広く使われているが、価格が高かったり、大きな機材が必要だったりして、誰もが使うにはハードルが高かった。3人は「気軽に利用できるモーションキャプチャーが欲しい」とセンサーと制御コンピュータを見直し、安価でコンパクトな機器の開発に成功した。
 その後に開かれたポスター発表では、科学や生物、情報や社会科学など、さまざまな分野の研究が報告された。ワークシートを手に聞きにやって来た生徒たちからも、研究方法に対する鋭い質問が飛んだ。
 2012(平成24)年度からSSHの指定を受けている同校のカリキュラムの特長が6年一貫した「探究力」の育成だ。前期課程(中学校相当)から総合的な学習の時間で「ミニ課題探究」を実施。学年ごとに世界の社会問題、身近な疑問、地域の社会問題をテーマに研究する。
 後期課程(高校相当)では学校設定科目「理数探究」を置き、ゼミ形式での研究に取り組む。卒業時にはA4で10ページ以上の研究論文の提出を求めている。SSH担当の吉村大介教諭は「良い結果を残すことよりも、問いを見つけて試行錯誤する過程を大切にさせている」。生徒たちには失敗経験を積むようにと伝えるという。
 数学の授業に理科を取り入れた「数理科学」も実施する。教科の枠を超えた科学教育が特長だ。2008年の開校からわずか11年で、難関大学の進学者数や「科学の甲子園大会」などのコンテストで実績を上げてきた。
 さらに論理力を鍛えようと取り入れているのが、他学年の生徒が教え合う「TO」(ティーチング・アザーズ)と呼ばれる学習法。教えるためには深く学ぶ必要があり、相手に伝えるには分かりやすく説明する必要がある。そのための工夫が、論理力や主体性を育てると考え、現在の中島博司校長が取り入れた。
 中島校長は「教師が教え過ぎては生徒の探究力は育たない。本気で明らかにしたいと思える疑問を持たせることによって、アクティブ・ラーナーを育てていきたい」と話す。

SDGsと関連付け研究 グローバル化を見据えて
石川県立金沢泉丘高校

 「私たちは石川県民の実践的な英語力をさらに高める必要があると考えました。オリンピック開催に伴う外国人観光客の増加と今後のグローバル化に向けて、次のような研究を進めたいと考えています」
 石川県立金沢泉丘高校で6月中旬にあった生徒のグループ研究の中間報告会。研究計画を説明する生徒たちに、教員が真剣なまなざしを送った。
 フィールドワークを交え地域の課題やグローバルな課題を1年間かけて研究する2年生の探究科目だ。英語力を研究テーマに取り上げたグループは今後、街頭アンケートで地元の人たちの英語に対する自信を調べ、校内で留学生や地域の人たちの交流イベントを開催したいと提案した。
 研究計画を聞いた江下光幸教諭は、生徒がSNSを使って交流イベントを知らせたい、と言ったのに対し「SNSは初めから関心を持っている人だけに届きがち。もっと多くの人に呼び掛ける方法を考えてほしい」などとアドバイスした。
 文科省のスーパーグローバルハイスクール(SGH)でもある金沢泉丘高校は普通科の生徒全員に3年間を通してSDGs(持続可能な開発目標)と関連付けた課題研究に取り組ませている。
 1年生には基礎的な研究スキルを身に付けさせようと、統計学とプレゼンテーションに関する科目を置く。さらに「公民」「理科」「情報」の3教科を融合した「思考基礎」(3単位)SGでは、各教科の教員がチーム・ティーチングで担当。実験の手法やデータ処理、情報モラルなどを扱う。SGH推進室長の石尾和彦教諭は「グローバル社会に必要な教養や科学的思考法を身に付けてほしい」と狙いを語る。
 2年生になると、海外研修を含むSGHコースの探究科目とローカル課題を研究する普通コースの探究科目に分かれ、それぞれ本格的に課題研究に取り組む。年度末に研究結果のプレゼン発表が開催され、3年では研究内容を英語で発表する。
 2年生の辻結衣さんは探究の授業について「自分にとっては難しいけれど楽しい時間。ここで身に付く考える力は、社会に出てから役立つと思う」と笑顔を見せる。
 探究的な学習の影響は生徒の進路にも表れている。もともと9割の生徒が国立大学への進学を志望してきたが、スーパーサイエンスハイスクール(SSH)とSGHの1期生を出した年、それぞれ東京大学合格者が大幅に増えた。大学入試が今後変わっても「これまで高めてきた生徒自身が問いを立て、解決しようとする力は、ますます重要になる」と石尾教諭は指摘する。

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