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新学習指導要領で注目される会計基礎教育とは

9面記事

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 2021年度に全面実施となる中学校新学習指導要領の社会科、そして22年度から始まる高等学校学習指導要領公民科「公共」「政治・経済」の解説において「会計」を扱うことが明記された。日本公認会計士協会はこのほど、会計に関する授業をサポートする教材を開発し、ウェブサイトに公開した。手塚正彦会長と、教材開発の協力者で、公民教育に詳しい栗原久・東洋大教授が、会計を学ぶことの意義や教材に込めた願い、想定される活用法について意見交換を行った。

日本公認会計士協会のこれまでの取り組み

 手塚 公認会計士は上場企業の監査証明を行う資格として戦後、制度化されました。近年はさまざまな企業や団体が監査を必要とするようになり、公認会計士の業務領域は広がってきています。監査以外にも企業の財務や経理部門、コンサルタント、社外役員、大学教員など、活躍の幅が広がってきました。現在、全国約3万2000人の公認会計士が活躍しています。
 日本公認会計士協会は、公認会計士を会員とし1949年に発足しました。全国に16の支部組織「地域会」を設置し、それぞれの地域会に所属する会員の資質向上、指導監督に努めています。
 社会貢献活動の一環として、2016年から会計基礎教育の推進に本格的に取り組み始めました。会計に関する知識は、生活スキルとしての収支計算から、企業の決算まで幅広いものです。財務や経理に関わる専門家だけが必要とするのではなく、社会のさまざまな場面や生活する上で有用なものです。
 個人の生活や、社会生活において会計の知識を持ち、会計が果たす役割を理解する「会計リテラシー」を身に付けてもらおうと、2005年から小・中学生向けの講座を開催してきました。また、2018年3月には、高等学校学習指導要領案に対するパブリックコメントにおいて、「公民」や「家庭」において会計の考え方を取り扱うよう意見を提出しています。
 今回、新学習指導要領の「解説」において、「会計情報の活用」が記載されたことを受け、学校の授業をサポートする新たな教材を開発しました。現場の先生方に活用していただきたいのですが、栗原先生、学校現場では今、会計はどのように捉えられているのでしょうか。

解説に加わった「会計」をどう教えるか

 栗原 新学習指導要領に基づいた新しい中学校の教科書については、本年6月・7月に展示会が行われたところです。高校の教科書は現在、各教科書会社が作成中です。現場としては実際に教科書を開いて初めて、新しく教える内容を意識するケースが多いので、「会計」を授業で取り上げる機運は、これから盛り上がっていくものと思われます。
 中学校社会科の新学習指導要領には、「B 私たちと経済(1)イ(ア)個人や企業の経済活動における役割と責任について多面的・多角的に考察し、表現すること」が示されました。これに関わって、「解説」では、適正な「会計情報」の提供や活用により、企業経営が成立することを理解させるよう求めています。
 高校で新たに設けられる必履修科目「公共」では、「B 自立した主体としてよりよい社会の形成に参画する私たち(3)主として経済に関わる事項」の中で、「企業会計」「会計情報」に触れながら、経営への関心を高める指導を工夫するよう書かれています。

 手塚 株式会社一つをとっても中高生には難しい内容です。「公認会計士による監査」などの仕組みが紹介されれば、子どもたちの理解も進むと思います。株式会社の仕組みや、公正な経営環境を理解する上では欠かせないキーワードですから。

 栗原 中学3年の限られた授業時数内で、どう扱うかがポイントになるでしょう。
 少し視点を変えると、生徒への「意識付け」の面では、授業以外の場面も大いに期待が持てます。中学・高校では部活動の部費を生徒が扱う機会があります。部員から部費を集めた後の会計処理や、年度の会計報告も必須でしょう。生徒会役員の中にも「会計」という役割は必ずあります。予算を立て、生徒総会で承認を得て、決算書をまとめ、会計監査を受ける、という手続きはごく自然に行われています。
 自分のお金ではなく「人のお金を預かる」のであれば、適正に使ったかどうかを確認し、明らかにする義務が生じるのだということを、生徒はすでに実体験として持っています。身近な活動と対比させながら、理解を促すことは可能です。
 「企業の会計も、自分たちがやっている活動の会計も、目的や考え方は同じなんだ」と気づかせることから始めてはどうでしょうか。

 手塚 生徒が自分たちの実践を通して、社会の仕組みを学べる。そんな着眼点もあるのですね。

ポイントは「説明責任」の概念の理解

 手塚 これまで日本では、公認会計士のような専門家以外の人たちが「会計について学ぶ」意識は、必ずしも高いとは言えませんでした。日本が成長期にあり経済が右肩上がりの時代には、社会全体に対する説明責任の意識がそれほど高くなかったかもしれません。しかし、現在は違います。企業には株主や社会全体への情報開示、説明責任が伴うのは常識となっています。
 中学や高校で「会計」を教える際には、「何事もお金を扱うことには説明責任が伴う」というアカウンタビリティ、つまり「報告すること」の理解から始めてほしいと思います。先ほどの部活動の例でいえば、集めたお金の計算を誤らないということも大切ですが、そもそも説明責任がなぜ発生するのか、なぜ報告をしなければならないのか、という点から出発してほしいのです。
 これは社会人になっても同じです。プロジェクトを任されたら、担当者は上司に説明をし、その上司がさらに経営者に説明し、経営者が社会にも説明をするという連鎖の上に企業活動が成立しているのです。会計と説明責任を合わせて中高生のうちから理解することは、将来の社会生活を送る上で有意義な学びになると考えます。
 会計理論や「簿記」にとらわれることなく、まずは「会計とはどのように活用されるのか」を子どもたちに分かりやすく伝えたいと考えています。
 弊会が設置する「会計基礎教育推進会議」では、2020年8月に「会計リテラシー・マップ」を作成しました。これは、会計に関する知識や理解が、日々の生活やさまざまな活動とどのように関連しているか、学校教育で扱われる教科内容と、どのような関連要素が含まれるかを整理したものです。幼児期から学齢期、成人期のすべてのライフステージにおいて、自らの行動を記録し、相手に報告する「アカウンタビリティ」の理解が会計リテラシーの土台になると位置づけています。また、金融経済教育とも関連付けて理解できるようになっています。

「会計」学ぶ機会をすべての子どもたちに
オリジナル教材で中学生も理解可能に

 手塚 新たに開発した教材は、生徒用教材、生徒用ワークシート、教員用教材の3種類です。弊会のウェブサイトに公開しましたので、まずはご覧になってみてください。

 栗原 今回の教材、ワークシートの特徴は、会計的なものの見方・考え方を分かりやすく示した点にあります。教科書で見る図と、その隣に会計的な視点から捉え直した図を、対比させて配置しました。
 例えば「株式会社の仕組みと企業の社会的責任」の項目では、教科書に掲載されるのは、株主と株式会社の資金の流れ、株主総会の位置づけなどです。ですが、それだけでは「社会的責任」の部分が分かりづらい。そこで、会計的な視点から捉え直した図を加えました。
 株主と経営者の関係を「アカウンタビリティ」の観点から定義づけ、企業会計は、経営者がアカウンタビリティを果たすために必要だという説明により、会計の必要性の理解に導きます。
 今回の教材は、教科書を用いたオーソドックスな授業の中で活用できるように作成されています。特別な時間を割く必要はありませんし、先生方も手の込んだ準備は不要です。枚数も生徒用教材で7ページほどなので生徒たちへの負担も少ないでしょう。

 手塚 限られた時間の中では、先生が取り扱いやすい教材を提供することも私たちの役目だと思っています。11月に中学の社会科の先生方と意見交換を行いました。今後より学校で活用いただけるよう改善していく予定です。実践報告は各メディアを活用して先生方と共有していきます。教科書会社や副教材制作会社のウェブサイトからも、アクセスができるようURLを紹介していただき、広く全国の先生方に教材を活用してもらえるように進めていく予定です。
 将来的には、実践を生かした映像教材を作成したいですね。現場の先生方を対象にアンケート調査を行い「会計」が取り上げられたことについての意見や声もぜひ、伺いたいと思います。各都道府県の中学校や高校の社会(公民)科教育研究会と、弊会の支部である地域会が連携しながら、教材の普及促進を図り、地域に根差した貢献も考えています。

 栗原 学習指導要領の「内容の取扱い」では、関係する専門家や諸機関との連携がうたわれています。各地で活躍する公認会計士は、まさしく専門家であり、日本公認会計士協会は諸機関にあたります。地域の人材として公認会計士の皆さんには学校に入ってもらい、豊かな知見を生かして子どもたちの社会認識を深めることに力を貸していただけたらと願っています。そうすることで、まず、先生方の会計への関心が高まると思いますから。

 手塚 子どもたちだけでなく、社会全体が会計への関心を高めることは重要です。
 会計の基礎的な知識を持つことや、会計が関わる社会の仕組みを知ることは、生活のプラスになると捉えていただきたいと思います。
 ビジネス誌を見ると定期的に会計に関する特集が組まれているのをご存じでしょうか。これは決算書や財務諸表を読むことがビジネススキルとして扱われていることの証なのです。
 毎月のお給料の収支を管理する、個人や家族の資質・能力としてだけでなく、そのお給料を得る社会生活を営む上での資質・能力としても、会計を知ることは欠かせない―そう子どもたちが実感できるよう、弊会も会計基礎教育の推進を通して貢献していきます。

手塚 正彦 日本公認会計士協会会長
 てづか まさひこ 東京大学経済学部卒業。1990年に公認会計士登録。中央青山監査法人理事長代行、監査法人トーマツ社員を経て、2016年に日本公認会計士協会監査・保証、IT担当常務理事就任。2019年より現職。

栗原 久 東洋大学文学部教育学科教授
 くりはら ひさし 筑波大学大学院教育研究科修了。埼玉県立高等学校教諭、筑波大学附属高等学校教諭、信州大学教育学部准教授を経て、2012年より現職。専攻は社会科教育学、公民教育、経済教育。

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