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大久保俊輝の「休み中に考えたい学校問題」【第27回】

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論説・コラム

子ども食堂の英断

 リスクを承知の苦渋の判断が求められる時を迎えている。そのひとつに「子ども食堂の運営」がある。
 子どもが行き場を失い困惑している中での開催は、コロナ問題がなければ単純に嬉しい事かもしれないが、その最中での開催となると「濃厚接触や会食」という避けられない場面が想定される。反面、何故やってくれないのか?という苦情もあると聞く。
 その中での批判や不安を承知で実施するのは何のためか。ここに営利や建前を先とする企業や行政とは異なり子どもひとりの為に出来ることをするという「人道」が見えてくる。

 開催しなくとも本来は非難されないだろう。逆に開催してのリスクの方が後を引くことになる。この英断の出来る、言い方を変えれば、存続さえ疑問視されかねないのに、それをあえて行う苦悩に視点を当てた報道をすべきではないだろうか。
 善意のパフォーマンスでは出来ないし、やらない行動なのである。報道はこの点を曖昧にしている。肝心なところには触れずに外見のみを伝えるレベルになってしまっている事を指摘したい。

 いつものように子ども達を迎える担当者の笑顔は変わらないが、目付きが明らかに違い、神経が張りつめているように見受けられる。安心できて、美味しく食べられて、友達との会話や勉強も教えてもらえる子ども達の生き生きした姿を、優しくそして身を挺して必死に支える覚悟の大人の姿が子ども食堂を運営する皆さんに感じられた。
 「やれる事を、やれる範囲でやってます」。この自然な会話に、人としての行動の崇高さを私は感じ胸が熱くなった。
 しかしだ。地域の有志の善意をいいことに、本来は政治や行政がすべきことには間違いがない。「コラッ、よそ見をするな!」。活動を続けている安中ジジババ食堂(群馬県安中市)と小金原子ども食堂(千葉県松戸市)からの一言である。
(おおくぼ・としき 千葉県内で公立小学校の教諭、教頭、校長を経て定年退職。再任用で新任校長育成担当。元千葉県教委任用室長、元主席指導主事)

大久保俊輝の「休み中に考えたい学校問題」