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大久保俊輝の「休み中に考えたい学校問題」【第84回】

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ノート指導を再考したい

 ノート指導は個々の様子がはっきりと分かる。すなわち個別指導の充実が図れる。しかし、時間が掛かるしコメントを入れるとなると、さらに時間が必要になる。
 その意味では時間を掛けないで、評価をしてコメントも入れられたら助かる。大雑把に、「たいへんよくできました」「よくできました」「がんばりましょう」等のハンコをもらって嬉しかった事がある。しかし、何がよくできたのかは曖昧だったように思える。
 そうした評価ではなく、「何々をよく考えています」「さらにここを深く考えてみましょう」「別の視点から考えてみましょう」等の評価はコメントになるため、一読しただけでは判別しにくいのである。

 35年振りの同窓会に、昔のノートを持参した子がいた。今見ても美しい程に整理されていた。皆の前で私が誉めたらしい、それを自慢にし、誇りにしていたことが分かった。学びをいかに記録しようかとデザインし、紙面を割り振り、復習したコメントも丁寧に加えられていた。
 当時の日記もあった。ドキッとした。それは担任としてコメントを書き入れていたからだ。恐る恐る読んでみると、今でも同じように書くだろうと思えて安心もしたし、変わらない自分を認識した。

 ノートすなわち記録は、ただ書き写すのではない。写したくなる授業が前提となる。また、何でも写すのではなく、これは写す事、これは考える事と、立て分けて指示する事も必要である。
 見たものを写真に撮ったようにして記憶するという人がいる。ノートは足跡でもあり、一幅の絵画のようにも手紙のようにも感じられる。この機会に、一律のノート指導ではなく、進化させて個に合わせたい。

 バリエーションをつけたり、張り付けるプリントや資料を作りながら、自己満足に止まらず、活用を継続できるポートフォリオとしてノートの取らせ方について、2メートル離れて実物投影機などを活用して論議してはどうだろうか。
(おおくぼ・としき 千葉県内で公立小学校の教諭、教頭、校長を経て定年退職。再任用で新任校長育成担当。元千葉県教委任用室長、元主席指導主事)

大久保俊輝の「休み中に考えたい学校問題」