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知財創造教育【第9回】今後の課題

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 今後、知財創造教育を継続的に推進していくにあたって想定される課題について、いくつか挙げてみたいと思います。
(文=仁科雅弘・内閣府知的財産戦略推進事務局参事官)

 (1)知財創造教育を実践できる教員を学校教育に増やして行かなくてはならないでしょう。ただこのことは、現在の教員では知財創造教育を行うことができないと言っているのではありません。知財創造教育は教員が「創造性を育む」ということを意識することで、普段の授業の中で行うことができるものであり、学校長を含む学校教育の現場の意識を変更することで実現できるものであると考えます。この意識の変更のためには、知財創造教育の必要性や内容、指導方法の普及を、学校教育の現場を巻き込みながら行う必要があり、教員間のネットワークのハブとなる教員が知財創造教育に共感していただければ、意識の変更を加速できるでしょう。また、知財創造教育を継続していくためには、教員自身が楽しみながら児童・生徒とともに成長できるような仕掛けも必要でしょう。

 (2)児童・生徒がワクワクしながら学ぶことができる教材等を増やして行かなくてはならないでしょう。STEM又はSTEAM教育の実践に資する教材等については、経済産業省の「『未来の教室』実証事業」(注1)を通じても開発されており、それらの活用も考えられます。また、教材等の一覧表(第6回連載参照)に掲載した教材等の活用状況を分析し、その結果に基づく改善も行わなくてはならないでしょう。教材等の作成については、調査研究事業(第8回連載参照)の中でも実施しており、学習指導要領の改訂に伴い教科書も整備されることになります。しかしながら、地域の事情にマッチした教材等の作成を国や教科書会社のみで行うことには限界があり、地域社会の協力が欠かせません。地域コンソーシアムの活動を通じて、知財創造教育で活用可能な教材等が生み出されるようになることが期待されます。また、これらの教材等の中から秀逸なものを選定することなどを通じて、優れた教材等を作成するインセンティブを与えるとともに、教材等の作成や活用のノウハウが異なる地域コンソーシアム間で共有されるような仕組みも必要でしょう。

 (3)地域コンソーシアムの活動を、より地域に根差した地域主体のものとして行かなくてはならないでしょう。これまでのように、企業や団体等による知財創造教育への資源の提供をCSRの一環と整理してプロボノや片務的関係に留めておいては、その活動に限界が生じ持続可能なものとすることはできません。したがって、知財創造教育を通じて、学校をオープン・イノベーションのパートナーとして活用できたり、将来の従業員や顧客を開発・発掘する場として活用できたりするなど、企業や団体等にとってもメリットがあるような双務的関係にしていくことが必要でしょう。

 (4)知財創造教育の効果を社会に示せるようにして行かなくてはならないでしょう。現在は、知財創造教育の必要性について理屈で理解を求めていますが、これを継続していくためには、少なくとも従前の知識重視型、一斉・画一型の教育よりも子どもたちの将来に役立つものであったことを、長期的視点から検証できるようにする必要があります。そのためには知財創造教育を受けた児童・生徒の活躍等について追跡調査を行ったり、入学試験の手法を含め、教育効果や学力を実社会で活用できるものかという観点から評価・測定するための手法を新たに開発したりすることが必要でしょう。

 (5)知財創造教育の実践は基礎学力の上に成り立つものですので、創造性の涵養に一層注力するためには、基礎学力習得の効率化をして行かなくてはならないでしょう。学校教育の授業時間には上限があるにも関わらず、社会の高度化・複雑化に伴い、基礎学力を身に着けるために学習しなければならない事項はますます増大することが予想されます。前述の経済産業省の「『未来の教室』実証事業」では、「学びの生産性」を上げ「学習の個別最適化」を実現する取組みも行われており、その成果との連携についても検討が必要でしょう。

 (6)社会的に大きな変革をもたらすようなイノベーションのためには、「異能」や「異才」を有する人材の活用が有力な手段となるでしょう。しかしながら、このような人材への対応は、学校教育では十分にできていないように思われます。下に示す図は、ヤフー株式会社CSOの安宅和人氏が作成された図をもとに知的財産戦略推進事務局が作成した人材の概念図です(注2)。安宅氏によれば、これまでの社会は図の左側にある均質な丸で表される人材を中心に活用してきましたが、今後の社会では図の右側にあるような尖った部分を有する人材を、その尖った部分を丸めずに活用していくことが求められるとしています。現状の知財創造教育は、図の下側にあるような歪な丸で表される人材を育成するイメージで、このような人材は、自ら創造力を発揮するだけではなく、尖った部分を有する人材を受け入れて協働することもでき、イノベーションに貢献できる人材であることに疑いはありません。しかし、イノベーションを加速する観点からは、尖った部分を有する人材にどのように対応していくのかの検討が必要でしょう。

 次回は、連載最後の回となります。

(注1)経済産業省、「未来の教室 Learning Innovation」ウェブサイト
(https://www.learning-innovation.go.jp/)

(注2)知的財産戦略本部知的財産戦略ビジョンに関する専門調査会(第9回)での安宅委員提出資料。その内容については、同専門調査会(第10回)の資料1「『価値デザイン社会』実現に向けた検討の論点整理(案)」の第3ページに掲載。
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/senryaku_vision/dai10/siryou1.pdf

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