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コロナ時代に考えたい学校問題【第15回】

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慣例遵守が生む「他人ごと」

 「善いものは善い、悪いものは悪い」のである。この判断が出来ても「行動をしない人」は、あまりに多い。これこそが悪を見逃し、善を腐らせ、風化させる事になる。いかに行動が大切か。自戒を込めて伝えたい。

 以下は、校長としてすべきことか?してはならないことか?

 ・通学路に歩道橋を作る。
 ・近隣の土地の買収をする。
 ・子どもを連れて富士山に登る。
 ・就労支援の店を作る。
 ・議員を指導する。

 これに付随する事は幾つもあるが、この内容はすべてやるべくして、やってきたことであるが、多くの批判や注意を浴びた。法に抵触はしないものの、慣例で教師や校長が、やるべきではないとされている事なのである。

 慣例遵守が問題を他人事にし、見過ごすことになる。何のための慣例なのかを問いたい。

 ・子ども達の大半が渡る歩道橋の老朽化が激しく、階段の所々が錆びて腐食が進んでいた。教委に言っても動かない。仕方なく町会役員に依頼した。するとかなり前から要望はしているのだが、と。これまた「仕方ない」である。思案の末に、古巣の先輩に、同窓会で強く訴えた。担当省庁の幹部であったからである。翌週には急遽動き出し、数ヵ月後には近代的でモダンな歩道橋が設置された。詳細は聴いてないし、これまで口外はしなかった。先輩にはお礼の手紙を出した。

 ・市内で唯一、梯子車(消防車)が入れない学校であった。角の家の土地を少し分けてもらえたら良いのだが、その談判を長年せずにいた。早速、窮地を相談に出向いた所、持ち主から「市の担当や教委の態度への不信」が根底にあった。そこを岩窟王のように、諦めずに、嫌みにならぬように折に触れて世間話に通った。2年後、譲歩があり、通路が拡張されて念願の梯子車が入る事が出来た。すべては誠意に尽きる。町会の手柄になった。それでよい。

 ・不登校の児童に声を掛け、保護者を一人一人説得して、夏休みに、富士山自然体験合宿を企画して登頂を試みた。その後16年継続しているが、「現役の校長がそんなことをしてよいのか?」と、何度も教委や校長会から指導があった。数年後は他校からも依頼されるようにもなった。無事故は、腹を決めて、前例に囚われずに、ベストを尽くす中で継続されている。既に100回近く予察をし、常に最悪を想定して挑んでいる。80歳までは続ける。

 ・特別支援学級に関わり、我が子も障害があることがわかった。将来、十分な報酬を得て働く場がなく、働いた場合の賃金は8時間で500円と知った。友人の縁で料理長を招き、父を経営者として薬膳料理店を始めた。これまで障害がある青年、解雇された青年を多く雇用した。雇うことの大変さを痛感しつつも、多くの仲間によきお客様に支えられ6年目を迎える。

 ・議員は、多くの場合、本当の学校現場を知らない。当然である。ほとんどは教委によりオブラートが掛けられるからである。さらに教育課程の本質やその解決について、物を配る、金を出せばよいとしている。不審者対応のサスマタの配布がいい例である。使いこなせないので飾り物になっている。教委に苦情をあげてもその先へは届かない。まして議員を先生と元上げ、へつらう行政職員が苦言は言えない。給与は税金であり、市民や保護者に雇われている身分である。議員の前で講話をさせてもらう時、自戒して恥ずかしくないかと強調する。だから嫌われるし、左遷もされた。それでよい。

 校長の前に、教師であり、人間であれ。
 反省はしても後悔はしてはならない。不器用な生き方だが、それでよい。
(おおくぼ・としき 千葉県内で公立小学校の教諭、教頭、校長を経て定年退職。再任用で新任校長育成担当。元千葉県教委任用室長、元主席指導主事)

コロナ時代に考えたい学校問題