「いのちの教育セミナー2025」開催 今もとめられる「いのちの教育」 ~臓器移植を題材とした授業の可能性~
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模擬授業の様子
「子どもにとっての最善の利益」とは何か
近年、学校教育では生命の尊さについて考える「いのちの教育」の重要性が一層高まっている。道徳が教科化され、子どもが自己を見つめ、他者の命や思いを尊重する態度を育む学びは、いじめの未然防止や自己肯定感の向上にもつながると期待されている。こうした背景から、日本教育新聞社と日本臓器移植ネットワークは3月7日、岐阜聖徳学園大学羽島キャンパスとオンライン配信で「いのちの教育セミナー2025」を開催した。今年度のセミナーでは、臓器移植を題材とした授業実践や医師による講演を通して、「子どもにとっての最善の利益」とは何かという問いを軸に、命と向き合う教育の在り方について参加者が理解を深めた。
【登壇者】
堀田 竜次 文部科学省初等中等教育局教育課程課 教科調査官・道徳
山田 貞二 岐阜聖徳学園大学教職教育センター 教授
種市 尋宙 富山大学附属病院 高岡・地域小児保健医療学講座 客員教授
佐藤 毅 東京学芸大学附属国際中等教育学校 教諭
栗原 未紀 日本臓器移植ネットワーク(JOT)
【基調講演】「いのちの教育」の意義と指導のあり方

文部科学省初等中等教育局教育課程課 教科調査官・道徳 堀田竜次氏
堀田氏は、学校における「いのちの教育」を、学校の教育活動全体を通じて行う道徳教育の根幹に据える必要があると強調し、その中で大切にしてほしいこととして「自己を見つめること」と「物事を広い視野から多面的・多角的に考えること」の二本柱を提示。道徳教育の要である道徳科の目標に掲げられる「自己の生き方についての考えを深める学習」を通じて、児童生徒が生命・人権・自然環境保全・公正・公平・社会正義といった現代的課題に向き合いながら主体的に道徳性を養っていくことの重要性を示した。
児童生徒の発達段階に応じた指導では、小学校高学年で「生命のかけがえのなさ」や「互いを尊重し合う人とのつながり」への理解を深めるとともに、生命に対する畏敬の念を育てること。中学校段階では自己の確立を図る時期であることを踏まえ、生命の有限性や連続性、社会との関係性、自然とのつながりなどを、多面的・多角的に考える力を育てることが重要であると述べた。
指導にあたっては、道徳科を要としながら各教科等の学びを関連付け、「自己」「人との関わり」「集団社会」「生命・自然・崇高なもの」の四つの視点から事象を考えることが有効であること。また、討論や記述などの言語活動を充実させ、児童生徒が多様な見方や考え方に触れ、自らの考えを深めていく機会を確保する必要があるとした。
一方で、価値観が分かれるテーマを扱う際には、特定の見方に偏らない指導が不可欠であるとも述べた。グローバル化が進む現代社会では、多様な文化や価値観を前提に他者と対話し、協働しながら物事の本質にある道徳的諸価値を見極めようとする力を育てることが重要になるからだ。
さらに、いじめや暴力、自殺、自傷行為など、生命軽視につながる行動が社会問題となっている現状にも触れ、子どもを取り巻く環境の変化に対する危機意識を共有する必要性を指摘。その上で、乳幼児や高齢者との交流、医療従事者から生命に関する話を聞く機会、生命倫理をテーマとした対話など、日常的な教育活動の中で生命について深く考える機会を設けることの重要性を強調した。本セミナーでは、様々な立場の方の講演や臓器移植を題材とした授業実践を通して、これまで話してきた内容について深く考えることができるのではないかと締めくくった。
【模擬授業】 臓器移植を題材に「いのち」と家族の思いを考える

岐阜聖徳学園大学教職教育センター 山田貞二教授
医師の種市氏をゲストに迎えた山田教授による模擬授業では、教員志望の学生が「生徒役」として参加し、「家族といのち」をテーマに、実際の教育現場を想定した対話型の学びが展開された。教材として用いられたのは、種市氏の手記。当時は、法改正前で、まだ国内で体の小さな子どもが心臓移植を受けることは難しく、苦悩の末に海外渡航移植を選択せざるを得なかったご家族の想いや移植を無事に受けられたことから種市氏自身が感じたこと。一方で、最愛の子どもが事故で脳死となり、臓器提供をめぐる家族の葛藤や決断が綴られている。
授業は、「もし自分が家族の立場だったら、どうするか」という問いからスタート。議論が進むにつれ、臓器移植をめぐる価値観の揺れが浮き彫りとなった。移植を受ける側の立場に立てば、命を救う希望として移植を望む気持ちがある一方で、その背後には「誰かの死」があるという現実があり、立場によって判断が大きく変わり得る。

問いを受け、議論を交わす学生ら
こうした議論を受けて種市氏は、家族が混乱下にあることを前提に、医療者は必要な情報を提供しながら、本人の意思を推定し「最善の利益」を共に考える役割を担うことを説明。特に子どもの場合は、何が好き・嫌いかといった価値観を家族と共有しながら判断していくことが重要であるとし、家族の思いと区別して考える必要性を強調した。

ゲストティーチャーとの対話形式で授業は進められた
その後、教材に登場する家族の言葉「いってらっしゃい」を焦点にした対話では、この言葉には、もう戻ることのない別れの痛みと同時に、未来への願いや希望が込められているのではないかという意見が話され、中には涙ぐむ学生も現れた。種市氏は、この事例が日本の子どもの臓器提供の扉を開いた。家族が示した決意と未来への思いに、医療と社会が学ぶべき点があると述べた。
授業の終盤には、「大きな決断ほど自分や家族の感情が影響する」「最終的にはその子の意思あるいは、子どもにとっての最善は何かを考えることが大切だ」といった学生の振り返りが示された。種市氏は、対話を重ねることが思考の深化につながると評価し、いのちの教育とは、家族や友人と語り合いながら命について考え続けていく営みであると結んだ。
【講演】小児科医が語る「臓器移植と終末期医療」

富山大学附属病院 高岡・地域小児保健医療学講座 客員教授 種市尋宙氏
種市氏は、脳死の医学的な実態から臓器移植の国際比較、日本における制度の変遷、海外渡航移植の課題、終末期医療の選択肢、さらには子どもの自殺問題まで、幅広いテーマを臨床経験と具体的なデータをもとに多角的に解説した。
日本の臓器提供数は、人口100万人当たり1.2と諸外国と比べて極めて少ない水準にあった。しかし2010年の法改正により、家族の承諾があれば15歳未満からの脳死後の提供が可能となり、近年は年間20例を超えるなど、国内での移植が現実的な選択肢となりつつあること。また、日本の移植医療は件数こそ少ないものの、その医療水準は世界的に見ても高いことを紹介した。
一方、海外渡航移植には大きな課題がある。医療的なリスクに加え、移植費用のために集める募金額が億単位におよぶことも多く、家族が誹謗中傷や偏見にさらされるケースもある。それにもかかわらず国内の臓器移植が十分に進まない背景には、「縁起でもない」として死の話題を避ける文化があり、それが理解や意思決定を妨げていると説明。日本は本来、助け合いの文化を持つ社会であり、社会の理解が進むことを期待した。
ただし、臓器提供は終末期医療における選択肢の一つに過ぎないことにも触れ、実際に関わった子どもの事例を紹介した。家族が脳死とされうる状態からの回復を願う中、医療者は事実を丁寧に説明し、「臓器提供」「病院での看取り」「地元への転院」という三つの選択肢を示した。家族は地元で最期を迎えさせたいと考え転院を選択したが、転院前日に急変する事態となった。それでも治療により回復し、4時間以上の搬送を経て地元に戻り、家族や友人に囲まれて最期の時間を過ごしたという。この経験から、医療の価値とは命を延ばすことだけでなく、人と人が共に過ごす時間をつくることにあると実感したと語った。
後半では、10代の死因の第1位が自殺であるという現状にも触れた。原因が明確でないケースや突発的な事例も多いことから、自殺の危険を示すサイン(SOS)に気付いた際の対応として、「TALKの原則」と呼ばれる四つの行動を紹介。その上で、教育と医療が連携し、いのちについて日常的に対話する文化を育むことこそが、移植医療、終末期医療、自殺予防を貫く基盤になると語った。
【トークセッション】教育と医療の連携による「いのちの教育」の深化

東京学芸大学附属国際中等教育学校 佐藤毅教諭
本セッションでは、模擬授業を行った山田教授と種市氏に加え、これまで57校で臓器移植を題材にした「いのちの授業」を実践してきた佐藤教諭が登壇。子どもの内面に深く働きかけ、対話と葛藤を通じて価値観を育む「いのちの教育」の核心に迫った。
まず、今日の模擬授業について佐藤教諭は、学生の問いから授業が立ち上がる「ライブ感」と、医療者によるリアルな語りが授業の質を大きく引き上げたと評価。一方、種市氏は学生から「臓器移植はよいことなのか」という問いが出たことに触れ、臓器移植が美談のように伝わる危うさに言及し、根本的な問いを持ち続ける姿勢が重要であると強調した。
また、以前に今日の模擬授業を受けた中学校の校長からは、普段の授業と違い、生徒たちが話したくてうずうずしていた。特に「家族のことをどれくらい知っているか」という問いに対し、当初は発言の意思がなかった生徒が自らコミュニティボールを取り、授業前は「0」と記した生徒が、議論を経て「1」に更新した例を挙げ、日常の道徳では生まれにくい「自己表明」が引き出されたと振り返った。
生徒のジレンマと向き合う授業デザイン

これを受けて山田教授は、今回の授業を分析すると、生徒が親の気持ちを想像したり、臓器を提供する側と受け取る側の双方の立場に立って悩んだりするなど、具体的なジレンマについて深く考える機会になっていたと指摘した。佐藤教諭も、生徒が迷い、考えが揺れること自体が、授業内容を我が事として捉えている証拠であると説明。逆に、生徒の授業後の感想や振り返りが「命は大切だと思った」という一文で終わる場合は、思考が十分に広がっていない可能性がある。そのため授業では、まず「未来の家族を想像する」活動から始めることで、テーマを自分自身の問題として考えやすくしていると述べた。
授業では、JOTの資料を基に、指導案やワークシート、ジレンマ教材などを組み合わせて活用していることも紹介。高校では4時間構成(事前学習、二時間の講義、学校側による発展学習)で実施する場合や、反転授業として一週間前に教材冊子を配布し、3日前にWebアンケートによるクイズ形式で理解を確認する方法なども取り入れているという。
最後に山田教授は、学校教育において小1から中3まで一貫しているのは歓喜性(生きていることをうれしい、楽しいと感じる感覚)を育むことであり、この感覚を土台として「いのちの教育」を進めることが重要であると述べた。さらに、命について多面的・多角的に考えるためには医療者の視点が不可欠であり、今回の授業で提示された「最善の利益」という言葉は、一人一人の内面に深く問いを投げかけるものになったと語った。
JOTが提供する「いのちの教育」支援教材

主催者JOTから、教育現場の「いのちの教育」で活用できる教材とサポートプログラムが紹介された。これらはすべて無償で提供され、授業づくりを支援する内容となっている。
ホームページでは、臓器移植医療の最新データや授業用スライド集を自由にダウンロードできる。冊子の資料請求はWebまたはフリーダイヤルで受け付けており、約1週間で生徒数分の教材が無償で届けられる。教材ラインナップは多様で、5分程度のインタビュー映像、約15分の臓器移植解説動画、16分の映画教材「サンクスレター」、漫画教材の3点セット、年代別の学習資料、研究シート、当事者の手記の全文閲覧・冊子送付など、授業の目的に応じて選べる構成となっている。
さらに、講師派遣にかかる交通費等の費用も無償対応しており、専門家の語りを授業に取り入れたい学校にとって大きな支援となる。大学入試や国家試験で臓器移植が出題されている現状や、学習の広がりとして「グリーンリボン検定」(合格者にはピンバッジ付与)が紹介され、学びを深める機会が多様に用意されていることが示された。
セミナーで紹介した資材や出前授業をご希望の方は、日本臓器移植ネットワークまでお問い合わせください。
資料の送付や講師派遣は、すべて無償です。
本セミナーのアーカイブ配信(2026年3月19日~5月10日23時59分)は こちら から視聴いただけます。
Tel.0120-78-1069
平日 9:00-17:30
日本臓器移植ネットワーク
教育への支援【資材・講師派遣等】|日本臓器移植ネットワーク

