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【寄稿】自分らしさを求めて、異文化を理解しよう~子どもたちを育む教育現場へのメッセージ~

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論説・コラム

島﨑由美子(フリーライター、 デンハーグ在住)

 “自分らしさ”とは、何でしょう。“自分らしく生きる”とはどのようなことでしょうか。
 こんにちは、オランダ在住の島崎です。私は、複数の異なる文化の中で暮したり、旅行したりしています。そして、私の自分らしさの価値観や行動の理想は、私が所属する多様な異文化に大きな影響を受けています。日本の学校に勤めるみなさまに向けて、自分の考えをまとめてみました。

 文化とは、何でしょう。ブリタニカ国際大百科事典には、「人間の知的洗練や精神的進歩とその成果」と記されています。私が所属する主流の既成文化には、地域や階層、少数民族集団などのサブカルチャー(下位文化)が含まれており、主流の文化を否定するカウンターカルチャー(抵抗文化)も存在しています。企業文化や学校文化という、文化の構成をより小単位化する捉え方への理解も広がっています。

 このように、人が所属する文化は、信仰や儀式の他、言語と思考、思想と価値観、伝統と慣習、道徳とタブー、法律と制度、技術と芸術など、人が社会の構成員として獲得していかなければならない多様な能力や習慣の複合体であり、“自分らしさ”という個の成長を支えているのは、自らの学びと、人から人へ伝えるコミュニケーション力、すなわち異文化の理解力に他なりません。

 みなさんは日本と西洋の文化比較を論じる時、「日本は集団主義、西洋は個人主義」という話をよく耳にすると思います。新型コロナ禍で一時帰国中の私には、特に“無形の異文化”に対する理解と交流が十分には進んでいない日本の人が、異文化を自身の文化の枠にはめて解釈したり評価したりしているように強く感じられます。

 それぞれの人間集団は個別の文化を持ち、個別文化はそれぞれ独自の価値観を所有しています。その間に、“高低・優劣の差”はないのだと考えます。

 ここで言う“無形”とは、哲学や思想、信仰や慣習などの精神的活動、およびその所産であり、価値観や思考の“自分らしさ”に繋がるものです。
 異文化を理解するためには、他者に対して、自己とは異なった存在であることを容認するだけではなく、自分たちの価値や見解(自文化)において問われていないことがらを自らに問い直すことから始めなければなりません。そうするためには、日常において他者に対する理解と対話を目指さなければならないことに気付かされます。

 他者との対話においては、個別文化の間に、高低・優劣という評価を伴いがちです。ここで私が強調したい点は、個別文化の間に高低・優劣の差がつけられないとする思考への共感と深い理解力が前提として必要なのだということです。無形の思考や行動の理想(自分らしさ)にはそれぞれ独自な価値があり、その間に高低・優劣という評価を下してはいけません。

 何らかの認識をもとに理解に辿り着くのは容易ではありませんが、その表層的意味だけを追求しても、異文化を理解することはできません。世界の人たちは、複数の異なる文化の中で支え合っているのです。

 日本の子どもたちには、世代を通じて伝承されていく日本の既存文化に固執しないで、“人が多様な自然に適応する”という体系として捉え、自分らしさへの理解を深めながら、個の成長を自ら支えていくために、学校という小単位の文化の中で、異文化への興味と関心を育んでいって欲しいと切に願っています。

 私は、未来に生きる子どもたちの英知を育むために、自らが教壇に立つなら、学校で学ぶ子どもたちに向かって、とても大切な事を伝えてあげたいと思っています。“自分らしさを求めて、異文化を理解しましょう”と訴えたいのです。

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