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教育現場におけるSNSのマナーとリスクマネジメント【第12回】

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論説・コラム

スマホのもたらすリスクから子どもを守るために(最終回)

 脳科学分野で世界的ベストセラーを持つ精神科医が著した書『スマホ脳』(アンデシュ・ハンセン/著 、久山葉子/訳)をご存じでしょうか。教育大国スウェーデンはもちろん世界中で社会現象といえる反響を呼び、日本でも「第14回 オリコン年間”本”ランキング 2021 BOOKランキング」第1位を獲得しました。https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000401.000047877.html
 今回は、当連載のテーマとも関連が深い本書の一部を紹介するとともに、日本の現状や新たな懸念等について解説いたします。

スマホの過度な利用にはリスクがいっぱい

 本書によれば「人間の脳はデジタル社会に適応できていない」、すなわち、今でも狩猟採取民の脳を持っているため、そこら中に危険を探そうとし、すぐにストレスを感じ、気が散り、同時に複数の作業を行うことが苦手なのだそうです。一方で、「新しい情報を得たりマルチタスクをおこなったりするとドーパミンが放出される」「不確かな未来への期待が大好き」といった脳の報酬システムも、人間がサバンナに暮らしていたはるか昔から変わらず備わっています。

 スマホで使えるデジタルツール、中でもSNSは、こうした脳の本能的部分を直接ハッキングする仕組みを備えており、スロットマシーンやカジノ、ギャンブルなどと同様に、最大限の依存を実現するように設計されています(実にスマホは、一日に何百回ものドーパミン放出を促しているそうです)。その影響力は甚大で、スマホはただポケットに入っているだけ・枕元やテーブル上にあるだけでも、集中力を阻害することがわかっています。さらに、スマホの過度な利用はストレスと不安、睡眠障害を引き起こすリスクがあり、うつにも相関性があるとされているのです。

なぜSNSにはまってしまうのか

 なぜ、SNSはここまで私たちの脳を魅了し依存させるよう作られているのでしょうか。その答えを導くには「なぜSNSは無料で利用できるのか?」について考えてみるのが近道です。
SNSプラットフォーマーは、決してボランティアでSNSを提供しているわけではありません。彼らの売りもの、いわば本当の商品は「私たち一人ひとりの注目」です。これを広告主であるさまざまな企業に転売することで利益を得ているのです。
 だからこそ、SNSの「いいね」や通知の仕組み等は、私たちの脳の報酬システムを直撃し依存しやすくなるよう設計されていますし、「アルゴリズム」と呼ばれる投稿の表示順を決めるテクノロジーは「情報が正しいか/有益か」等ではなく、「ユーザーがいかに注目しシェアやリツイートで拡散するかどうか」という基準で動いています。
SNSの魅力的な機能の数々はすべて「企業に、広告をたくさん出してもらう = 広告を買ってもらう」ためなのだということを、先生方・保護者・子どもたちも理解しておくのがよいでしょう。

 矛盾するように聞こえるかもしれませんが、SNSには「新しい情報やヒト・モノと出会える」「他のユーザーとコミュニケーションがとれる」「一般人でも情報の発信者になれる」など、便利で楽しい面があるのも事実です。こうしたデジタル技術に、私たちは「支配される」のではなく、「効果的かつ安全に使いこなす」ことこそが大切なのだと思います。さらに先生方・保護者のみなさんに知っていただきたいのは、衝動に歯止めをかける「前頭葉」は25~30歳まで完全に成熟しない、つまり子どもたちは依存症になるリスクが高いということです。「使いこなす」ための自己コントロールを本人任せにするのではなく、「スマホの利用は1日2時間まで」といったルールづくりが、結果的に子どもたちを守ることにつながるでしょう。

 さまざまな調査結果等をもとに著者が導き出した「ほぼ全員が元気になれるコツ」には、要点がよくまとまっています。スマホ利用を制限するだけでなく、「睡眠」「運動」「他者との交流」などがもたらす多くのメリットについてもわかりやすく解説されていますので、あわせてご覧いただくことをお勧めします。

<ほぼ全員が元気になれるコツ>
 ・睡眠を優先する
 ・身体をよく動かす
 ・社会的な関係を作る
 ・適度なストレスに自分をさらす
 ・スマホの利用を制限する

日本の子どもたちの状況

 日本においても例外ではなく、子どもの「スマホ依存」は問題視されています。内閣府の「令和4年度 青少年のインターネット利用環境実態調査」における衝撃的な数字をご覧ください。アンデシュ・ハンセン氏が推奨する「スマホの利用は1日2時間まで」の基準を満たすには、かなりの努力が求められそうです。

 ・「3時間以上」インターネットを使っている青少年:小学生52.7%、中学生69.9%、高校生78.0%
 ・高校生では、50.2%が「5時間以上」インターネットを利用
 ・平日のインターネット平均利用時間:小学生213.7分(約3時間34分)、中学生277.0分(約4時間37分)、高校生345.0分(約5時間45分)
 https://www8.cao.go.jp/youth/kankyou/internet_torikumi/tyousa/r04/net-jittai/pdf/2-1-1.pdf

新たな懸念(生成AI・デジタル教科書)

 ゲーム、動画、SNSに加えて、スマホ依存をさらに加速しそうな「新たな誘惑」が最近増えました。ChatGPTやBing、Midjourneyをはじめとする「生成AI」です。本書で著者は、脳はエネルギーを節約しようとするため、使わない機能や知能の一部は失われるリスクがある、と説いています。自分で考える代わりに何でも生成AIに任せてしまうことが習慣化すると、子どもたちの脳にどんな影響があるのか。数年以内には、何かしらの実験や調査結果が発表されることでしょう。しかし、それを待つことなく、先生方・保護者・子どもたちには「生成AIのデメリットも理解したうえで、賢く使いこなす」ことこそが大切です。

 また、学校教育法改正により、2019年4月から「デジタル教科書」を紙の教科書と併用することが可能になりました。ご存じのとおり2024年度より小・中学校において本格的に導入される予定です。デジタル教科書には長所も多く、文科省のアンケートによれば子どもたちからは肯定的な声が多いようですが、本書では電子書籍にもスマホ同様のリスクがあると説いています。個人差はあるものの、電子書籍を読むとメラトニン合成が減少し睡眠に悪影響が及ぼされる可能性がある上に、電子書籍より紙の書籍を読んだグループの方が内容をよく覚えていたそうです。紙とデジタル、どちらの教科書を使って学ぶかによって学力格差が生じないよう、それぞれのメリット・デメリットを生かして指導にご活用いただけたらと願っています。

 1年にわたり、子どもたちがSNSを安全に使うために必要な知識や、SNSにひそむリスクやトラブルとその対応策などを中心にご紹介してきました。当連載は今回で終了ですが、子どもたちをとりまくSNSやスマホの進化は終わりません。先生方・保護者のみなさまには、引き続き最新ニュースやトレンドをキャッチアップしていただき、子どもたちをリスクやトラブルから守るためのご指導に生かしていただけたら幸いです。最後までご愛読いただき誠にありがとうございました。

教育現場におけるSNSのマナーとリスクマネジメント