受け身から発信へ、「平和学習」を変える
13面記事
広島大学大学院人間社会科学研究科 草原 和博 教授
プロフィール=専門は教科教育学・社会科教育学。世界各国の教育言説やカリキュラムを比較考察し、民主主義社会における主権者の育成原理や社会科教育の思想を解明している。社会科教師の意思決定メカニズムにも関心を寄せ、主権者育成のための教師の養成・研修に取り組んでいる。
戦争の記憶を問い直す、探究的な学びへ
平和教育は人間としての完成を目指す学習といわれるほど奥が深いテーマだ。その中で、修学旅行で形式化した「平和学習」を探究的な学びへとステップアップするにはどうすればいいのか―。子どもたちが主体的に歴史を語るためには「記憶を巡る議論」が必要と説く、広島大学の草原和博教授に話を聞いた。
―戦後80年を迎える中で、広島における「平和学習」にはどのような変遷がありましたか?
広島の「平和学習」は、1975年の山陽新幹線全線開業で人々の移動の仕方が大きく変わり、修学旅行で広島を訪れるようになったことが転換点になりました。その中で、原爆ドームや広島平和記念資料館などを見学するだけでなく、直接話を聞きたいというニーズが増えたことで、1983年から被爆者自身による「直接講話」が始まりました。以降、被爆者の高齢化に伴って、2015年頃から被爆者から被爆体験や平和への思いを受け継ぎ、語る「伝承講話」へと移っていきました。また、近年ではインバウンドの増加によって「英語」での講話も始まっているほか、周辺の被爆建物などの遺構にも訪れるようになっています。
―修学旅行で「平和学習」を行う意義とは?
戦争の記憶を継承する装置となっている場所を体験できることだと考えます。例えば原爆ドームの前では、静かに祈っている人、プラカードを持って何やら叫んでいる人、横を通り過ぎるだけの観光客などたくさんの人が集まっていますが、それは現地に行かないと実感できません。原爆を巡っては国の内外問わずいろんな考え方や捉え方があり、そうした有形無形の声に耳を傾ける経験を持つこと自体に「平和学習」の価値があると思っています。
―修学旅行における「平和学習」の教育効果を高めるには、各教科と絡めた事前・事後学習が重要になると思いますが、どのような取り組みが考えられますか?
修学旅行で行う学びの「ねらい」を年間計画の中にしっかり組み込んでおくことが重要です。例えば社会科の地理には地域について調べる単元があるため、その時間を使って現地について調べてみる。また、「総合」や特別活動の時間では、全国500以上に点在する「原爆碑」の中から地元に近い場所を見つけ、いつ誰が何のために建てたのかを探ってみる。あるいは、身近に残る戦争の記憶を後世に伝えるための施設や遺構を訪ね、どんなメッセージが込められているかについて探る。その上で、現地で実際に見聞きしたものと比較検証し、事後学習へと発展させていけば、より一層学びが深まると思います。
―探究的な要素を取り入れた「平和学習」の実践例はありますか?
私たちは広島平和記念資料館の展示の再デザインを目的とした「ラスト10フィート」プロジェクトにおいて、国・地域や立場で異なる記憶を比較考察する実践をしました。そこで行ったのが、海外から訪れた来館者に聞き取りをすることでした。すなわち、「自分たちの被害の歴史しか描かれていない」「日本の戦争責任は?」など、普段接することのない言説や問いに触れた上で、資料館の出口展示を作ってみようと試みたのです。このように既存の展示をただ受け入れるだけでなく、自分たちが展示の作り手になるといった、能動的な学びの在り方といったものを取り入れたらどうでしょうか。
もう一つは、自分たちが歴史の語り手になるために、歴史を遡ってみる深堀り型の取り組みです。例えば広島陸軍被服支廠倉庫は、陸軍兵士の軍服・軍靴などを製造した侵略の象徴と、そこに動員されていた多くの若者が一瞬のうちに亡くなった悲劇の象徴という二つの側面で語り継がれている被爆建物です。これを題材に、なぜ、ここに工場が造られ、今も残されているのか。この建物を通してどんなメッセージを発信するかといった、歴史と未来への継承を考える探究的な学びに発展できると思います。
―今後の「平和学習」で求められるものは?
これまでは歴史の記憶を正しく継承するなど、決まった解釈を子どもたちに伝えていくことが主流でした。今後はこうした受け身の学びから、自ら発信する学びへと変えていかないと、いつまでも形式化した「平和学習」のままになってしまう恐れがあります。だからこそ、他者が語る記憶を受容するだけでなく、「自分たちで記憶を語り直す力」を発揮させるような経験が大切になると感じています。
一方で、過去にさかのぼれば平和教育に携わってきた教育者はたくさんおられます。広島大学では、そうした方々に聞き取りしたアーカイブをWEBで公開しています。ぜひ先生方には、こちらも参考にした上で「自分は今後どういう平和教育の実践をしていきたいのか」について考えて欲しいと思っています。