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教員向けの会計教育セミナー開催 実社会と教室をつなぐ「会計」の可能性

9面記事

企画特集

 日本公認会計士協会(以下、JICPA)と日本教育新聞社はこのほど、「『会計』を通して社会の見方を育む社会科教員向けセミナー」を開催した(大阪会場:1月24日、東京会場:1月31日)。現行の学習指導要領解説で「会計情報の活用」が記載され、会計リテラシーを授業に導入する意義と手法を共有することが狙いだ。基調講演では玉川大学教授の樋口雅夫氏が、次期改訂を見据えた会計教育の重要性を提言。続く授業実践発表では、現役教員が会計を取り入れた授業事例を紹介。また、愛知淑徳大学准教授の加藤智氏が会計を活用した探究学習向けの新教材(2026年3月末頃公開予定)を披露するなど、実社会と教室をつなぐ「会計」の可能性に高い関心が寄せられた。

基調講演<2会場共通>

根拠ある合意形成へ 次期改訂を見据えた会計リテラシー教育を
玉川大学教育学部教育学科教授 樋口雅夫氏

 基調講演では玉川大学教授の樋口雅夫氏が「中学校社会科における『会計リテラシー』の取り扱い」と題して登壇。現行の学習指導要領における会計教育の位置付けと次期改訂を見据えたその意義について語った。
 樋口氏はまず、2021年度から中学校で全面実施されている現行の学習指導要領について言及した。次の改訂サイクルまでの折り返し地点にある現在、「これまでの5年間の実践をどのように次の5年間につないでいくのか、考える時期にある」と指摘。その上で、国立教育政策研究所による実施状況調査の結果を示し、現在の生徒に見られる課題として「自分の考えや根拠を明確に説明すること」の弱さを挙げた。
 中学校では探究的な学びの広がりと共にグループワークが増える一方で、形だけの対話に終わっていないかという疑問の声も聞かれる。樋口氏は「根拠、理由なしに『私はこの考えです』と伝えたところで、他者を説得することにはならない。ましてや合意形成にもつながっていかない」と述べ、社会科の授業において論拠を明確にする力の育成が急務であるとした。
 その課題解決の鍵として提案されたのが「会計リテラシー」の育成だ。現行の学習指導要領解説・社会編では「会計情報の活用」や「企業会計」が明記され、企業活動における「効率と公正」に着目させることが求められている。
 樋口氏は、会計教育の意義について、単に簿記などの専門技術を教えることではないと強調。数字を読み取るのではなく、数字の背景にある社会や企業の様子を読み取っていく力こそが重要であり、それが合理的な意思決定や持続可能性についての公正な判断を支える基盤になると解説した。
 また、現在審議が進む学習指導要領の次期改訂の方向性として、「自らの人生を舵取りする力」と「民主的で持続可能な社会の創り手」の育成が掲げられている点に触れた。樋口氏は、JICPAが学校現場向けに提供する教材の活用を推奨しつつ、会計情報は生徒にとって遠い世界の話ではなく、自分自身のキャリアや生き方に関わるものであると説明。「自らの人生を舵取りする力を身に付けるための教材」として、社会科をはじめとする教科等横断的な探究学習で会計リテラシーを活用してほしいと結んだ。

授業実践発表 大阪会場

「ラーメン店」開業シミュレーションで学ぶ会計
目黒区立目黒南中学校 主任教諭 藤田琢治氏

 目黒区立目黒南中学校の藤田琢治主任教諭は、3年生の社会科公民的分野「B私たちと経済(1)市場の働きと経済」の「企業」を学習する全7時間の単元指導計画を紹介した。
 生徒たちが自ら「ラーメン店」の経営者となり、シミュレーションを通じて、生産や金融、企業の経済活動における役割と責任、会計情報の重要性を学ぶユニークな授業だ。
 授業の中核となるのは、第2時から第4時にかけて行われる「企業づくりシミュレーション」である。生徒はグループごとに、店舗の立地、従業員の雇用形態、価格設定などを選択し、開業計画を立てる。
 その後、「出来事カード」と呼ばれるくじ引きにより、「近くに団地ができて客が増える」「円安や不作で原材料費が上がる」といった予測できない市場環境の変化が発生する。生徒はスプレッドシートを使って売上や利益を計算し直し、経営がいかに外部環境や初期の意思決定に左右されるかをリアルに体感する。
 単元の最終段階では、これらの体験を「適正な会計情報の提供」という理論へと結び付けていく。藤田氏は、お金に余裕がある人から必要としている人へお金を融通する「金融」の役割を解説した上で、投資家や銀行が正しく判断するためには、企業による適正な会計情報の提供が不可欠であると説いた。
 体験を通じた学習は、生徒の意識にも変化をもたらした。生徒が書いたワークシートには、企業の目的を「利益の追求」だけにとどめず、「社会課題の解決」や「雇用の創出」といった社会的責任にまで視野を広げた記述が見られたという。
 ある生徒は振り返りで「『働くこと』には、社会の一員としての役割を果たすという大切な意味がある」と記述しており、藤田氏は「今回の実践は、キャリア教育にもつながる手応えを感じた」と強調する。
 教科書や資料集の記述を、体験を通して見直すことで実感を伴った知識となった。生徒たちは、シミュレーションで「儲かる・損する」を経験したからこそ、適正な会計情報の提供が、経済全体を健全に保つために必要だという理解に到達できたようだ。

「根拠ある」提案に会計情報を活用
熊本大学教育学部附属中学校 教諭 山本翔氏

 熊本大学教育学部附属中学校の山本翔教諭は、「教育関係者になじみのない会計をどう授業に取り入れるか」をテーマに実践報告をした。3年生を対象とした社会科公民的分野での試みだ。
 山本氏は、消費、生産、市場の経済分野を一通り学んだ後の「まとめ」として会計学習を位置付けた。導入で「私たちは市場経済とつながっていると言えるだろうか」と問いかけると、多くの生徒は「買い物をするから」などの理由でつながっていると答えた。
 しかし、山本氏が「では、このまま大人になっても大丈夫か?」と揺さぶりをかけると、教室の空気は一変。「経営者の視点は分からない」「自分の給料が適正か判断できないかも」といった意見から、山本氏は「会計情報を学ぶことで私たちはより良く市場経済とつながることができるのではないか」と会計の授業を提案した。
 そこで、JICPAが提供する教材などを用いて、企業による会計情報の提供の必要性、決算書の意味とその読み方などを学習した後、より体験的な学びを取り入れた。
 授業の核となったのは、熊本市内などで展開するシェアサイクル「チャリチャリ」を題材にした探究学習だ。運営会社であるチャリチャリ(株)の協力を得て、同社の過去数期分の決算書をもとに、生徒たちは財務状況を読み解きながら、熱心に議論を交わした。
 最後には、同社の家本賢太郎社長とオンラインでつなぎ、「チャリチャリが熊本で発展するためにはどんな事業展開を行えば良いのだろうか?」をテーマに事業計画のプレゼンを行った。生徒たちからは「十代の利用者を増やす定期券導入」などの意見が挙がり、決算書などから読み取った財務データに裏付けられた提案が見られた。家本社長からは、会計情報から時系列で事業の変化や流れを見ることは大事な視点と、生徒の提案までの過程を高く評価していた。
 授業を実施してみて山本氏は「会計を学ぶことで、経済の学びが補完・拡張され、世界が広がることを生徒自身が実感していた」と、生徒が市場経済と「より良くつながった」と総括。実社会とダイレクトにリンクした会計教育が生徒の「社会を見る目」を変える可能性を強く印象付けた。

授業実践発表 東京会場

決算報告で知る「利益を生む」難しさ
吹田市立豊津中学校 教諭 阿部孝哉氏

 吹田市立豊津中学校の阿部孝哉教諭は、シミュレーション教材を活用した社会科公民的分野の授業実践を発表。3年生を対象に行った「おにぎり専門店」の経営シミュレーションの授業について報告した。
 全7時間の単元構成で実施。生徒たちに実感を伴った経済理解を促すため、架空の親会社「豊津ホールディングス」の支社長としておにぎり専門店を起業し、決算報告まで行うという設定だ。
 授業では、生徒一人一人が「高級志向か、手軽さか」といった店舗のコンセプトを練り、メニュー開発から価格設定、必要な設備の購入、さらにはアルバイトの求人広告作成までを行う。このシミュレーションを通して、株式会社のしくみや企業の社会的責任(CSR)、労働の意義などの学習を取り入れ、「労働基準法違反の求人はないか」と問いかけるなど、自分たちの企業活動に関連付けながら考えさせた。
 この実践の山場は、単元の最後に行われた「決算報告会」だ。阿部孝哉氏は他学年も含む生徒約150人に、生徒が企画したおにぎり屋で「どのおにぎりを買いたいか」というアンケートを実施。その集計結果を「実際の売上」として生徒に示し、生徒たちは損益計算書、貸借対照表を作成した。
 生徒たちは、当初自分たちが計画したおにぎりが「作ったものすべて売れた場合」の予想収益を計算し、「利益が出る」と想定していた。しかし実際に売れた個数をもとに売上を計算し直し、そこから原材料費、人件費などを差し引いて損益計算書を作成すると、損失が出ることに驚きの声が上がったという。
 阿部孝哉氏は、生徒の様子について「利益の計算に苦戦しながらも、価格の一つ一つに根拠や企業の努力があることを肌で感じていた」と振り返る。授業後の感想では、多くの生徒が「値段が考えられつくしていることがわかった」「利益を出すためにたくさんのことを考えないといけないと思った」「世の中でされていることは『信用』が大切だとわかった」などと回答。
 消費者としての視点しか持たなかった生徒たちが、生産者・経営者の視点を獲得し、社会を見る解像度を高めたことが見て取れた。

リスクから会計の意義を深く理解する
広島大学附属中・高等学校 教諭 阿部哲久氏

 広島大学附属中・高等学校の阿部哲久教諭は、中学3年生の公民的分野で「パン屋さんの経営」「金融・投資」を扱う2時間構成の授業を実践した。JICPAが提供する教材「『会計情報の活用』教員のための授業実践ガイドブック」をベースに、オリジナルの教材を組み込んだ内容だ。
 第1時の「パン屋さんを作ろう」では、生徒がグループごとに新商品を開発・アピールし、その後、自分の買いたいグループのパンに投票するといったシミュレーションを行った。
 実際の売上から損益計算書を作成すると、多くの班が「利益が出ていない」という現実に直面。「たくさん売れたのに儲かっていない!」とショックを受ける姿があった。阿部哲久氏は「赤字になった失敗体験を通じて、記録と計算という会計の必要性を感じられたのではないか」と語る。
 第2時では、「200万円の自動車を現金一括で買うか、ローンで買うか」という問いを投げかけた。多くの生徒が「利子を払うのは損だから現金」と答える中、阿部哲久氏は「手元の現金を投資に回して増やせば、ローンの利子を払っても得をすることもある」という企業経営的な発想を提示し、生徒の常識を揺さぶった。
 次に提示した不動産投資の例では、「家賃収入でローンが返せる」という一見魅力的な提案に対し、生徒たちの反応は鋭かった。「空室になったらどうする?」「修繕積立金などの固定費が抜けているのでは?」。パン屋経営での「赤字体験」が生き、リスクを見抜く目が養われていた。
 株式投資を扱った場面では、貸借対照表の見方を取り上げ、企業による適正な会計情報の提供とその活用が投資判断には重要だと伝えた。阿部哲久氏は短期売買はゼロサムゲームだが、経済成長への長期投資はプラスサムであると説き、授業で健全な投資家視点を育むことの意義を強調した。
 期末試験で「会計の意義」を問う記述問題を出したところ、生徒の98%が「正確にお金の動きを記録する意義」を記述。情報の開示や信頼性といった社会的な基盤としての会計の役割を、生徒自身が実感した実践となった。

探究学習向け新教材紹介<2会場共通>

「会計」の視点で高める実現可能性
愛知淑徳大学教育学部准教授・文科省教科調査官 加藤智氏

 愛知淑徳大学准教授で文部科学省教科調査官の加藤智氏は、「総合的な学習(探究)の時間に活用できる教材紹介」と題して、探究に「会計」の視点を導入する意義と、2026年3月末頃に公開予定の自身が監修する新教材の全容を語った。
 加藤氏は冒頭、学校での知識習得をスポーツの「練習」、実社会での活用を「試合」に例え、両者の間に大きな隔たりがあると指摘。教室内の学びを実社会で生かすには「真正な学び(authenticlearning)」の場が必要だと説く。その鍵を握るのが総合的な学習(探究)の時間であり、そこにリアリティを吹き込むのが「会計」の役割だという。
 一方、学校現場では、生徒の探究活動に実現可能性や持続可能性が欠如しやすいという課題がある。「生徒の発想は豊かだが、本当に実現できるのか、一過性のイベントで終わらないか、という視点が抜け落ちやすい」と話す。ここに会計的な視点を取り入れることで、活動に必要なコストや収益構造が可視化され、生徒の提案が「絵に描いた餅」から社会に実装可能な企画へと進化すると強調した。
 会計を取り入れると、探究のプロセスは質的に向上する。「情報の収集・整理分析」の段階では、費用対効果やリスク、継続性を多角的に検証する目が養われる。また、「まとめ・表現」の段階では、感覚的な主張ではなく数値に裏付けられた根拠に基づく提案が可能になり、説得力が各段に高まるという。
 こうした学習を支援するツールとして、JICPAは3月、教員向けに教材「『会計×探究』授業実践ケースブック」をWebで公開する。探究活動にコストや収益の視点を取り入れ、生徒のアイデアを実現可能な企画へと高めるヒントを収録。会計に詳しくない教員でも使いやすいよう会計用語は必要最小限にとどめ、単元計画や「地域活性化プロジェクト」等の実践事例を紹介している。
 監修者の加藤氏は「会計を教えることが目的ではなく、探究をよりリアルにするためのツール。先生方が安心して『まず一回やってみる』ための入り口にしてほしい」と活用を呼びかけた。

 JICPAが提供する会計教育ツールは、HPよりご確認いただけます。是非、ご活用ください。
 https://jicpa.or.jp/about/activity/basic-education/tools.html

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