日本最大の教育専門全国紙・日本教育新聞がお届けする教育ニュースサイトです。

被害者・加害者にならないための交通安全教育

13面記事

企画特集

 近年、交通事故の件数は減少しているが、高齢者ドライバーによるブレーキとアクセルの踏み間違いやスマホのながら運転などが要因となり、登下校中の児童生徒が巻き込まれる事故が増えている。その一方、中高生の自転車通学中の事故では、飛び出しやわき見運転といった交通規則違反が大半を占めている現状があり、被害者・加害者にならないための交通安全教育をより一層推進することが必要になっている。そこで、3月に公表された全国一斉通学路の緊急点検の結果とともに、今後の望ましい交通安全教育の取り組みについて探った。

小学校の通学路7万6千カ所で対策が必要!

全国の通学路における合同点検を実施
 国土交通省は、昨年6月、千葉県八街市で下校中の小学生5人がトラックにはねられて死傷した事故を受け、全国の市町村立小学校の通学路について、教育委員会・学校、PTA、道路管理者、警察等による合同点検を実施した。その結果、事故の危険性がある箇所が約7万6千カ所確認されたことから、2023年度末までに、ガードレールの設置や歩道の整備など必要な対策を講じていくことを目指すと発表している。
 学校による危険箇所のリストアップとしては、これまでの観点に加え、

 (1) 見通しのよい道路や幹線道路の抜け道になっている道路など、車の速度が上がりやすい箇所や大型車の進入が多い箇所
 (2) 過去に事故に至らなくても、ヒヤリハットの事例があった箇所
 (3) 保護者、見守り活動者、地域住民等から市町村への改善要請があった箇所

 ―といった、新たな観点も踏まえて抽出された。

財源不足で進まないハード整備
 これに伴い、今後、各自治体においては教育委員会・学校が実施する安全教育の徹底やボランティア等による見守り活動、通学路の変更等、道路管理者が実施する歩道の設置・拡充や防護柵等の整備、警察が実施する信号機の設置や速度規制の実施を、迅速に進めていくことが求められている。
 その上で、国土交通省は、一斉点検で必要とされたハード整備支援として自治体向けの補助制度を今年度から創設し、500億円を計上した。だが、補助率がこれまで同様に55%と低いため、財政に余裕のない自治体にとっては、ガードレールやハンプ、歩道などハードの整備が遅れてしまうことが懸念されている。
 事実、その後の対策を公表している自治体を見ても、安全教育の推進、パトロール・取締等強化、停止線や「とまれ」の道路標示の設置が主流となっており、ガードレールなどのハード整備まで着手するのは極めて少ない印象だ。八街市で事故が起きた通学路も、地元のPTAが市に対して長年ガードレールの整備を要望してきたが、多額の費用がかかることを理由に見送られてきた経緯があった。

小学生の事故の4割が登下校中
 警察庁が発表した2021年に起きた交通事故の発生状況では、全体の死者数は減少傾向にあるものの、歩行者の死亡事故では道路横断中の死者が多いことが報告されている。その中で、児童(小学生)においては約4割が登下校中であり、低学年になるほど多くなっていることや、時間帯別では14時~17時台が多いことを指摘。その理由として、子どもは状況判断や危険予測を十分にできないことや、急に道路に飛び出したり、無理な横断をしたりすることが挙げられている。
 そのため、学校では児童生徒等を取り巻く多様な危険を的確に捉え、発達段階や学校段階、地域特性に応じた交通安全教育に取り組むことが重要になっている。同時に、それには教員の安全教育における指導力の向上が不可欠になることから、文科省では交通安全教室での効果的な指導方法や、自転車・二輪車等通学手段に応じた指導方法、事故発生時の初期対応能力を身に付ける研修を実施するための予算も計上している。
 また、通学路の安全確保に向けては、警察や保護者、PTA等に加えて、地域ぐるみで子どもの安全を守る体制づくりを強化する必要があることから、スクールガード・リーダー増員による見守りの充実や、ボランティアの養成・資質向上を促進する「地域ぐるみの学校安全体制整備推進事業」も実施している。

安全への意識が薄くなる高校生
 登下校中の交通事故のもう一つの課題が、中・高校生による自転車乗車中の事故になる。地域の環境や交通事情にもよるが、中学生になると自転車通学が認められるところが多くなり、高校ともなればほとんどの生徒が自転車で通学している地域もあるからだ。その中で、群馬県では昨年度の自転車事故全体のうち中高生の事故が半数近くに上り、登下校時の事故に遭った中学生は173人(61人増)、高校生が569人(108人増)と件数を伸ばしている。
 しかも、中・高校生は、他の世代と比べても自転車事故の割合が高い。その要因としては、約7割が法令違反を原因とした事故であることが指摘されている。すなわち、飛び出しやわき見運転といった交通ルールの無視による事故が途切れていないのだ。
 こうした交通ルールの順守が守られない背景としては、自転車利用に関する経験が浅いこととともに、自転車という「車両」を運転しているという意識や責任感が乏しいことが挙げられる。
 たとえば、ここ数年ではスマホを見ながら、イヤホンで音楽を聴きながら走行する中・高校生を町中でよく見かけるようになった。これらの行為は、2人乗りや2台並んでの走行、傘差し、無灯火運転などと同様に危険であることを認識するべきだが、特に自転車運転に慣れた高校生になると、安全への意識が薄くなってしまうようだ。
 その傾向は中学生の約4割に比べて、高校生は1割未満という自転車用ヘルメットの着用率にも表れている。したがって、自転車乗用中の死傷者数は、全年代で見ても16歳(高校1・2年生)が最も多い。

交通社会と向き合う自覚を育てる
 さらに、自転車乗車中の事故では、自らが加害者になるケースがあることも忘れてはならない。未成年者であっても責任が重くのしかかるのはもちろん、近年の判決では被害者が死亡や重篤な障害に至った場合、莫大な損害金請求を受けることも珍しくなくなっている。
 一例をあげると、被害者が自転車で交差点を通過したところで、道路を横断しようとした高校生の自転車と衝突。また、11歳の少年がマウンテンバイクで坂を下っているとき、散歩していた女性に気づかず正面衝突したケースでは、いずれも被害者は重篤な障害を負うことになり、1億に迫る賠償が命じられている。そのほかにも、女子高校生が無灯火で携帯電話を使用しながら走行し、歩行者に衝突した事故での損害賠償額は約5千万円。男子高校生が無理な運転で交差点に進入し、自転車と衝突した事故でも約3千万円の賠償請求が下っている。
 このように、たとえ自転車利用者が子どもであったとしても、法律違反をして事故を起こすと刑事上の責任が問われるほか、相手にケガを負わせた場合は民事上の損害賠償責任も発生することになる。だからこそ、学校においては道徳、社会科、総合などで交通安全・社会規範と関連付けた教育プログラムを取り入れ、交通社会の一員となるための自覚や責任を促していくことが必要になっている。
 また、国土交通省では、被害者を守るとともに、加害者の経済的負担を減らす目的から、都道府県に対して自転車損害賠償責任保険の加入の義務化を加速するよう求めている。今年4月現在での制定状況は「義務化」が30、「努力義務化」が9都道府県となっており、年を越すごとに広がりを見せている。
 こうした流れの中で、自転車通学率の高い地域では、自転車用ヘルメットの着用を義務化するとともに、学校単位で生徒全員の保険を加入するケースも多くなっている。そのほか、個人を含めて加入率を高め、現状の6割から8割に引き上げることが当面の目標になっている。

危険を予測して安全な行動につなげる習慣を
 一方、交通ルールを守っていても事故に巻き込まれるケースがあるのも事実だ。代表的なのは飲酒や違法な薬物を吸った悪質運転による事故になるが、近年ではスマホのながら運転による不注意や、高齢ドライバーによる運転の誤操作による事故も社会問題化している。中でも75歳以上のドライバーが当事者となる死亡事故件数の割合は増加傾向にあり、昨年は過去最高の15%に達した。高齢者の免許講習や免許返納、自動車の安全機能も進化しているが、今後も高齢化が進む日本にとっては無視できない問題となっている。
 したがって、これからの交通安全教育は、交通ルールの順守やマナーなどの知識だけでなく、児童生徒自らが交通事故を未然に防ぐための予測力と行動力を身に付けることが求められている。そこでは青信号であっても、さらなる安全確認を行った上で横断する。歩道で信号が変わるのを待つ場合も注意を怠らない、ガードレールの後ろで待つなど、歩行者側もさまざまなケースの危険を予測して安全な行動につなげる習慣を身に付けることが大事になる。
 さらには地域の道路や通学路における危険箇所を子どもと一緒にチェックし、それぞれの場所で生じる危険を予測させる。そして、事故に遭わないためにはどう行動すべきか、予測できない事故とは何かなどを考えさせることを通じて、交通社会と向き合う力を育てることが重要になる。

企画特集

連載